夜会
私の家から王城まではハッキリ言って近い。近すぎる。歩いて十分とすら掛からないのに馬車で行く意味が分からない。これもやはり貴族だからなのだろうか。
そんなことを考えていれば、すぐに王城へと辿り着いた。
「待っていたぞ、リーシャ……それにアーシャも……久しぶりだな」
私たち――正確に言えば姉を待っていたのは何と王子自身であった。
「エルンスト様、お待たせして申し訳ございません」
「……お久しぶりでございます、殿下……」
五年ぶりに見たエルンスト王子は見違えるほどに成長していた。子供のような悪ガキのようなイメージもなく、スマートに佇まいリーシャを出迎えていた。燃えるような髪は相変わらずだ。これでまだ13歳なのだから驚きだ。
「あぁ……それでは、行こうか。二人は私がエスコートしよう」
「あら?まだ正式発表されてないとはいえ、エルンスト様の婚約者は私でしょう。ならばアーシャは置いて私をエスコートして下さらないかしら」
「それはそうだが……」
「殿下、私なら大丈夫です。どうぞ姉のことをよろしくお願いします」
正直姉の変わった態度に驚いたが、私としても王子のエスコートなどご遠慮いただきたい。それが分かっているわけではないだろうが、姉はグイグイと王子を押していく。
まさかの立場逆転なの?
「……承知した。では後でまた……」
「さぁ、行きますわよエルンスト様」
「お、おい、リーシャ……!」
半ば姉が引きずるように王子を連れて行った。それはそれでよかったのだが、あの二人大丈夫なのだろうか?そもそもエルンスト王子は俺様ドSキャラのはずだが、なんだかヘタレにしか見えなかった気がする。
「まあそんなの気にしてもしょうがないわよね」
一人残された私も中へと入るべく、憂鬱になりながらも進もうとした。すると横から声が掛かった。
「お嬢さん、一人で入るには感心しませんね。ここは男性にエスコートさせてもらえませんか?」
「え?」
振り向けば、そこには男性がいた。
金髪で長身。タキシードを着ていることから夜会の参加者なのだろうが、明らかに成人しているかしていないかくらいの年齢である。少なくとも同年代でないのは確かだ。その顔にはどこか見覚えがあるような気がした。
「貴方は……?」
「……しがない護衛の身ではありますが、一人で佇む女性は放っておけない性質でしてね。どうでしょうか?エスコートさせてくれませんか?」
「……かしこまりました」
ここで断れば男性に恥をかかせるだろう。それでも別に良かったのだが、どこか見覚えのある顔に断りきることが出来なかった。
「……ありがとうございます。可憐なお嬢さんをエスコート出来る私は果報者ですね」
そう極上の笑みで言い放つ男性に、私は思わず口をパクパクして何も言えなかった。
この世界に生まれてこんな気障な言葉を言う人に初めて出会った。免疫のない私には結構毒だ。
それにしても、この人どこで見たんだっけ?
手を取り連れられる間、一歩後ろから彼の横顔を見るが何かもやもやと思い出せない。恐らくゲームの登場人物であるとは思うのだが。
「どうかしましたか?そんなに熱い視線で見られると私も緊張してしまいます」
「あ、熱い視線って……!?……そんなわけじゃありませんわ」
「おや、そうなのですか?……それは少し残念だ」
「……ッ!?」
な、何なのこの人!私をからかっているの!?面白がってるの!?
普段全く言われない言葉に――しかもイケメンの年上の男――さすがの私も戸惑ってしまう。
アークさんのこともそうだったが、私は結構年上の人の方がタイプなのだ。といっても、精神年齢おばさんの私には目の前の男性も年上には見えないのだけども。
「ハハッ、やっぱり面白いお嬢さんだ」
「え……?」
「……さぁ、私の役目はここまでです。会場に着きましたよ」
その言葉に釣られるように前を見れば、そこにはパーティー会場の扉が目の前だった。
男性はその扉を自ら開けようとせず、それを私に委ねている。言葉通り、この先へは入らないのだろう。ということはやはりパーティーの参加者ではないのか。
そういえば最初に護衛とか言っていたっけ。
「あの……お名前を教えて頂けませんか?」
どうしても気になる男性に私は名前だけでも知りたいと思ってそう尋ねた。しかし男性は思わぬ返答を返す。
「……私のことが少しでも気になるのですか?」
「え?」
「いえ、私の願望が過ぎましたね……。今ここで私のことを教えるのもいいのですが、どうせなら貴女の驚いた顔を見てみたいものです」
「それは……」
いったいどういう意味?
「ですので、今はいったん私のことは内緒にしておきましょうか」
人差し指を口の前に立てて彼は内緒話のように話した。その様さえ、気障だけども格好良く見惚れそうになる。少なくとも、エルンスト王子よりは立派な王子にさえ思える。
「それではまた……アーシャ様」
「……ッ!!」
その瞬間、私はハッとして顔を上げて男性を見上げた。しかし男性はすでに踵を返して来た方向を一人引き返していた。
どうして私の名前を……?
