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異界の巫女  作者: ハル
ゲームスタート
31/56

小さな微笑み

「ごめんなさい、みっともないとこを……」


 少ししてから落ち着くと、私はかぶせてくれた上着を取った。

 すごい汚くしちゃった。洗って返さないと。

 上着は大量の涙と鼻水によってぐちゃぐちゃだ。よく見ればそれは教員用のジャージでもあった。


「無理するな、お前にとって特別な存在なんだろう」

「…………」

「あの二人の戦いを見ちゃ嫌でも思い知らされるもんな。私だって泣きたいくらいだ」


 そう言っておどけた笑顔を見せて励ましてくれるのは隻腕の女性。

 紅色の髪を逆立たせ、一見すれば男性とも見間違えるような身長と体格もある。


「……ありがとうございます、イザベラさん」


 彼女は元Aランク冒険者の現学院教師だ。数少ない昔からの知り合いの一人でもある。

 私がギルドに入り浸ってアークさんたちから教えを請うていた時、彼女と知り合った。当時はよくからかわれたりもしたものだ。今となってはアークさんの話を共有できる、本当に数少ない知り合いだ。

 アークさんたちが亡くなってギルドに顔を出さなくなった後、彼女は依頼中にとある事件によって片腕を失くした。そのせいで満足に戦うことも出来なくなり、今は学院の教師として再就職しているのだ。

 貴族や平民、分け隔てなく接する彼女は、生徒たちの姉貴分なとこもあり男女や身分問わずに人気がある。

 本当は貴族が嫌いだろうに、私にも優しくしてくれるのだ。頭も上がらない。


「気にすんな。私は先に戻るから、お前も少ししたら戻れよ。友達の試合もあるんだろ」

「……はい。それまでには戻ります」


 最後に一人にしてくれたイザベラさんは本当に凄い。尊敬する姉御だ。割と目標としてる人の一人だったりするのだが、それを仲間に言ったら慌てて止められたりもした。

 別にいいじゃんね。

 その時のことを思うとクスリと笑みが零れる。

 それから私も戻ろうと歩き始めようとすると、正面に新しい人影があったことに今気づいた。

 まずい。見られてたかな。

 イザベラさんと知り合いなんて当然内緒だ。冒険者関係なのでナギもフィデルも知らないのだ。

 慌てて何か取り繕おうとすると、そこに立つ人を見上げて尚更気まずくなった。


「……エルンスト様……」


 なぜ、彼がここにいるのだろうか。

 今は模擬戦の最中じゃないの?順番はよく分かってないが、まだ王子の番は来てなかったはずだ。

 というか、本当に今までのやり取り見られてた?どうなの?

 頭の中が混乱して、上手く仮面を張れないでいた。


「アーシャ……」


 それ以上は何も言わなかった。

 こちらから墓穴を掘るのは勘弁したいので、私は無言で王子の動向を見守る。


「……大丈夫か?」

「え……?」

「お前が泣きながら去っていくのが見えた。だから……」


 まさか、そこから見られていたのか。

 泣き顔を王子に見られるとか失態以外の何物でもない。

 頭を殴られたような気分だ。


「な、何でもないのです……あれは、目にゴミが入って……」

「……本当に?あの平民に泣かされたわけじゃないのか?」


 はぁ?何言ってるんだ、この王子は。

 フィデルのこと言ってるの?

