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異界の巫女  作者: ハル
ゲーム本編前
17/56

婚約者

 翌朝目覚めると自室に戻っていた。


 なんて夢オチだったらどんなに良かっただろうか。

 相変わらず私はアーザイク家にお邪魔しているようで、昨日はそのままベッドで寝てしまったようだ。

 それにしてもここってデューク様の部屋って言ってなかったっけ。

 部屋の中を見渡しても肝心のデューク様は見当たらない。彼のベッドを占領していたことに今更ながら気付いた。にしても目覚めたら隣で寝ていた、なんてことにはならなくて良かった。

 彼ならやりかねない気もするが、その前に紳士ではあったようだ。当たり前か。

 完全に頭は覚醒したのでこのままベッドの中にいることはできず、起き上がって部屋の中を見渡した。

 部屋の広さはかなり広く、マンションでいえば3LDKくらい以上はあるだろうか。一人の部屋としては広すぎるが、まあ貴族ともなればこれくらいは与えられるものなのだろう。私の部屋もそれなりには広いから理解出来た。

 しかし部屋の中には物は余りなくどことなく殺風景な感じを漂わせている。壁に掛かってる一振りの剣が尚更そう見える原因かもしれない。

 外へ出る扉は一つあるが、倒れて運ばれてきた身としては勝手に外へ出るわけにもいかないだろう。かといって部屋のものを物色するわけにもいかず、手持ち無沙汰で立ち尽くすこと約十分。

 これ以上はきついと思った時、ようやく扉が開いてデューク様が戻ってきた。


「起きられたのですね、アーシャ様。……これから目覚めのキスでもしようかと思ったのですが」


 とびきりの笑顔を見せるデューク様を前に、私は自力で起きた十分前の自分を褒め称えたい。

 ひとまず彼の後半の言葉は無視することにしよう。


「デューク様……あの、この度は誠に……」

「……かわされますか。……何も言わずとも結構です。朝食をお持ちになりました。良かったらご一緒にいかがですか?」


 そういえば夜会の前から何も食べてない。身体も空腹を訴えたのでその提案に快く頷いた。

 デューク様に促されるままに部屋の中央にあるソファへと向き合って腰掛けた。


「…………」


 食事中は会話もなく、食器の音が少し響くだけだった。デューク様をチラリと見れば食事のマナーですら完璧で見惚れるくらいに美しい。別に見惚れることはしないが。

 私もマナーについては一通り習ったので大丈夫だとは思うが、やはりこうやって貴族の人と食事するのは少し緊張する。前世では考えられないことだ。

 それにしても、このパンは美味しい。

 どうでもいいけどこの世界の食事は洋風で、当然米なんてものはない。たまに無性に懐かしくなるが、もはや身体はこの世界に順応しているようだ。そこまで食べたいという欲求はなくなった。

 やがて二人とも食事を終えると、私はデューク様へと向き直った。相変わらず彼は笑みを浮かべて私を見つめてくる。


「デューク様……いろいろとお伺いしたいことがあるのですが……」


 一晩経てば、ある程度の気持ちの整理も出来ていた。しかし昨晩の事実には不可解なことが多すぎる。


「……分かりました。お答えできることは全て話します」


 珍しく、というか私は初めて見る彼の真剣な姿に少しだけドキッとする。


「……では、なぜ私たちは婚約することになったのでしょう?お恥ずかしながら、私はこの婚約について当事者でありながら何も知らされていませんでした。そしてそれは私だけではなく、昨夜会場にいたほとんどの者が知らなかったように見えました」


 本当にこの婚約については謎だ。いろいろと不思議に思うことがありすぎる。


「そうですね……。まず会場の皆が知らなかったのは宰相が最後までこの婚約に反対していたからでしょう。かなりの情報を規制していたようでしたので。ですが貴女が知らなかったとは私も思っていなかったのです」

「え……?」

「事前にお父上から聞いていたと思っていたのですが……それは貴女を会場までエスコートした時に知らされていなかったのだと分かりました。私のことを知らなかったようでしたので」


 てことは少なくとも父は知っていたということ?それなのに私に知らせなかったというのか。そりゃまあずっと引きこもっていて父にすら会っていなかったけれども、私の人生の一大事だというのに。

 いや……あの人にとっては娘の婚約など政治的判断でしかないか……


「つまりこの婚約は他の婚約と同じように、政略的なものということでいいのでしょうか?」

「……いえ……」


 私がそう結論づけると、デューク様は驚いた顔をしながら歯切れが悪くなる。


「違うのでしょうか?」

「……はい。この婚約は私から父とバレリアナ公にお願いして実現したのです。私の我儘故、リナール公は反対しほとんどの者が知らされていなかったのです」

「……………………」


 え?今何て?

 一瞬豆鉄砲を喰らったような顔をしかけたが、慌てて繕ってデューク様を見る。

幻聴じゃないよね?


「驚かれるのも無理はないでしょう。ですがこれは事実です。最も意味としては、確かに政治的なものが絡んでいるといってもいい……」

「そう、なんですか……。けれど、いったいなぜ……?」


 なぜ、私なのだろうか。

 自慢じゃないが、私の評判は貴族内では悪いものしかないはずだ。五大貴族の娘が引きこもりなんて悪評をも通り越している。それくらいの自覚は私にもあるのだ。


「それは……貴女を一目見た時から心を奪われてしまったからですよ」


 熱を帯びた視線で私を口説く目の前のイケメン。

 やっぱり私が年相応の女であれば絶対に惚れていたはずだ。

 けれど、現実に私の精神年齢は三十をとうに越している。その言葉だけで嬉しくも思わないし、惚れるわけもない。

 何より、デューク様の言葉には違和感しか感じなかった。


「……失礼ですが、貴方は私の噂などをご存知なのでしょうか?」

「噂……ですか?」


 思っていた反応と少し違ったからだろうか、デューク様は少しだけ雰囲気が警戒するように変わった。


「えぇ。私はこれでも五年間のほとんどを部屋で過ごしていたのですよ。誰とも会わずずっと一人でいた私を、周囲は五大貴族の出来損ないや恥さらしだのと言いたい放題。好意をもたれるはずないんです」

「そんなことは……」

「貴方はいったいいつ私の姿を見たのでしょうか?もちろんまだ小さい頃にはお会いしたことはありますが、まさかその時に一目惚れされたなどと仰りませんよね?それじゃあロリコンでしかないわ」

「ロリ……コン……?」


 おっと、この世界でロリコンは通じないか。

 初めて聞く単語にデューク様は少しだけ眉を寄せる。少なくとも良い意味で捉えてはいないだろう。

 そして彼は私の言葉を否定せず、少しの間だけ黙り始めた。しかしすぐに観念したかのとうにくすっと笑う。


「……参りました、アーシャ様」

「…………」

「貴女はどうやら噂なんかとは違い、とても聡明でおられるようだ」

「それは私の言葉を肯定するということでいいのですか?」

「……えぇ。申し訳ございません。仰る通り、私が成長した貴女にお会いしたのは昨夜が初めてです。一目惚れというのも偽りでしかなく、私は私のための理由で貴女へと婚約を申し込んだのです」


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