忘れらない想い
それからはユキさんたちにもカタリナたちにも目立った動きはなく、毎日は平穏に過ぎていった。
少し変わったことと言えば、なぜかカタリナから頻繁に話しかけられることと、ルクスがユキさんに歩み寄ったことくらいだろう。
少しじゃなく、大きな出来事だけども。
時はゆっくりと過ぎ、5月になってから幾日かが過ぎていった。
ユキさんは学院やこの世界に少しずつ慣れてきたのか、初めの頃より笑顔をよく見せるようになっていた。そしてその笑顔に攻略対象たちは少しずつ彼女へと好意を向けているようだ。ちなみに最初に堕ちたのはクラスメイトのモブAである。王子たちのガードをよそに、ユキさんへと告白して見事玉砕している。
そんな珍事がありながらも学院は平穏であったが、最近は僅かに学院内が活気づいている。
それもそのはず、来週には武道大会が開催されるのだ。
これはゲームでのイベントの一種であり、毎月何かしらのメインイベントがエンディングの3月まで行われる。今月が武道大会ということだ。
名目としては高等部に進級してきた新入生に、上級生である二学年と三学年が決闘というパフォーマンスをするのだ。
参加者は二学年と三学年に限られ、また武道での戦闘を可能とする者たちから選ばれる。一応学院の催しの一つであるので、これは半強制的の出場となり、ここで出場しなかった生徒は10月にある魔道大会への参加が自動的に決定される。
要は武道か魔道、どちらかを選べということだ。どっちも苦手な生徒にとっては大変嬉しくもないイベントだろう。
私はもちろん10月の魔道大会へ参加するつもりなので、今回は見学に徹する。むしろここではナギが参加予定なので、精一杯応援するつもりだ。ちなみに意外にもフィデルは魔法タイプなので今回は参加しない。
さて、この武道大会であるが今年は大きな注目を浴びている。
なぜなら去年に二学年でありながら優勝したエルンスト王子が、今年も優勝して二連覇となるか囁かれているのだ。
その一方で、今年には二学年へと進級した騎士見習いのディーンがいる。彼に次いでルクスも対抗馬としてそれなりに注目を浴びているのだ。とはいえ、何と言っても決勝に進出するであろうエルンスト王子対ディーンの戦いが今から予想されているのだ。どちらが勝ってもおかしくはない戦いである。
ちなみにこの試合は当然ゲームでも現れるので、私はその勝敗を知っている。
そのせいか、どうにもみんなのように盛り上がれない。むしろ裏で行われている賭けに有り金全部投入してしまおうか。そんなズルいことも考えながら日々を過ごしていた。
「アーシャ、お前今絶対あくどいこと考えてるだろ」
「え?まさか、そんな……」
いつもの商業学の授業中だ。突然フィデルから図星を指されて慌ててしまう。
「俺には分かる!どうせ来週の武道大会の賭博だろ」
「ちょっ!何で!?」
「え?マジで?」
「…………」
もはや何も言えない。
けれどフィデルとナギからくる視線に耐えられるわけもなかった。
「だって仕方ないじゃない!私からしたら王子とディーンの試合なんてこれっぽっちも興味ないのよ!」
「いや、だからってな……」
「ちょっとアーシャ!私の試合もあるんだからね!?」
「もちろんナギの試合は純粋に応援するわよ?だけど……さすがに決勝までは難しいんじゃ……」
「もう……別に言い濁さなくてもいいわよ。私だって初戦突破できるなんて思ってないし」
「ナギ~そんないじけないで!」
珍しくそっぽ向くナギに私は慌ててご機嫌を取り始める。
全部自分が悪いのだからなおさらだ。
「ま、確かにナギには難しいよな」
「何ですって!?」
「そう睨むなよ……。もともとナギみたいに戦闘特化じゃない生徒にとっちゃこのイベント自体嫌な話だよな。かといってナギには魔力がないから魔道大会に出られないし」
「……まあね。それを言うならフィデルだって逆の立場じゃない。魔道大会で勝てるほど強いわけでもないし」
「……悪かったな。そもそも俺は商人になるんだから武道も魔道も必要ないんだよ」
「私だって情報屋になるんだから護身程度でいいのよ。アーシャだってそうでしょ?卒業すればアーザイク家に嫁ぐんだっけか。それはそれで可哀想なものね……」
ギクッ。
「そ、そうね……」
二人は気のおける親友であるが、隠し事も多い。
ゲーム関連はもちろんのこと、冒険者絡みのこともデューク様のことも何も伝えてないのだ。いつかは二人にはきちんと話したいと思いつつも、今はまだ何も言い出せないでいる。
「アーザイク家といえばディーン様は将来義弟になるんだろ?だったら応援しないとまずいんじゃないか?」
「うっ……」
「応援云々の前に勝敗で賭けようと思ってるなんてね……デューク様が知ったら悲しむんじゃない?」
「ぐぐっ……」
何も言い返せないわ。
二人の言葉の通り、私とデューク様との婚約関係はそれなりに順調で、私が学院を卒業したら結婚する話になっている。
それは両家の間でもたされた条約みたいなものであり、当人の意思は半分無関係でもあった。デューク様はこのことに対して特に何も言わないのが、かえって不気味な一面もあるのだ。
