26話 TODO:死の特訓を半強制的に受けてみる
「とは言うものの…………何すれば、いいんだろうかねぇ?」
神様にお願いをされたはいいが、具体的に何をすれば良いのかも分かっていないので、途方に暮れる彰介だった。
いくら考えても埒が明かないので、とりあえず異世界に戻ってから、エリナやユーリ達に相談しよう、と問題を先延ばしにした彰介だった。
「とりあえず、週末までは店を頑張りますか!」
「彰さーん! 朝御飯できたよーっ!」
「わかったー! 今行く!
んじゃ、由里の朝飯を食って、今日も頑張ろう!」
そう言うと、いつものように朝御飯を食べ、由里と一緒に職場である紅玉珈琲店に向かうのだった。
~ ~ ~ ~ ~
「……はぁ。本当にアンタといると、飽きないねぇ。」
「まったくだ。今度は神ときたか……俺達だって、そんなもの相手に出来るだなんて思いもしないぞ。」
「やっぱりご主人様は凄いですねぇ。そんなお願いをされてしまうなんて、実はご主人様自体が神様なんでしょうかぁ?」
こちらの世界でも主神として祀られている天之主神から、生まれ変わるために戦って倒してほしいという願いを受けてしまったので、どうやって強くなれば良いか? という事をギルドのマスタールームに訪れて相談したショースケに対して、順にエリナ、カールマン、ユーリからもらった返答である。
何故か、ユーリはショースケの事を相当盲信しているようで、言動が若干おかしくなっているような気がするが、余り気にしないようにしているショースケだった。
「それじゃショースケには、私等の[死の特訓]でも受けてもらおうかねぇ?」
「お!? とうとう、あれをやるのか? まぁ、今のショースケなら、余裕で耐えらんだろ。」
「え、何それ? 「死の」って付いてる時点で、ヤバイような気がするんですけど? っていうか、今までの扱きだって、相当辛かったんですよっ!?」
「あー、悪いがショースケ。こいつは、どっちかって言うと、辛いなんて言葉じゃ済まないというか、何というか……。」
「えっ!? それって名前の通り、死人が出るような特訓じゃ……。」
「まぁ……多少は……。」
「ちょっ!?」
スパーンッ! とエリナに叩かれて突っ込まれるカールマン。
ちなみに、突っ込みで使っている道具はもちろんハリセンである。何でハリセンなんかをエリナが持っているかというと、ショースケが地球からのお土産として、渡したものである。しかも、ジェネラルストアルーム産なので、見た目は厚紙で出来ているような物なのだが、いくら強く叩いても一定の威力が出ないうえに、壊れないという優れものである。
(いや、こんな物が優れた機能持ってるのも、どうかと思うんだけどね……。)
「何、変な事言って脅してんだいっ!! 特訓で殺すわけな…………いや、打ち所が悪くて、死にそうになった奴等は、何人かはいるかねぇ。」
「それ特訓なのっ!?」
「死、スレスレの所を乗り越えた時こそ、見えるものがあるってもんさ。」
「……いやまぁ、確かに自分も体感してますから、理解は出来ますけど……。」
「よし! ショースケも納得したようだし、それじゃ早速やってみようかぁ!」
「え? ちょっ……。」
「あ、今回の特訓は、俺とエリナ……あと、ユーリも借りるぞ。3対1な。」
「「(ふ)えええええええぇぇぇぇぇぇっ!?」」
~ ~ ~ ~ ~
「お前の武器は、訓練用に刃を潰してある刀を用意してあるから、それを使うようにな……あぁ、そうだ。【光の腕】は使っても良いからな。」
「はい。」
「ユーリ。ちゃんと手を抜かずに、ショースケを狙って打ち続けるんだよっ!」
「はっ、はいいぃぃっ! ……うぅ、ご主人様ぁ、申し訳ありませんですぅ……。」
「まぁ、気にするなユーリ。しっかりと乗り越えてやるさ。それに、今回は凄い回復魔法班が近くに待機してるみたいだから、大丈夫だろ。」
「よし! 良く言ったショースケ。まぁ、お前の実力なら死ぬ事は無いだろうから大丈夫だろうよ。
お前が狙って良いのは、俺とエリナだけだ。そんでもって、ショースケは魔法禁止な。」
「魔法も禁止ですか!?」
「そうだ。今回の目的は、眠っている底力を引き出す事だからな。己の身体だけで辿り着く必要があるんだよ。」
「はぁ、それなら……分かりました。」
「ちなみに、私達は、付与された得意な武器も使うし、魔法も使って全力で行くからね。
そして、ショースケの特訓目標は、半日生き延びる事だからね。」
「はっ、半日ぃっ!?」
