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異界の巫女  作者: ハル
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32/56

シルヴァ

 模擬戦があった週の土曜日。午後の商業学の授業を潰して、武道大会は開催される。

 昔は商業学の後に開催されていたのだが、待てない生徒たちの抗議のもと、いつからか商業学の授業はこういったイベントに限って休講になるのだ。私は残念ながら有意義に授業を受けているわけではないので、特にこれといった不満もない。

 強いて言うなら、ビート先生が少し哀れだということくらいか。

 武道大会はレヴァリア城に併設されている闘技場にて行われる。普段は閉まっていて、学院のイベントや騎士団たちの試合の度に開放されるのだ。私は何も思わないが、学院の平民の生徒からすれば滅多にない城内へと入れる機会でもある。自ずと興奮する生徒も多く、フィデルなんかもいい例であった。内心はしゃぎながらも、すでに闘技場へと向かっている。

 時刻はまもなく大会の開始になろうとしていた。

 私は未だ学院内でゆっくりと過ごしており、闘技場へ着くのは多分ギリギリになるだろう。人が多いのは苦手なので、あまりあの場所にいたくないのだ。本当ならサボりたいくらいだが、一応応援する相手もいるのでそれをするわけにもいかない。

 ちなみに応援相手はナギはもちろんだが、密かにヨハンも応援するつもりだ。どちらも勝ち残るのは至難だろうけど、どうか頑張って欲しい。

 さて、そろそろ向かわないと間に合わないかな。

 すでに学院には人がほとんどおらず、滅多にない静けさが漂っていた。私はこの学院の雰囲気が好きだ。

 そうしてゆっくりと耳を風に傾けながら歩いていると、見知った姿が一つあった。


「あ!アーシャ先輩!」


 大型犬みたいに尻尾を振っている幻覚さえ見えるのは気のせいではないと思う。

 なぜ選手である彼がまだここにいるのだろうか。


「ディーン……どうしてここに?もうすぐ大会が始まるのでは……」

「そうなんだけどさ、始まる前にゆっくりしようと思って屋上で寝てたらこんな時間になっちゃって」


 てへっと笑うディーンに私は何と返せばいいか分からない。ツッコミ待ちなの?


「そう……。とりあえず急いだ方がいいと思いますよ」

「大丈夫大丈夫。これでも一応シード権あるから」

「……だからって遅れていいわけないと思います」

「……はーい。ゴメン、先輩」


 いや、私に謝られてもね?何かあった時に困るのは貴方だと思うのだけど。

 それにしても二学年でありながら、シード権を持ってるというのは凄いことだ。本来なら去年の武道大会で好成績を収めた三学年の何人かに与えられるのだけど、それをディーンが持つというのはやはり学院も彼の実力を認めているのだろう。


「大丈夫です。とにかく早く向かって下さい。みんなディーンの試合を楽しみにしているんだから」

「……先輩も?」


 少しだけ寂しそうな顔をするディーンは本当に大型犬にしか見えなかった。

 そんなディーンを前に本当のことを告げるのも躊躇ってしまう。


「私は……」

「今日の大会、俺のこと応援してね」

「……ディーン?」

「いつも兄さんばかりなんだもん。今日くらいいいじゃん。ね?お願い、アーシャ先輩」


 そんな潤んだ目で見られては、いくら攻略対象だからといって断りづらい。

 いつからそんな技を身に着けたの、この子。


「……分かりました」

「ホント!?やったぁ!!先輩が応援してくれたらとても心強いよ!ありがとう、先輩!」


 ……あの兄にしてこの弟ありか。

 わざとにしか見えないその豹変した態度にもう何も言う気もなくなってしまった。

 これでいて、ディーンには下心がないのだからある意味問題なのよね。勘違いする女の子たちが多いのを分かってほしいわ。


「そうだ!先輩もこれから闘技場に向かうんだよね?一緒に行こうよ。そうしたら早く着けると思うし」

「え……いや、それは……」


 それだけは死んでもゴメンだ。

 ディーンと二人で闘技場なんて向かったら、大勢の人たちに見られて公開処刑そのものだろう。

 しかしもはや彼には私の困り顔なんて見えてもなかった。

 普通に手を掴まれて引っ張られてしまう。


「ちょ……ッ!ディーン……!」

「ほらほら、早く!」


 女の私がディーンの力に敵うわけもない。もはや半分諦めの境地に入りつつ、私は抵抗することを止めた。

 とりあえずはこの落とし前をどう付けるか考えた方が良さそうだ。

 引っ張られながら幾つか案を考えていたら、あまりにも不自然な私たちに声を掛ける人物が現れる。


「……お前たち、何やってるんだ?」

「あ!シルヴァ先生!こんにちは!」


 教師に元気に挨拶するディーンは間違ってはいない。

 間違ってはいないのだけど、なぜこの状況に何も思わないの?


