更に時は経ち、
初めて夜会に参加し、王立学院に入学してから更に五年の月日が経った。
時が経つのは思ったよりも早く、大きな出来事や問題もなく、私は来週より学院の高等部三年へと進級する。
即ち、やっとこの異界の巫女のゲームが始まることを示している。
それは同時に、私の運命の日までの時間が一年を切ったということでもあった。
「それにしても私たち揃って王城へ来いなんていったい何があるのかしら……」
「そうですね。姉上だけならまだしも、僕たちまで一緒に呼ばれるなんて珍しいですよ」
「…………」
「…………」
レヴァリア城へと登城する中、馬車の中には私たちバレリアナ家の姉弟だけだった。
姉のリーシャは言動も落ち着いて、才媛を思わせるような人物へと育った。間違いなく学院内の女子の中で一番神格化されている存在だ。周囲の人間たち全てから慕われている。
髪は肩下まで伸ばしており、きちんと手入れをしているその様は、自信に満ち溢れているリーシャの性格もあってかとても光り輝いて見えた。
そんな彼女を陽の存在とするなら、私は陰の存在としてそれなりに有名だ。
リーシャの双子の妹、アーシャ。
同じ顔であるはずなのに、化粧もしないし前髪も目線の近くまで下ろしている。そして常に顔も下を向けて無口に独りで過ごす。そんな私を周囲の人たちは遠巻きに敬遠していた。
もちろん、それは私自身が望んだ姿だった。
「二人とも、今は私たち姉弟しかいないんだからもうちょっと愛想よく笑ってもいいんじゃない?」
「リーシャ姉様の言う通りだよ!ルクスもいつもみたいに笑いなよ」
そう言いながらにっこりと可愛らしい笑みを浮かべるのはヨハンだ。
ゲームのようにヨハンは肥満にはならず、綺麗な美少年の姿に育った。きっとヨハンは本当に天使の生まれ変わりなんだろうな。
背は男子の平均身長くらいだろうか。義弟のルクスと比べたら10cm以上は離れている。髪はストレートにサラサラとしていてそれがまた可愛く見えるのだ。
そしてそんなヨハンは誰よりもルクスに懐いていた。今もルクスにいつもみたいに笑いなよと言っていたが、肝心のルクスは基本的に無表情であり笑顔なんて程遠い存在だ。
それともルクスの前だけでは笑顔になるのだろうか。まあそんなことは絶対に有り得ないだろう。
「……生憎とあんたたちと話すことはないからな」
ルクスは今も尚、バレリアナ家において孤独に過ごしていた。
今となっては何もないが、引き取られてからしばらくは家の下働きの者たちから嫌がらせがあったらしい。父や母はそんなものも知らんぷりで、私たちはそれに気付きもしなかった。けれど成長した姉とヨハンがついにそれに気付いて追及したことにより嫌がらせはなくなったという過去がある。
おかげでルクスはますます人間不信に陥った。それでもアークさんから受け継いだ剣技だけは磨いていたようで、今では立派な剣士そのものである。学院でも私とは別の意味で敬遠されているが、実は密かに人気があるのを知っている。
ちなみに姉弟仲はそこまで悪いようではなく、リーシャもヨハンも常にルクスを気にかけていた。ヨハンなんていつもルクスにべったりで、それを受け入れているルクスもなんだかんだでヨハンには甘いのだろう。決して言葉にはしたことはないが。
私は当然の如く、ルクスとはまともに話したことがなかった。リーシャとヨハンには自ら距離を置いて接しているが、ルクスだけは本能的に避けてしまう。きっとこの関係はもう修復不可能なのだろう。そう思いつつも、彼に見えるアークさんの姿を私はいつも追っている自覚はあった。
だってあまりにも似ているんだもの。
「相変わらずね。でもルクスにはなくても私たちにはあるからいいのよ。ね、二人とも」
「はい!」
「…………」
「もう……どうしてアーシャはそんな風に育ってしまったのかしら……」
私を心配してくれる姉に少しだけ申し訳なく思う。
ゲームではリーシャはアーシャに対して厳しいイメージだったが、現実ではそれなりに気遣ってもらっている。決して仲が良いとは言えないが、少なくとも好意は感じるのだ。
ヨハンのこともあるから全てがゲーム通りに動いているわけではない。しかし避けられない運命もあるのだから、私はこれからの一年がどうなっていくのかが心配でもあった。
彼女が現れたら全て変わるのだろうか。
そんな風にも思ってしまう。
私たちが今向かっているのはレヴァリア城だ。
陛下に突然召集されたわけだが、その理由は私だけがすでに分かっていた。
昨夜、彼女が召喚されたのだ。
それに纏わる話し合いが行われるのであろう。でなければ五大貴族の面々を急に集めるわけもなかった。
私はもう覚悟を決めている。
あと一年、何があろうとも自分の道を貫いてみせようじゃない。
程なくしてレヴァリア城へ着くと、兵士の案内のもと私たちは城の奥へと連れられる。