 誤魔化そうと潮らしくしていた私の中で突然怒りが込み上げてきた。

 私の友達を馬鹿にするのは王子だろうと許せない。


「違います……!フィデルはそんなことしません!」

「……なぜそんなにあの男の肩を持つ」

「私の友人です。何かおかしいでしょうか?」

「あぁ、おかしいさ!仮にもお前は貴族の一員だ。平民と友達なんてなるもんじゃない」

「……それは貴方の勝手な思い込みでしょう。誰が貴族と平民が仲良くしてはいけないなんて言ったのですか……!?」

「そ、れは……」


 あぁ、まずい。ついヒートアップしてしまった。

 見たことない私の態度に王子も目を見張っている。


「……とにかく、本当に目にゴミが入っただけなのです。そんなことより、エルンスト様の模擬戦はどうしたのでしょう?」

「あ……?今はそんなことどうだっていいだろう」

「そんな……今日来てるみんながエルンスト様の模擬戦を楽しみにしているのです」

「そんなわけないだろう……。俺だって馬鹿じゃない。今日のギャラリーはほとんどシルヴァが目当てだ」


 ちっ。


「でも……例えそうでもエルンスト様との模擬戦が一番の楽しみのはずです。……姉様やユキさんだって楽しみにしてらしたわ……」

「……お前はどうなんだ」

「え?」

「そう言ったお前も、当然俺の模擬戦を楽しみにしているんだろうな」


 うわー、痛いわこの人。

 残念無念。これっぽっちも興味ないけど、そんなこと言えるわけもない。


「もちろんです……。リーシャ姉様の手前、表立って応援は出来ないですけど……」

「……そうか。ならばいいだろう。お前に俺の強さを見せてやる。ディーンやルクスには負けないとこをな」


 どうやらいつもの自信過剰な王子に戻ったようだ。

 そしてその言葉はやはり武道大会の前評判を気にしているのか。

 意外とこの王子は気が小さいとこがあるのかもしれないわね。


「えぇ……頑張ってください、エルンスト様」

「あぁ……それからな、アーシャ」

「……なんでしょうか?」

「……いや、何でもない……」


 珍しく歯切れの悪い王子に気味悪かったが、追及して何かあっても嫌なのでここはもう退散するとしよう。

 王子より先に歩き出すのは気も引けたが、何やら彼は思案している最中だったのでこれ幸いとばかりに私はその場から抜け出した。

 まさかあんな呟きを残してたなんて、私が想像できるわけもなく。


「……お前も、笑うんだな……」







 広場へ戻るとフィデルが心配そうな顔で出迎えてくれた。

 私はもう大丈夫。

 笑ってそう返すと、少しだけ安心してくれたようだ。追及はされなかったので良かった。

 肝心のナギの模擬戦にも間に合ったようで、少ししてから二人の戦闘が開始された。

 シルヴァ先生の武器は普通の長剣。ナギの武器は短剣。身長もあってか、二人のリーチには差がありすぎる。

 シルヴァ先生は生徒一人一人の力量を把握しており、相手によって手加減も変わる。だからこそ、誰の模擬戦を見てもギャラリーの熱は冷めないのだ。

 ナギが一生懸命シルヴァ先生へと打ち込んでいるが、全て剣で受け止められている。

 それにしても、彼女は思っていた以上に素早い。

 私でも分かるが、もはや護身用としては十分な域に達しているだろう。普通の魔物相手であれば余裕を持って倒せると思う。

 その素早さを以て戦う姿は、どこか盗賊スタイルを彷彿とさせる。この世界に盗賊なんていう職業はないけれど。

 ナギの奮闘むなしく、やがてシルヴァ先生の反撃が行われ模擬戦は終わった。

 ナギの表情は晴れやかで、憧れのシルヴァ先生と戦えたことが嬉しいのだろう。それがこっちにも伝わってくるものだから、隣のフィデルはちょっとムッとしていた。

 その分かりやすい態度に私は隠れながら笑う。

 模擬戦の後のアドバイスも終わったのか、ナギは真っ直ぐにこちらへ向かってきた。


「どうだった!?」

「凄かった。ナギって結構強いのね」

「でしょ~。フィデルは?」

「……ま、いいんじゃねぇの」

「何よ、その態度!失礼ね!」


 満面の笑みを浮かべていたが、フィデルの反応にはご立腹のようだ。

 察してあげてと言いたいが、それを堪えて二人を見守る側に移ろう。

 横目で広場を見れば模擬戦はまだまだ継続されている。

 やがてエルンスト王子の出番がやってきた。

 自信に満ち溢れた王子の登場により、ギャラリーの声はいっそう高まる。

 そうなのよね。あの言葉は決して嘘ではない。

 仮にも自国の王子なのだ。シルヴァ先生との模擬戦は今日一番の見所でもある。


「エルンスト様の強さって噂の一人歩きかと思ってたけどそうじゃねぇんだな」


 今までで一番白熱する戦いに、フィデルが素直な感想を述べていた。

 その通りなんだけども、あんたそれを王子に聞かれたら殺されるんじゃないかしら。


「確かにエルンスト様も強いけど、この後は大トリがいるからね」

「あぁ……ディーン様か」

「そ。私はやっぱりなんだかんだでディーン様の方が強いと思うんだよね。何て言っても騎士の家系だし、あのオルガスト様の子供なんだもん」

「……ハイハイ」


 うっとりとした表情を見せるナギに、私もフィデルも呆れ気味だ。

 何を隠そう、ナギの大本命はオルガスト様なのである。

 本当に彼女のミーハー魂には驚かされるばかりだ。

 そうこう言ってるうちに、王子の模擬戦も終わりディーンの番がやってきた。

 え?王子の戦い?

 そんなもの全く見てなかったわ。二人との話の方が大事だしね。


「お、来たねぇディーン様。相変わらず凛々しいお顔で」

「あれだけ見てりゃ、本当に騎士様って感じなんだよなぁ」


 それは私も同意だ。

 普段のおちゃらけた姿とは一変、彼は剣を持つとその表情も引き締まる。

 そのギャップが前世のお姉様方には大人気だったりもしたが、それは現実でも同じようだ。

 大歓声の中、最後の模擬戦が繰り広げられる。

 しかしシルヴァ先生の実力はみんなの想像の斜め上を行き、明らかに手加減していると分かるのだ。

 まあそうでもなくちゃSランクになんてなってないよね。

 けれども二人ともがとても楽しそうに戦うので、見てるギャラリーとしてはそれだけで役得と思ってしまうのだった。

 デューク様との話のネタにはなりそうね。

 そんなことを思いながら模擬戦は幕を閉じていった。


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