怪しさに警戒をするが、もう彼はここにはいなかった。気にはなったが、振り返り目の前の扉を見つめる。
「はぁ……」
憂鬱になりながらも、私は出来るだけ目立たないようにその扉を開けた。
そこはとても煌びやかな空間だった。灯は眩しすぎるほどに明るく、礼装した男女たちは光る宝石などをこれでもかというぐらいに身に着けている。ゆったりとした音楽の中で、すでに多くの人たちは歓談に夢中だった。
そんな陳腐な感想しか出てこないけど、これでもとても驚いている。いくら小国といえど、まさかこんなに大きな夜会だったなんて。
改めて自分の姿を見れば、他の女の子たちに比べればとても地味である。ルーナはきっとそれも分かった上で選んだんだろう。
「あら?そこにおりますのはバレリアナ家の妹君でいらっしゃいますわね。まさか夜会へと出席されるなんて思いもしなかったですわ」
情熱的な赤いドレスを身にまとった女が嫌味たらしく私に声を掛けた。後ろに控える取り巻きの女もクスクスと笑っている。
まさか来て早々会うとは思わなかった。少なからず予想はしていたのだけども。
記憶に残る女性よりもまだ幾分も若い少女。けれどその瞳だけはすでに記憶の中に宿るものと一緒だ。
カタリナ=マッカーサ。この先私というアーシャをこき使っていく人間。いわゆる悪役令嬢その人である。
ちなみに後ろにいる取り巻きも私と同じ悪役令嬢の手下で名はミレイという。手下はさらにもう一人いるのだが、彼女は私たちより一つ下なためにこの場にはいない。私も含めたこの四人がゲーム本編では主人公を嫌がらせする悪役令嬢となるのだ。令嬢ではないが、弟も含めれば悪役は五人である。
余談だが、私以外の四人はそれぞれ決まった攻略対象のルートに入るとメインに出てくる悪役であり、私だけがその全てに出てこき使われる悪役の手下だ。
自分で言ってて情けないわ。
「……聞いておりますの?昔から下ばかり見て、貴女は何にも変わってないのですね。噂ではこの数年、屋敷から全く外に出ていないとか。本当にリーシャ様と比べて貴女は出来そこないですわね」
「……申し訳ございません、カタリナ様」
演技がかかったように私は潮らしく答えた。こんなガキに頭を下げるのも屈辱ではあるが、全ては未来の自由を勝ち取るためだ。そのためなら私は何だってするし、周りにいる誰をも騙してみせよう。
「ふんっ、分かればいいのですわ。……どうせ貴女は家の者からも蔑ろにされているのでしょう。良ろしければ今後は私が貴女の面倒を見て差し上げてもよ」
「そんな……私なんかではカタリナ様に迷惑が掛かってしまいます……」
これは手下へのフラグなのか?ゲーム本編だけならまだしも、正直今から彼女の手下になるのは嫌だ。
「ちょっと貴女!カタリナ様がお言葉を掛けてくださっているのよ?それを断るなんていったいどういうつもり!」
「……ですがミレイ様。私は自分の価値をよく分かっています。……こんな私がカタリナ様もそばにいては周りからも何を言われるか」
「殊勝なことですわね、アーシャ様。ですが貴女の価値は貴女自身にではなく、その家柄にあるのですよ。五大貴族のバレリアナ家。その意味が分からないほど、さすがに馬鹿ではないのでしょう?」
「それは……」
その通りだ。いくらアーシャという人間が周りから馬鹿にされていても、彼女はれっきとしたバレリアナ家の人間なのだ。カタリナやミレイも貴族の人間だが、それは五大貴族ほどではない。本来ならそれだけで敬われるのだが、そんなアーシャを真正面から馬鹿にするカタリナはそれ以上の馬鹿か、もしくはある意味で大物なのだろう。
「悪いようにはいたしませんわ。貴女はただ、私の言うことを聞いていればいいのです」
「…………」
これは諦めて彼女へ下るしかないのだろうか。この先六年も彼女と共にするのは結構な苦痛でもあるのだけど。
でもまあ我儘を言っても仕方がないわよね。これもゲームの筋書きなのかもしれないし。
「分かりました……」
「そこで何を揉めているんですか?」
「え?」
諦めようとしたその時、私たちの間へ別に人間が立ち入った。
「ウィラクス様!?」
カタリナ令嬢が驚いて声を上げていた。それはそうであろう。今夜発表されることになるが、彼はカタリナの婚約者なのだから。
海を思わせるような深い青色の髪を持ち、理知的な視線をするのは私たちと同年代の少年だ。その視線は鋭く、私たちを射抜くように見つめる。
ウィラクス=リナール。彼もまたゲームにおいての攻略対象である。




