怒りの矛先
「……以上がユキ=ウィンダリアの一週間による素行調査です」
「…………」
私はレポートよろしく、先週の成果を紙面十枚余に書き上げ、主人ともいえるカタリナへと提出した。もちろん嫌味だ。
彼女はそのレポートを熱心に読みながら、無言で私を見てきた。
「これ以上の調査は厳しいかと……」
「…………」
「あの……カタリナ様……?」
「…………」
怖い。この無言がとつてもなく怖いです。
ジッと見つめられること十分ぐらいだ。ようやくカタリナは口を開いた
「貴女……」
「はい……」
「……いえ、何でもないわ。この紙に書いてあるのは事実なのかしら?」
「……はい。ユキ様はエルンスト様たちと懇意にしているようです……」
「そう……。やっぱり目障りな小娘ね」
カタリナの目には憎悪の感情が灯っている。
とつてもなく恐ろしいのだが、さすがは悪役令嬢だ。
「アーシャ様にしては十分な成果ね」
「……ありがとうございます」
「これからも逐一報告をよろしくお願いしますわね。特に、エルンスト様関係は尚更ですわ」
無論、私とてそのつもりだ。
この一週間見ていて私が出した結論としては、王子ルートには絶対行かせないということだけだ。そのためには私が出張るよりも、本物の悪役令嬢に任せた方がいいだろう。
そしてそれとなくルクスルートへと導ければ幸いだ。特にヨハンがゲームと変わった今、ルクスルートに入れば立ちはだかる悪役はいない。
そんなことを私は密かに目論んでいた。
ちなみに先週のような密着レポートはもうしないからね。大切な自分の時間を削るなんて馬鹿馬鹿しいもの。
「それでは、私はこれで……」
用事は済んだとばかりにカタリナの前から退散しようとする。いつもならばすでに存在を無視されるのだが、今日は思いがけずにお声がかかった。
「お待ちなさい」
「え……?」
「……これからミレイさんとアンリさんとお茶会を開く予定ですの。アーシャ様もご一緒にどうかしら?」
え?え?え???
いったい何を言ってるのでしょうかこのお方は。
その言葉の意味を理解するのに、頭の中でそれが反芻していた。
「で、ですが私は……」
「あら?まさか私の誘いを断るというのですか?」
これは参った。ただいろいろとパシられるだけの存在だと思っていたけど、まさかそんなお茶会に同席させてもらえるなんて。
これっぽっちも嬉しくないわ。
そもそも私の方が一応貴族の位は上なんだけれど。
なんてことを考えながらも、アーシャが反論できるわけもない。
結局は渋々とそれに頷くしか私には出来なかった。
「いえ……喜んでご一緒させて頂きます」
「殊勝な心掛けね」
カタリナはいっそう笑みを深く浮かべていた。
結論から言って、お茶会は散々なものだった。
主に三人の間でユキさんのけなし合いから始まり、それに同意を求めてくる始末だ。
当然私はそれらを否定出来るわけもなく、もはや完全な悪役令嬢の手下となりつつある。こんなことが姉やヨハンに知られたらどう思われるのだろうか。
軽蔑されたりしたらさすがにショックだけども、実際はそんな風に思うこともないだろう。この事実もやがては明るみに出てしまうのだ。その時の非難の声は覚悟しているつもり。ただゲームと違って、少しだけ姉弟の仲が良好だからそう思っただけだ。
それにしても、今日のカタリナはどことなくおかしかった。お茶会の間もよく私に話を振ってきたし、何の思惑があるのだろうか。いつもならば用がないときは私の存在を無視するくせに。
拷問とも思える時間が終わった後には、来週のお茶会もすでに約束されてしまった。
どうしてこうなったの。
ため息を吐きながら、私はマッカーサ家からの帰り道を歩いていた。
そうして間もなく自分の家に辿り着こうという時、曲がり角で一緒になってしまった。
「ルクス……」
「……お前か……」
私の声に、今気づいたとばかりに顔を上げるルクス。どうやら彼も一人のようだった。
向かう先はどう見てもバレリアナ家なので、ここでまた別れるというのもあからさまだ。かといって一緒に帰るような仲でもないが、家までの距離は短い。素早く歩いて帰ることにしよう。
「…………」
「…………」
割と必死に早歩きをしているのだが、なぜか横にルクスの姿が並ぶ。ちなみにその距離は数メートル空いている。平然と歩くその姿は別に急いでいるようにも見えなかった。
これが男女の差なのか。私の早歩きとルクスの普通の歩みが同じ速度ということだ。これ以上は無駄だと悟り、早歩きを止めてゆっくりと歩き出した。
どうぞどうぞ、ご勝手に進んでくださいまし。
ちょっとだけ拗ねながらも、私はルクスの後ろへと回ってしまった。そしてそのまま差が開いていくのかと思えば、実際そうはならなかった。
「ルクス……?」
「……何だ」
距離が一定以上広がらないことに訝し気にルクスの名を呼んだら、意外にも返事が帰って来てビックリした。
え?何が起こってるの?
