ゲームの強制力
それから数日。
私の元にユアンからメッセージが届いた。
『少し大きな任務が入った。しばらくは面倒見れないからよろしく。練習は続けろよ?』
「任務……?」
嫌な予感しかしなかった。
私はすぐさま着替えて街へと繰り出す。
メッセージはユアンが私の魔力を辿って届けたものだ。メッセージを出してからそう時間は経っていないはず。
焦る気持ちを抑え込みながら、冒険者ギルドまで精一杯走った。
「お願い、間に合って……!」
ギルドの入口を開けると、そこは普段通りだった。
周囲を見渡してもアークたちは見受けない。
変わりにマスターを見つけ、すぐさま駆け寄った。
「マスター!!」
「アーシャ!?何でここに……」
「アークさんは!?アークさんはどこ!?」
「落ち着け、アーシャ」
落ち着いてなんていられない。
「ユアンから聞いてないのか?アークたちは少し任務で王都を出てる」
「任務って何なの?」
「それはいくらアーシャでも教えることは出来ない。知ることができるのはギルドの人間だけだ」
「もしかしてブルスターグ山に向かったんじゃないよね!?」
「……何でそれを!?」
間違いない。これはアークさんが死んでしまう任務だ。
「お願い、マスター!アークさんたちを止めて!」
「何を言ってる、アーシャ。どこで知ったか知らんがアークたちなら大丈夫だよ。あいつらはこの国では最強のパーティーだ。何せSランクが三人揃ってるんだからな」
「だけど……!……アークさんは今どこにいるの?」
マスターに話していては埒があかない。
私は一刻も早くアークさんのもとへと行きたかった。
「……少し前にここを発った。もう街を出てるはずだ。見送りたいのも分かるが、今回は諦めて大人しく待て」
「……少し前……まだ間に合う!」
「おい、アーシャ!!」
呼び止める声が聞こえるが、もはやそれを聞いている暇などない。
一目散に街中を掛けて外を目指した。
門兵が私を見て止まれと叫んだが、それすら立ち止まる時間も惜しい。
捕まる前に簡単な眠りの魔法をかけた。ゴメンね、本当に急いでいるの。
街の外にはいつ魔物が出てもおかしくはない。
少しだけ不安もあったが、それを拭うように私は走り続けた。
ユアンから教えてもらった、足が速くなる魔法をかけて。
街道から逸れてブルスターグ山へと続く道を先回りするように直進した。
「追いついた……!」
直進したおかげでアークさんたちを先回りできたようだ。
三人はどうやらゆっくりと街道を通っていたみたい。
「アーシャ!?」
突然現れた私に三人ともが驚いていた。無理もない。
「お願い、アークさん!今すぐ引き返して……!」
「何言ってる、アーシャ。そんなことよりどうやってここまで……」
「お願いよ!任務は放棄して!」
「アーシャ……?」
ただならぬ様子に三人は少しだけ困惑していた。
「どうしたんだ、アーシャ。メッセージは見たんだろ?これは遊びじゃないんだ。お前は家でゆっくり待ってな」
「ダメ……!これ以上はダメ……!」
「アーシャちゃん……?私たちの任務はブルスターグ山の魔物を倒すことなの。最近動きが活発になっていて、ギルドの人たちも何人かやられてるわ。このまま放置するわけにもいかないのよ」
「そんなの他の人たちだっていいじゃない!アークさんたちが行く必要なんてない!」
「他の人たちが行くくらいなら俺たちが行く。そう決めたんだ。……アーシャ、急にワガママ言ってどうした?」
そうだ。この人たちはそんな立派な志を持っているんだ。私なんかの言葉で思いとどまるわけがない。
「……死んじゃうのよ」
「何……?」
「この先を進んだら、アークさんたちは死んでしまう!だから引き返して、お願い!」
私は懐から短剣を取り出して抜いた。
魔道士でも弓使いでも、護身用にとユアンに買ってもらったものだ。
短剣を抜いたことでアークさんたちの動揺も伝わった。
「アーシャ……大丈夫だ、俺たちは死にはしない。だからその剣をしまうんだ」
「…………引き返すならしまう。だけど進むならしまえない!」
怖い。とても怖い。
短剣を持つ手はブルブルと震えていた。当然それもアークさんたちは分かっている。
聞き分けのない子供だと思われているだろうか。呆れられているかもしれない。
だけどそれでも今日だけは譲ることができなかった。