「あぁ、そうだよ。私とカールには、常に体力が回復する腕輪と、致死の攻撃を受けると、身代わりとなって砕けてしまう、身代わりの宝石を幾つか装備しているからね。」
「何ですか、そのフル装備!? 大物でも討伐しに行くつもりですかっ!」
「何言ってんだよ? この位じゃないと、お前をギリギリの所まで追い込めないんだよ。いい加減、自覚しろ。」
「は、はぁ……。」
「カールの言う事はもっともなんだよ。アタシ達にとっても、それ程厳しいって事なのさ。
さっ、ショースケも用意してステージに上がりな。」
「はい……。」
(何か、殆ど勢いような感じでこんな事になったけども、俺、生きて帰れるかなぁ……? それにしても、【光の腕】の効果時間は、今の魔力でも20分しか持たねぇ。魔力はすぐ回復するっていうのに、チャージタイムがあるみたいで、次に使えるのは1時間程度待たなきゃいけないときたもんだ。
そう考えると、ほぼ【光の腕】は使えないと考えないとダメだな。しかも、身体強化魔法も使えないし……自力で耐えるしかない、か……。)
「……よし、準備は出来たみたいだねぇ。それじゃ、行くよっ!」
「くっ!?」
開始と同時にエリナが飛び出し、棍でショースケの喉元を狙う。が、ショースケは左の手甲で軽く軌道をそらして、右回し蹴りでエリナの腹部を狙う。
しかし、エリナもその手は読んでいたようで、身体を捻りつつアクロバティックな体制で、ショースケの回し蹴りを踵で受け止める。
そこへ、ショースケの死角からカールマンが飛び込んできて、大剣を切り上げる。しかし、ショースケは己の刀に片足を乗せつつ、カールマンの大剣を受ける。そして、その威力をそのまま利用するように飛び上がり、上空にふっ飛ばされる。
今度は、宙に浮き上がったショースケを、ユーリの矢が捕らえる。がしかし、ほぼ同時に放たれた8本の矢は、全てショースケは切り落とした。
「はわわぁ……流石です、ご主人様ぁ。」
「あぁ。宙に浮いたまま、あの矢を全て切り落とすとはねぇ……ほらっ! 呆けてないで、次を構えなっ! ユーリ!」
「はっ、はいぃ!」
~ ~ ~ ~ ~
それから、2時間程度は過ぎただろうか。
ショースケは荒く息を吐き、フラフラになりながらも、3人の猛攻から何とか耐えていた。
「オラオラァッ! まだまだ行くぞぉっ!」
「っ!?」
カールマンの斬撃を何とか刀で受けるが、その勢いのままユーリが居る場外まで吹き飛ばされた。それでも、何とか立ち上がりはしたが、フラフラした足取りでステージの上に戻るショースケ。
「……ご、ご主人様ぁ。」
「大、丈夫……だ。」
泣きそうな顔をして、心配するユーリの顔が視界に入る。
(……こんな顔しちゃってまぁ……って、俺が不甲斐ない所為、だよな。情けねぇなぁ……。
それに、神様とも、次の世界見せるって約束しちまったんだ。こんな所で、躓いているようじゃ話にならないよな。せめて、あの2人を圧倒できる位の力が無いと、な。)
「何とか、立ち合がったようだねぇ。でも、半日には、まだ時間はあるよっ! しっかりしな、ショースケっ!」
「は……い……。」
「オッシャアッ! 行くぜ、ショースケェッ!!」
カールマンとエリナが飛び出した。カールマンは左上段からの袈裟切りを、そして、エリナは右手側から棍で薙ぎ払いを、ほぼ同時に仕掛けてきた。
単純に考えれば、下段へ逃げつつ薙ぎ払う斬撃を切り出せば良さそうだが、この2人相手では悪手になると察知し、ショースケは上段から左の片口を守るように刀を構えつつ軽く飛び上がり、エリナの棍を足の裏で受けつつ、その勢いも利用して、カールマンの袈裟切りを刀で受けつつ、大剣を中心に回転するように受け流した。
「ハッハァ! まだ、そんな動きが出来るのかっ!」
「良い動きだ、が……。」
ショースケの身体の回転終わりを狙って、鳩尾を狙って棍を突き出すエリナ。
今のフラフラな状態のショースケならば、まともに受けてしまうだろうと思われたが、この一撃も何とか手甲を使って、脇の外へ受け流したのだが……。
「まだ甘い!」
受け流した棍は囮だったようで、エリナは勢いそのまま、ショルダーチャージを仕掛けた。
着地する寸前を狙われた突きさえも、手甲を使って受け流す事が出来たショースケだったが、ここまで無防備な状態をさらけ出している姿勢では、これを受けたり、避けたりする事は出来なかった。
「グハァッ!?」
ショースケはエリナのショルダーチャージをまともに食らってしまい、訓練場のステージの端まで吹き飛ばされてしまう。
(ぐっ、きっつうぅ……それにしても、何時間、経ったんだ?