ルクスと話すのなんてどれくらいぶりだろう。突然の事態に私の頭の中はパニックだ。
「……用もないなら話しかけるな」
あ、はい。すみませんでした。
途端に醒める私の脳内。どうやら会話の受付時間は極めて短いようでした。
それから私はゆっくりと歩いていくのだが、やはりルクスとの差は広がらない。わざと私に足並みを揃えてくれているのだろうか。そういえばこの前のクラウス様の話の後の帰りもこうだったような。
ルクスにそんな気遣いが?
いやいや、ないない。
一瞬の疑問はすぐに打ち消された。あれだけ嫌っている私にそんな気遣いはないだろう。むしろこれは嫌がらせの一種だ。事実、ルクスと共に歩いている私の精神はハッキリ言って先ほどまでのお茶会より遥かにキツイ。これならまだカタリナたちと一緒にいた方がマシだった。
ルクスもきっと同じだろうに、自分を削ってでも私へと攻撃してくるか。
大したやつだよ、あんたは。
「………い……おい!」
「……え?」
「聞いてなかったのか?」
苛立ちを隠そうともせずルクスは私に聞き返して来た。
全く、何も聞いてませんでしたとも。
そんなこと大っぴらに言えないが、ルクスの雰囲気がどす黒いオーラに変わっていくのだけは分かった。
どうやら物思いに耽っていた時に話しかけられたようだ。
「ごめんなさい……。もう一度お願いしても?」
「……チッ。お前、あの女をどう思う?」
舌打ちを隠そうともしないルクスに私は委縮してしまう。そしてその言葉の女という人が誰を指すかは、ルクスが話題にあげるのだから一人しかいないだろう。
「……あの女?ユキさんのこと?」
「そうだ」
「どうって……」
それこそどういった意味で聞いているのだろうか。
無関心の振りして実は興味があるとか?
これはいいタイミングなのだろうか。
「いきなり異世界から現れたって信じてるのか?」
「……貴方は信じていないの?」
「……別に。ただ魔王だのなんだのって話が大事すぎるだろ。学院でもあの女を中心に回ってるみたいだ」
意外や意外。まさかルクスの口からそんな言葉が出てくるなんて。
いろいろ気になることはあるが、とりあえずは彼女への好感度を上げとかないと。
「でも、ユキさんはいい子だと思うの」
「……お前はほとんど絡んでないだろ」
「え?……そ、それは見てればだいたい分かるし……リーシャ姉様もとても褒めてるわ」
「…………」
「ルクスももう少しユキさんへ歩み寄ったらどうかしら?きっと彼女の魅力が貴方にも伝わると思うわ」
「……は……?」
ピシャっと、ルクスを纏うオーラが変わった。
さっきのどす黒いオーラよりも、更に深い闇のようなオーラだ。貴方は確か光属性じゃなかったっけ?
とりあえずは何かがルクスの機嫌を損ねたのだけは理解した。
「自分は蚊帳の外から見てるくせに、お前がそれを言うのか?」
「……え、っと……」
「ふざけるな……!」
思わず恐怖のあまり、立ち止まってしまった。
ルクスは振り返って私を正面から睨んでくる。背後からの夕陽が更にその姿を際立たせていた。
あぁ……これはダメだ……。
その視線から逸らせるわけもなく、私は何も言えずにただ突っ立っていた。
怖い。だけど、私には逸らせない。
まるでその瞳に吸い込まれてしまいそうなほど、その視線は力強かった。
本当の意味でルクスと初めて対面したと言ってもいいくらいだ。会話ですら、こんな内容でも今までで一番まともだったといってもいい。
それほどまでに、ルクスの瞳に自分を奪い去られてしまいそうだったのだ。
気づいた時には、ルクスはすでにそこにいなかった。
私は呆然と、ルーナに声を掛けられるまでその場に立ちつくしていたらしい。




