攻略対象:騎士見習い
目覚めると目に入ったのは見知らぬ天井だった。
豪華な照明具と周囲に見える絵画など、気品の高さを伺わせる。
少なくとも私の部屋でもないし、前世の部屋でもない。
もしかしてまた転生でもしたの?
なんて思ってしまったのも無理はないだろう。私は静かに身体を起こした。
「ここは……」
どうやらベッドで寝ていたらしい。最初に思った通り今いる部屋の造りは豪華で、間違いなく貴族が使用する部屋で間違いはないだろう。ベッドもふかふかで、何も考えずにもう一度寝たいくらいだ。
さて、何で私はここに?
記憶を辿るようにここで寝ている理由を探ろうとしたが、それを思い出す前に部屋の扉が開く。
そこから現れたのはラフな私服に着替えた金髪の男性。
「…………ッ!!」
叫びそうになる声を飲み込んだ私を褒めてほしい。
「お目覚めですか、姫君」
彼はゆっくりと私のもとへと歩いてきた。
そうだ、私はあの婚約発表で衝撃のあまり気絶したのだ。そしてそのままここへ運ばれたのだろうか。
目の前にいる男性はベッドの前で止まり、隣に置いてある椅子に腰かけた。
もしかしてここって……。
嫌な予感しかしない。それは彼のラフな姿が物語っていた。
「ここはアーザイク家の私の部屋です。倒れる前のことを覚えていますか?」
やっぱりそうなのか……
「……はい。デューク様が私のことを運んでくれたのですか?」
私の言葉に、彼は何かを言う前にまず嬉しそうに微笑んだ。
「やっと私の名を呼んでくれましたね」
ええええええ。もう何なのよ、この人!
それが彼の性格なのだと理解していても、免疫のない私にはいちいち反応してしまう。
デューク=アーザイク。ゲーム本編時点では王国の騎士団長を務める五大貴族のアーザイク家の長男だ。代々武門の家系であり、現時点では父親であるアーザイク家当主が騎士団長を務めているはずだ。
精悍な顔立ちに金髪長身。更にはどんな育て方をされたのか分からないが、どんな女性にも甘い言葉を囁く。当然そんなことをされれば女性たちは彼に夢中となるだろう。
顔も性格も良くて強さも兼ね備えている。そんな彼もまた例に漏れず、攻略対象……ではないのだ。
むしろ攻略対象なのは彼の弟であり、私の一つ下の騎士見習い。そう――
「兄上!アーシャ様が目覚めたって本当ですか!?」
「ディーン?」
突然乱入してくる金髪の少年。まだ成長期は訪れていないのだろう。私よりも頭一つ小さい。
私は心の中で嘆く。
何でこんなことになっているのだろう。
ディーン=アーザイク。彼こそが、ゲームでの攻略対象だ。
騎士団長を兄に持つ騎士見習い。その腕も当然高く、剣だけで言えばエルンスト王子やルクスをも上回る。頭の良さはどちらかというと悪く、成長すれば兄をも越す長身となる大型ワンコのような青年になるのだ。
ゲームでは真っ先に主人公と仲良くなるが、それは純粋な好意によるもので恋愛感情はない。けれど徐々に芽生えていくその気持ちに戸惑いながらも、主人公と付き合ううちに彼女を守る騎士となることを誓っていく。攻略対象の中では一番に難易度が低いのが特徴だ。
「静かにな。今はまだお姫様が目覚めたばかりだ」
「あっ!ごめんなさい、大声だして……」
しゅんと萎れる彼は今はまだチワワのような小型犬にしか見えない。
ぶっちゃけ、可愛い。
まあそう思っても、口には出さないしディーンとは仲良くなることもないだろう。これでも一応子供の頃は遊んでいた仲でもあったけど。
「だがディーンもお姫様が心配だったのだろう?」
「もちろんです!兄上の婚約者に何かあったらと思うと……」
ディーンは私を心配するように顔を覗き込んできた。
頭の片隅で二人はやっぱり兄弟なんだなあと思うが、正直今はそんなことどうでもいい。
ディーンの言葉で今の状況を思い出した私は再び混乱に陥る。
そうよ。そもそも何で私はここに?いったい今は何時なの?いや、それすらもどうだっていい。
そんなことの前に……婚約者ってどういうこと!?
「アーシャ様……?」
デューク様はいい歳でもあるのでゲーム中でも婚約者の一人や二人いたかもしれないし、もしかしたら結婚すらしててもおかしくはない。少なくとも彼はディーンルートや王子ルートで少し現れるくらいの脇役であり、そこまでの描写はなかったから真偽は分からない。
だけども!
ゲームではアーシャに婚約者なんていなかったはずだ。それは間違いない。ハッキリとゲーム中で語られたのだ。
そんなことを思い出しながら、ではなぜ今デューク様と婚約者になっているのだろう。
「姫君……?まだ体調が優れないのですか?」
となると最も可能性が高いのは、今からゲーム本編までの間に婚約破棄となることだろうか。それしか考えられない。
だってまさか婚約自体がイレギュラーだなんて言わないよね?そうだとしたら余りにもひどいだろう。
「姫君!」
「えっ!?」
そこで私はハッとして現実に戻った。デューク様が少しだけ焦った顔をしながら私に顔を近づけていた。
いくらなんでもイケメンに至近距離で見られるのはいろんな意味で辛い。
「すみません、少し呆けてしまいました」
「悪いとこがなければいいのです。我が姫君、突然の婚約発表で驚いたのは無理もありませんが、今夜はここで休んでください」
「え……そんな訳には……というかその姫君って止めて貰えませんか?」
「なぜでしょう?貴女は私の姫君には変わらないのですよ」
いやいやいや。
ホントにそれだけは勘弁して欲しい。どうせ他の女性にも言ってるのだろうがさすがに姫は耐えられない。
「ですが貴女がそう望むのならばアーシャ様とお呼びしましょう」
「いえ、あの……どうかアーシャと呼び捨てに」
「それはまだ出来兼ねませんね。婚約したとはいえ、まだ貴女とは知り合ったばかりですし」
「そうですか……」
私とデューク様は同じ五大貴族だ。公には立場は同じであるのだから、歳上のデューク様が私に敬称を付ける必要などない。
しかしこればかりは性格もあるので難しいか。まあ姫と呼ばれないのならいいだろう。
「最も私はすぐにでも貴女と交流を深めたいとは思っていますが」
「デューク様?」
「とはいえそれはこれからゆっくり育んでいけばいいでしょう。アーシャ様、顔に疲労が出ていますよ。詳しい話は明日にして、今日は本当に眠ってください。……願わくば私のキスで目覚めて欲しいものです」
どうしてこの方はこんなことばかり言うのだろう。
ホントにこの時だけは心から転生者で良かったと思う。
そうでなかったら私は絶対にすでにデューク様に恋に落ちていたに違いない。もしそうなったら余りにも二人にとって悲劇だろう。
将来騎士団長となるべく人に、悪役令嬢(手下)が婚約者だなんて迷惑でしかない。
ああ、だから近いうちに婚約破棄となるのだろうか。
そんなことを他人事に思いながら私は自然と再び眠りについた。