私自身としてはどうでもいい話である。卒業と同時に追放となるのだから、必然的に婚約も解消されるだろう。その後は、……その後があれば、私は冒険者として生きるので貴族とは無関係になるはずだ。だからさして、その話を気に留めることはしてなかった。
だけども、体裁としてはやはりディーンを応援するべきなのか……。
「まあそれはそれとしてよ。フィデル、貴方も商人の端くれならこの賭け事に乗らない?」
「懲りてねぇな、こいつ……」
「アーシャはたまに頭がぶっ飛んでるよね……」
失礼な。
「言ったでしょ。興味がないものは興味ないのよ。だったら興味を持つようにするのは当たり前のことじゃない?」
そう。別に賭博が違法なわけじゃないのだ。
いや、学院内なら合法でもないわけだけど。
「えー……とりあえずアーシャさんがこの授業に興味ないのは分かりましたよ……」
あ。
ビート先生の悲壮な声を聴いて、私はかろうじて自分を取り戻した。
ごめんなさい、先生。決してつまらないわけじゃないの。
午後は選択授業の時間だ。
今日は戦闘実技の授業がある月曜日で、武道大会前では最後の授業だ。そのせいもあってか、授業にも熱が入りギャラリーも多い。
そんな私は隅っこの方でフィデルと並んで見学していた。
実はナギは一応戦闘実技を取っているのだ。彼女が護身用と言っていたように、武器はここでは珍しい短剣を手にしている。
今日はシルヴァ先生と模擬戦が開かれるようで、ナギも気合い入っていた。私たちに見学に来るように頼み込んでいたし、それだけでなくとも広場の熱気は凄い。ギャラリーには女性が多く、どちらかというとシルヴァ先生目当ての生徒の方が多い。彼が戦う姿を一目見ようと多くの者が集まっているのだ。ナギもまたミーハー気質なところがあり、シルヴァ先生と直に手合わせ出来ることに興奮していた。そんな彼女の様子に、隣にいるフィデルは若干機嫌が悪い。
全く……素直になればいいのに。
これを知っているのは私だけだろう。本人も多分気づいてない。関係がややこしくなるのも嫌なので特別指摘するつもりもない。まあ自覚したのなら、応援くらいはしてあげるけどね。
ギャラリーが多数見物する中、模擬戦は着々と進む。とりあえずシルヴァ先生の圧倒的な強さに目を奪われるばかりだ。
とても綺麗な剣筋はやはりアークさんを思い出させた。その証拠に、ルクスとの剣筋も似ているのだ。
ルクスは幼少の時に直にアークさんより剣を教わった。アークさんが亡くなった後も、誰にも師事せずに彼は一人でアークさんの剣を極めていったのだ。
対するシルヴァ先生は恐らく直接指導を受けたわけではないと思う。少なくとも私がギルドに入り浸っていた間、彼の弟子、と言えるか分からないけど、は私だけだったはずだ。シルヴァ先生は現在24歳なので、アークさんが亡くなった時は14歳である。多分アークさんの剣技を盗み見て覚えたのだろう。そうでなければ、あそこまで似るはずがない。
そう――あんなに似てるわけがないんだ。
「アーシャ……?」
現在、シルヴァ先生とルクスとの模擬戦が繰り広げられている。
多少のズレはあれども、二人が同じ人から受け継いだ剣技なのだと、この場にいる者で何人の人が分かるのだろうか。
多分ほとんどの人が気づかない。そして気づいた人でも、ただ似てるというだけで片付けてしまうのだろう。
その事実が、私には嬉しいのか悲しいのか分からなかった。
アークさんの遺した物がちゃんと受け継がれていることに、私だけが知っている独占欲と、あれだけ偉大な人が今では知られもしない悲しみと。
その相反する感情に私の心は何とも言い難い感情が巡る。
「大丈夫か?おい!」
「え?」
「え、じゃねぇよ。泣いてるぞ、お前」
フィデルに指摘されて初めて気づいた。
顔に手をやると、そこには確かに涙が流れている。
アークさん。
今でも忘れられない。目の前で熾烈な戦いを見れば嫌でも思い出してしまうのだ。
一度思い出すと、それは止まることを知らなかった。
止めようといくら目を拭っても、涙は止まない。
何で……どうして……
どうして死んでしまったの?
「ゴメン、フィデル……。ちょっと席外すわ」
「あぁ……付いてこうか?」
「ううん……。もうすぐナギの出番でしょ。それまでに戻るから……」
「……分かった」
自分が泣いていることを隠すように、ギャラリーを避けて広場から去った。心配してくれるフィデルには申し訳ない気持ちでいっぱいだ。だけど、これ以上は誰にも見られたくなかった。
「アーク、さん……」
細い路地で、これ以上ないほどに声を押し殺して泣いた。
もういない彼を想って泣くのは、幾度目となるのだろう。
ただただ、今は泣くしか出来なかった。
そんな私の頭に突然何かが覆いかぶさった。
「泣き顔、見られたくないだろ。それでもかぶってな」
そのボーイッシュな特徴ある声に、かぶされたものが上着であることとその持ち主を悟った。
今はただ、彼女に甘えよう。
再びアークさんを想って、私は泣き続けた。
「ッ………ぁ……ッ…………ぅッ……!ァァッ……!!」
泣きまくる私をよそに、彼女はただただそこへ立っていてくれていた。