「あぁ……朝にも挨拶したけどな。それよりディーン、お前は大会の出場者だろう?何でこんなとこで油売ってるんだ」

「えっと、それにはいろいろ事情がありまして……とりあえず今向かってるところです」

「……嫌がる女生徒を無理矢理連れてか?」


 良かった。シルヴァ先生にはちゃんと私が嫌がってるのが伝わったようだ。

 まあ普通気づくよね。

 ディーンもシルヴァ先生に言われてようやく手を放してくれた。


「あ……ごめん、先輩……。痛かった?」

「……それは大丈夫です。そんなことより、ディーンは先を急いでください。私は後から向かうので」

「えぇ……?でも……」


 何であんたはそんなに渋るんですかあああ?

 もう勘弁してくれ。

 私は困った態度を隠さず、シルヴァ先生に助けを求めた。そんな彼は私に苦笑して頷く。


「よく分からんが、とにかくお前は急げ。彼女は俺が送っていくから大丈夫だ」

「うーん……シルヴァ先生なら問題ないか。先輩に何かあったら兄さんに怒られるんだけど」

「任せろ。だいたいお前が遅刻したらそれこそ、ご家族に迷惑が掛かるんだぞ。オルガスト様だっているんだから」

「やっば!そうだった!それじゃ先生、先輩のこと頼みましたよ。俺は先行きますね」


 ディーンはそれだけ言うと、すぐに走って去っていった。どうやらオルガスト様の名前には勝てないようだ。

 それにしても私を連れて行こうとしたのはデューク様に関してだったのか。そんな風に思っていてくれたとは、ちょっとだけ申し訳なく思う。ちょっとだけね。

 とりあえずディーンといた今の数分だけで気疲れが半端ないのだ。

 やはり攻略対象との接点は避けるに限ろう。


「ハァ……」

「なんだ、随分と疲れてるのか?」


 あぁ。この人いるの忘れかけてたわ。


「そりゃそうよ。ディーンには悪いけど、彼とはあんまり関わりたくないの」

「デュークの弟なのに?」

「それは関係ないわ」

「……それもお前の事情とやらか」

「うん。ゴメンね、シルヴァさん」


 私のことを心配してくれるシルヴァさんの気持ちは伝わってきたので、それはとても嬉しかった。

 実はシルヴァ先生とは冒険者絡みでの親しい仲だったりする。

 もちろんその関係は周囲には秘密。ナギにもバレたら激しく怒られるだろう。

 最も学院の中では接点もないので、バレる心配は皆無といっていい。

 シルヴァさんとの仲を知るのは極僅かで、教師だとイザベラさんとミランダさんとも知り合いだ。後は生徒の中にも実は一人だけいたりする。

 そんな私たちは冒険者ギルドの仲間として学院の中では秘密裏に連絡を取ったりしているのだ。今となっては冒険者ギルドは私が一番に心安らぐ場所なのである。

 シルヴァさんとはそんな間柄なのだが、実は冒険者以外でも接点があったりする。

 それは何と、私の婚約者でもあるデューク様とシルヴァさんが親友なのだという事実だ。

 二人は王立学院の卒業生であり同級生でもある。貴族と平民と違う立場であったが、剣の腕はお互いにライバルとして競い合い、その中で友情を育んできたらしい。

 私がデューク様の婚約者だということを知って、シルヴァさんが教えてくれた。けれども反対に、デューク様は私がシルヴァさんと知り合いということは知らないでいる。

 デューク様には申し訳ないが、シルヴァさんと違って話せないことが多いのだ。

 でもそれも仕方のないことだと分かってほしい。

 デューク様はあくまでもお互いの利益に伴う共犯者なのだ。それは現在でも変わっていない。そして私の素をある程度知っている彼だが、やはり貴族であることに変わりはない。

 そんなデューク様を私は心から信用しているわけではなかった。

 こんなこと本人には言えないけどね。


「まあいいさ。それよりあいつと約束したんだ。闘技場まで送ってやるよ」

「いや、それは……」


 相手がシルヴァさんだとしても、多くの人に妬まれるのは必至だ。

 というか学院の人気だけならディーンよりもシルヴァさんの方が断然高いからね?


「そう言うな。学院の中じゃお前に構えないんだから、こういう時くらい一緒にいさせてくれよ」


 そう言ってシルヴァさんは私の頭をポンポンと軽く叩いた。

 ズルい。

 そんなこと言われたら断れないじゃない。


「……城の前で離れてよ?」


 私が精一杯の抵抗を示すと、彼はクスリと笑って頷いていた。


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