親友
あれから幾つか日が過ぎ去った。本日は土曜日。午後の選択授業、商業学の真っ最中だ。
講師のビート先生が眠くなるような授業をする中、私はここ数日で起きた事件に頭を悩まされている。
聞くまでもなく、主にカタリナたちのせいである。
「ちょっと!何そんなに辛気臭い顔してるのよ」
「そうだぞ。アーシャともあろうやつが、そんな顔するな」
私が負のオーラを漂わせているのを見かねてか、両隣にいる人物たちが心配するように顔を覗いてくる。
「……ごめん、二人とも。今は一人にさせて……」
心身疲れ果てている私は二人に悪いと思いつつ、そんなことを口にしていた。
だけど二人はそんなことをお構いなしに私を通り越して二人で話し始めた。
「ちょっとフィデル、なんでアーシャがこんなことになってるの?あんた何か知ってる?」
「は!?俺がそんなこと知るかよ!ナギこそ知らねぇのかよ。情報通のお前なら何か分かるんじゃないのか?」
「そうは言っても貴族絡みのことじゃすぐには情報入ってこないからね……。あぁでも、最近は五大貴族のあのウィンダリア家の養子が転入してきたって噂よ」
「ウィンダリア家だって!?」
「そ。あの、星読みのウィンダリア家。その養子だなんて何かあるってもんよね。アーシャも一応は五大貴族に連なってるし、それが関係してるんじゃないのかな……」
「なるほどな……。アーシャも大変だな」
あの、二人とも……。もう少し静かにしてくれないかな……。ほら、ビート先生が困ってるじゃない。
「あー……君たち、今は授業中なので声は抑えてくれると助かります……」
抑えるだけでいいのね……。
最もビート先生は、教師陣の中で気が弱いと有名だ。注意したくても、今のが精一杯なのだろう。でもそれも仕方がないのかもしれない。まさか平民向けの商業学の授業に、ただ一人貴族の私がいるのだから。
仮にも貴族である私が商業学の授業を取っているのは大変珍しい。というか有り得ないことで、貴族の人たちからは恥さらしと馬鹿にされていたりもする。だけど他に取る授業もなかったのだから仕方がない。戦闘系と魔道系は目立ちたくないから嫌だったのだ。
おかげで私の選択した授業は商業学と淑女学だけだ。
「……すみません、ビート先生。ほら、ナギとフィデルももう少し静かにして」
私が謝るとビート先生は凄い恐縮して私にお辞儀してきた。そんなことを望んでいるわけじゃないのだけど。本当にビート先生にはいつも申し訳なく思っている。
「はーい」
「すいません、先生」
二人は素直に静かになるが、そこで話を止めるわけではなかった。さっきよりは静かな声だが、それでも教室内にはわずかに響く声に、他の生徒やビート先生は少しだけ眉根を寄せた。
まあ、いつものことである。
「で?アーシャ、何があったの?」
もはやこれ以上注意しても二人は収まらないだろう。私は頭を上げて二人を交互に見た。
活発な印象を受ける緑髪の少女、ナギ。茶髪のイケメン、だけどおバカなフィデル。どちらも私の学院内でのたった二人の友人である。
「だいたいナギの言葉通りよ。その例のウィンダリア家絡み」
ナギは情報通で、学院内のことについてはだいたい彼女に聞けば全て分かってしまうほどだ。ウィンダリア家のことについてもそれなりに規制は掛かっているはずなのだが、ナギにかかればそれも意味ないことなのだろう。平民であるはずの彼女がどうやってそこまで貴族内の情報を掴んでくるのかは謎だ。一度だけ尋ねたこともあったが、彼女の笑みに世の中には知らないこともあるほうがいいのだと初めて知った。
「ふーん……アーシャも大変ね。貴族なんて辞めればいいのに」
「……辞めれるならすぐにでも辞めたいわ」
「ま、アーシャは貴族は貴族でも、あの五大貴族のバレリアナ家だからな」
笑いながらそう口にするフィデルにちょっとだけイラつく。
詳しく聞いたことはないが、フィデルは隣国のタルナダル王国の出身で、それなりの家柄である商家の次男坊らしい。要はお金持ちの坊ちゃんで、物見遊山でこの学院に入学したそうな。
そんな平民でもあるナギとフィデルがどうして友人になったのかはいろいろとあったのだが、これでも私はこの二人をとても大切に想っている。
だからこそ、私は二人をゲーム関係のシナリオには巻き込みたくないのだ。
「ごめんね、二人とも。この話に関してはあんまり話せないの」
「……アーシャがそう言うならこれ以上は追及しないけど」
「何かあったら俺たちに相談しろよ?大切な親友だからな」
「うん、ありがと……」
二人の前では私は素でいられる。そんな環境は今の私にとって数少ない一つだ。
二人といるだけで癒されるこの空間を私は大切にしたい。
改めてそう思いながらも、カタリナたちのことを思うとため息を吐かずにはいられなかった。
今の時点ではカタリナたちは主人公である彼女に手を出してはいないが、この一週間のユキさんが攻略対象たちと過ごす時間を見れば彼女らの怒りはすでに爆発しそうになっていた。
おかで私はユキさんのストーカーと成り果てており、その動向を逐一カタリナたちに報告するはめになっている。
もう本当に簡便してほしい。
「それより明日休みだろ。久しぶりに三人でどっか行かないか?」
「お、フィデルたまにはいいこと言うね」
「遊びかぁ……」
突然のフィデルの言葉に私は意識を逸らされた。
確かにこういう気分の時には何かストレスを発散したいもんだ。
「何だよアーシャ、乗り気じゃないのか?」
「ううん……たまにはそれもいいね」
「じゃあ買い物行こうよ。新しい洋服欲しかったんだよね」
「買い物ぉ?それって俺荷物持ちじゃんか……」
ナギの買い物は毎回大量の荷物になるので、それをフィデルが持つのは毎度のお約束だ。
「別にいいじゃない。ちゃんとその後にご飯ご馳走してるんだから」
「……そういう問題じゃないんだよな。お前の買い物長いし」
「あら。女の買い物が長いなんて当たり前でしょ。ねぇ、アーシャ?」
「え?まあそうかもね……」
「アホか。アーシャはいつもとっとと済ませてるだろ」
「うるさい、フィデル!」
「フフッ……」
久しぶりに見る二人の掛け合いに私は笑いを堪えられない。
そんな私に二人は少しだけ顔を見合わせた後、恥ずかしいのか再度言い合いを始めてしまった。
そうすると、教室のあちこちから嫌な視線も向かってくる。
「えーとですね……二人とも、静かにしてくれませんか……」
ビート先生の気弱な声は二人には全く聞こえなかった。