もう……刀を握る、握力が……っていうか、持ってるのかどうかも、分からん……
もう、何も、考え…………。)
ショースケの意識が途切れる。
しかし、それと同時に先程まで、2人の斬撃に耐え切れず、そのまま倒れてしまいそうな程にフラフラしていた状態だったのだが、急に力が漲ってきたのか、カールマンに向かって、勢いよく飛び出した。
その勢いは、闘技場の床石を割る程の踏み込みだった。
「……っ!」
「うおっ!?」
ガキィッ! と、カールマンはショースケが片手で放った袈裟切りを、自慢の大剣で何とか受け止めた。
しかも両手を使って、である。
「……んだよ、この重さはよぉっ!」
そのままカールマンは前蹴りを放ったが、ショースケは後ろに飛びつつ、衝撃を殺しながら膝で受け止めたのでダメージは特に無かったようだ。
「チィッ!」
「カール……。」
「あぁ、ショースケの奴、[生死の極み]に入りやがったな。」
生死の極み。
このジュエル・ワールドで伝えられている身体強化方法のひとつである。
死と擦れ擦れの状態まで身体と精神状態を追い込み、無意識の内に潜在している感知力、洞察力、認識力、判断力、身体動作を限界以上に高める強化方法だ。
しかし、この強化方法は、強い身体と精神力が必要とされ、簡単に開眼するような方法でなく、この状態に追い込まれる前に死んでしまうか、この状態になったとしても、命の炎が尽きるまで戦い続け、そのまま死んでしまうという、とてもリスクの高い強化方法なのである。
それでも、この強化方法が伝えられているのは、自分のモノにさえしてしまえば、この方法をスキルのように使う事ができるうえ、魔力を一切必要としないので、魔法を苦手とする者にとっては、とても魅力的な強化方法なのだ。
「あぁ、あれは確実に入ってるねぇ……さぁて、あそこから、ショースケの気を失わせてやるのは骨だねぇ。」
「だがよぉ、何も教えてない状態から初めて入った奴は、そうやって止めてやんねぇと命の炎が尽きるまで戦い続けちまう。
それが[生死の極み]の怖さだってのは、エリナだって分かってんだろう?」
「そんな事は分かってるさっ! あの子は、アタシのお気に入りなんだ。アタシの命に変えても、守って見せるよ。
ユーリっ!! こっからは手出しすんじゃないよっ! 下手すりゃ、アンタが狙われちまうからねっ!」
「はっ、はいぃ!!」
「おっしゃ! 行くぜぇっ!!」
カールマンの掛け声と同時に2人共ショースケに飛び掛かった。
「行くぞ、ショースケ! 【圧殺剣】っ!」
「はあぁっ! 【多重連撃】!」
カールマンからは、左右から同時に斬撃が襲い掛かり、エリナからは、棍による突きが、十重二十重に振り掛かる。
しかし、ショースケは慌てる事もなく、カールマンの斬撃に対しては、右は刀を、左は手甲を振り上げる事によって斬撃を上へ逸らし、エリナの多数の突きは、手甲と膝当てを使って、全て受け流してしまった。
「おいおい。あれを簡単にいなすのかよ……。」
「……まいったねぇ。」
「しょうがねぇなぁ。アレをやるから、後は頼んだぞ。」
「ちょっと!? 今のショースケに、それは危険すぎるよっ!」
「いやっ、それが一番早ぇ! それに時間を掛けられないんだから、やるしかねぇんだよっ!」
「くっ……分かったよ。死ぬんじゃないよ!」
「分かってるよ。誰が、お前を残して死ぬか、ってんだ。
……オオオオオオオオォォォォッ! 【鬼殺】ぃっ!」
上段に構えた大剣は、気合いと共に魔力を纏う。