「アーシャ……」
「アーク!?」
アークさんはゆっくりと歩きながら、剣を抜いた。
「おいおい、まじかよアーク。相手は子供だぞ?」
「……分かってる。だけどアーシャはなぜか分からないが覚悟を決めている。ならば俺もそれに対するべきだ」
「アークさん……」
剣が私に向けられている。それだけで私の恐怖は更に増えた。
殺される?いや、そこまではされないとは思う。だけど傷つけられるかもしれない。
アークさんの目は剣士の、Sランク冒険者の目だ。私たちと談笑している時とも戦い方を教えてくれる時とも全然違う。視線だけで殺されそうだった。
怖い。けど、アークさんたちを失う方がもっと怖いの。
「アーシャ。覚悟はいいんだな」
「……私は退かない。この任務を受けたらきっとアークさんは戻ってこない。だから……!」
「アーシャ!」
「……ッッ!」
アークさんが踏み込むと、私の短剣は叩き落された。その衝撃は私の腕まで振動する。
短剣を拾い上げようとしても、腕が痺れて動けなかった。
呆然とアークさんを見上げる。
するとそこにはいつものアークさんがいた。
「悪い……」
剣をしまったアークさんはゆっくりとしゃがみ込んで私を抱き締めてくれた。
「アークさん……」
「君が何を思ってそうしたのかは分からないが、大丈夫だ……怖がらなくていい。俺たちはちゃんとここにいる」
「……だけど……だけど……!!」
「心配しないで、アーシャちゃん。私たちはこれまでどんな大変なこともやり遂げてきたの。魔物退治なんて心配するほどのことでもないわ」
「シャリーさん……」
「そうそう。お前はいい子にして待ってろよ。帰ってきたらとびっきりの魔法教えてやるからさ」
「ユアン……」
そうだ。彼らはSランク冒険者の三人だ。どんな困難もきっと乗り越えるのだろう。
だけど、それでも私の心は不安しかなかった。
ゲームという名の強制された運命がもし存在するのならば。
「アーシャ」
「…………?」
「帰ったら俺たちの息子に会わせてやる」
「え……?」
「実はアーシャの話をしてたら興味を持ったみたいでな。あいつにとっても数少ない従姉妹だ。アーシャが良ければ会ってやってくれ」
……今何て言った。
私は驚きのあまりアークさんを凝視した。その視線にアークさんはいたずらが成功したようなちょっと幼い顔で笑っていた。
「悪いな、アーシャ。お前のことは最初から知っていたよ」
「嘘……だって何も言わなかった……」
「俺は家を出た身だったからな。お前も聡い子供だ。俺のことを知っていたんだろう?」
「…………」
無言で頷く。
まさかアークさんが私の家のことを知っていたなんて。知った上でこれまで過ごしてくれていたなんて。
「約束だ」
「約束……?」
「あぁ。ちゃんと約束を果たしに帰ってくるから。だからアーシャ、ここは俺を信じて通してくれないか。可愛い俺の姪っ子よ」
もうどんな説得も通じないだろう。それが分かってしまったから、私はもう頷くことしか出来なかった。
その約束を信じていいんだよね?
「ありがとう、アーシャ」
そして私の横を三人は通り過ぎていく。
「ユアン」
「……?」
最後に通るユアンに声を掛けた。
「お願い……アークさんたちを守って……!」
「……任せとけ。俺は偉大な魔道士だぜ?」
「……ふふっ、そうね。お願いね……ユアン」
私のいつにない真剣な声にユアンは応えてくれた。
ただそれだけで私は嬉しい。
「……アーシャ」
「……何?」
「お前にお守りをやるよ」
「え?」
ユアンはそれだけを言うと、かがんで顔を私に近づけた。
そのまま額と額を合わせる。何だか暖かいものが流れてきた気がした。
「俺の魔力だ。それがあれば何だって出来るぞ。だから、そんなに怖がるな」
「ユアン……」
「って俺のガラじゃねぇよ、まったく。良い子にしてろよ、アーシャ」
「気を付けてね……」
その言葉に笑ってユアンは頷いた。
そして三人はブルスターグ山の方へと進んでいく。
止められなかった。
私は止められなかった。
私というイレギュラーがいる中、全てがゲーム通りに動くとは限らない。
だけど、やはり私の中では一株の不安が拭えないのも確かだった。
お願い、神様。
どうか三人が無事に帰ってこれますように。
三人が無事でいるのなら、私はどんなことだってするから――