やがて辿り着いた部屋は厳重な警備が敷かれ、これから行われる話の重要さを物語っていた。それを見たヨハンは心なしか緊張しているように見える。
部屋の中にいたのはエルンスト王子とウィラクスだけであった。
「リーシャ……!悪いな、迎えにいけなくて」
「大丈夫です、エルンスト様」
私たちを見た王子は真っ先に婚約者である姉のもとへとやってきた。
「まだ他の方々はいらしてないのですか?」
「あぁ。だが直に来るだろう。好きな場所に掛けてくれ」
そう言って王子が促したのは円卓を囲む椅子であった。王子の許可もあったことだし早速座りたいと思うのだが、貴族の社会は面倒くさくそうもいかない。恐らくこのまま他の面々を待たなければいけないのだろう。
私はこっそりと部屋の隅へ移動して王子を盗み見た。
相変わらず燃えるような綺麗な髪は健在だ。王子のこれだけに関しては素直に綺麗だと認めたい。その髪は短髪に綺麗に纏められ、目尻は鋭く捕食者の顔を伺わせる。王子のカリスマもあってか、結構威圧感が半端ないのだ、この人は。
婚約者でもある姉との関係は見た通り良好で、学院を卒業後はそのまま結婚に進むという噂は国中で有名だ。姉は王子といるとそれなりに幸せそうだし、王子も平民や臣下に対して傲慢なとこがあるものの、姉には優しくしているのは分かる。姉のためにもどうにか結婚までいってほしいと思うのだが、果たして主人公の出現にどうなるのかは私にも分からない。
そんなことをつらつら考えていたら、私を射抜くような視線を感じた。その視線の主は見るまでもなく分かる。
こんなねちっこい視線はウィラクスだけだろう。
「アーシャ様、そんな隅にいないでこちらの輪へどうぞ」
「…………申し訳ございません。……私はここで構いませんので」
彼は見事にこの五年で完璧に外面を繕う技を習得していたのだ。
王子とは反対に、理知的なその視線は見る者を一見安心させる。しかしその実、内心ではとんでもないことを考えているのも見るものには分かってしまうだろう。安定の腹黒だ。
そして見事に私は彼に嫌われ続け、こうして様々なとこで殺しそうな視線をぶつけられる。それでいて口から出る言葉は穏やかなのだから本当にうすら寒い。私にとって一番関わりたくない相手でもあった。
「ったく、お前は相変わらず根暗だな。ちょっとはリーシャを見習ったらどうなんだ?」
「申し訳ございません、殿下……」
「……謝ってばっかかよ」
私の態度が気に食わないのだろう。王子は見るからに苛立ちを募らせる。そして比例するようにウィラクスの視線が鋭くなるのだ。
もうホント嫌。
心の底からそう思うが、これも私が選んだ道だ。甘んじて受けいれましょう。
そうは言ってもこの状況が続くのは遠慮したいとこであり、そう思っていたら扉が開いて新たな人物が入ってきた。
「あれ?みなさんもうお揃いだったんですね。どうしよ、俺たち最後だよ」
「……誰のせいだと思ってるんだ?お前がぐだぐだ家で準備していなかったのが悪い」
「そうだっけか……アハハ、ゴメンゴメン」
笑いながら入ってくるのはこの中でも一番にでかい大男。大男といっても身長が高い意味で、身体はスリムに鍛えているのが服の上からでも分かる。鮮やかな金髪を靡かせ、まるで空気を読まないかのようにズカズカと中心まで歩いていた。五年前とはとても比較できない。ディーンである。
そしてそれに続くのは男子の中では一番小さくもあるカインだ。翠色の髪で、ヨハンに負けず劣らずその髪質はサラサラとしている。密かに触ってみたいと思うのが私の願望でもあった。
この二人は大変に仲が良く、学院内外でよく一緒につるんでいる。影ながらデコボココンビなんて呼ばれていたりするが、それをカインに知られたらまずその人は明日を見れないだろう。ちなみに私も内心ではよく呼んでいたりする。
「これでひとまず全員だな。すぐにあの方も現れるだろう」
王子の一言を合図に、やっと皆が席へと座りだす。私も待ちくたびれたように空いている席へと座った。隣にいるのはディーンだった。
「あー、アーシャ先輩だ。こうやって近くで話すのは久しぶりですね。家に来てもいつも兄さんに独り占めされちゃうし」
「え、っと……」
無邪気にそんなことを言うディーンに悪気は決してないのは知っている。
ただでさえデューク様との関係をあまり人に知られたくないため、ディーンとも必要以上に距離を置いているのだ。それなのに彼はそんなことを気にしないかのように兄の婚約者ということでよく話しかけてくる。本当にワンコな後輩だ。
だけどきっと彼は気づいていない。その度に後ろからカインが無言で睨んでくるのを。
フルブラッド家からは相変わらず必要以上に冷たく当たられている。それは仕方ないことだけど、ウィラクスといい無言で睨まれるのは精神的によくないのだ。
だから攻略対象なんて関わりたくないのよ。