カールマンが持つ大剣は、細身の成人女性と同じ程度の大きさだ。それが今や、3倍位の大きさにまで膨れ上がっている。
その大剣を、カールマンは上段から一気に打ち下ろした。
その迫り来る巨大なプレッシャーさえも微塵に感じないのか、ショースケは、スッと左手を擦り上げ、手甲で大剣の軌道を滑らせるようにそらし落とす。
「なっ!? 体術の類いかっ?」
剣の軌道をそらされ、多少ではあるが身体が開いてしまったカールマンに対して、その隙を逃さず、ショースケの淀みの無い突きがカールマンの腹部を捉え、背中まで突き抜けた。
「グウウゥゥッ!」
「っ!?」
瞬時に刀を引き抜こうとするショースケだったが、避けられないと感じたカールマンは、腹で突きを受けた。しかし、急所は既の所で避け、刀が突き刺さった瞬間を狙って腹に力を込めて刀を固定させた。
「おやすみっ! ショースケッ!!」
「ガッ!?」
エリナはこの隙を逃さず、魔力を込めて威力を増した棍をショースケの首筋に叩き込んだ。
それを受け、ショースケは電池が切れたように、その場に倒れた。同時に、ユーリがショースケの元へと駆け出す。
「ご主人様ぁっ!?」
「……大丈夫だよ。気を失っているだけさ。
それにしても、ここまで凄い力を持っているとはねぇ……。」
「あぁ……ったく、冗談じゃねぇぜ。最後のは、本当に、危なかった……急所だけは、何とか外せたが……あぁ、俺も……もうダメだ。」
カールマンもそう言うと、刀が突き刺さった状態のまま、横に倒れてしまった。
「ちょっ、ちょっと!? 救護班!! さっさとカールを助けてやっておくれっ!」
「はっ!? はい! 只今っ!!」
特訓とはいえ、余りにも人間離れした戦いを見て、呆けてしまっていた救護班のメンバーだったが、エリナの呼び声に我を取り戻し、慌ててそれぞれの治療を始める。
「それにしても、アタシも、もうボロボロだよ……ユーリ!」
「はっ、はいぃ!」
「悪いんだけど、ショースケの治療が終わったら、宿に連れていってくれるかい? さすがに、今日はこれでお仕舞いだから、ショースケが目を覚ましたら、また来ておくれ。」
「目が覚めたら、ですかぁ? 明日ではなくてですかぁ?」
「あぁ。死スレスレの所まで追い込んだんだ、2、3日は目を覚まさないだろうからね。」
「大丈夫なんでしょうかぁ?」
「大丈夫だよ。ショースケを信じているんだろう?」
「はいぃ!」
「そのうち目を覚ますから、それまでしっかり……看病するんだ、よ……。」
そう言うと同時に、エリナもその場に崩れ落ちてしまう。
「エリナ様っ!?」
「……大丈夫。エリナ様も気を失っただけだわ。」
「ふぅ、それなら良かったわ。」
「あぁ……でもよぉ、人間離れしたような戦いをあんだけ繰り広げていたっていうのに、ギルドマスター以外は大した怪我をしていないなんて、どんだけなんだよ……。」
「そうね。これだけ、体力、生命力、そして精神力は消耗しているっていうのに、骨折もしていないなんてね……。」
「ほらほら! 雑談なんかしてないで、3人に蘇生魔法を掛けるのよ! 急いでっ!」
治療班のメンバーの言う通り、大怪我をしたのはカールマンのみで。エリナもショースケも外傷は大した事はなかった。しかし、力という力を使い果たし、3人共気を失ってしまうという結末で、[死の特訓]は終わりを告げた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
書き上げるのがギリギリになってしまいましたが、予定通りに更新できました。
次の更新予定は、8月21日になります。




