22話 TODO:時間の事を考えてみる
異世界側で濃い4日間を過ごした後、いつもの通りナイスの宿で寝ていると、ふと尿意をもよおしたので、隣で寝ているユーリを起こさないように静かにトイレへ向かう。
「ふあぁ……うぅ、トイレ、トイレ。」
(そういえば、今まで普通にトイレ使ってたけど、この世界のトイレの技術が半端ないんだよなぁ。
下水道とかのインフラが整備されてるわけじゃ無いもんだから、汲み取り式のトイレだと思って、始めは重苦しい気持ちでトイレに向かったけど、これがまた、臭くないし、汚くないし……むしろ、地球のトイレの方が汚いんじゃないかって感じて、凄ぇビックリしたよなぁー。)
ショースケの思う通り、ジュエル・ワールドのトイレはかなり進んだ技術が使われているのだ。
地球の様式の水洗便器と同様の作りとなっており、便器の底には水が溜まっている状態となっている。そして、便器に備えられているスイッチを押すと、魔石の力によって水を循環させて、タンク内に尿と便、便紙を流し込み、タンク内の魔石によって、不純物を分解して水を消毒しているという、余計な水も使わないし、下水が必要ないという物になっている。
「後は、シャワートイレが付いてれば完璧なんだけど……まぁ、しょうがないか。」
そう言ってトイレの扉を開くと、そこはナイスの宿のトイレでは無く、地球の方の寝室だった。
「あー、今日で週末が終了って事か。やっぱ、いつ戻るのかが分からないってのは、不安だな。何とか、制限時間とかが分かる物が欲しいよなぁー。
……じゃない。今は、トイレトイレ!」
~ ~ ~ ~ ~
「……うぅー、よく寝た。久々の家のベッドも良いもんだなぁ。
って、今何時だ…………やべっ!? 8時じゃんっ!! 遅刻……って、俺もう会社辞めたんだった。」
正式には有給休暇消化期間であり、退職の日付は今月末となっているので、会社自体は辞めた状態ではなかった。
「あっち行くまで、何してよっかなー……よし、朝飯食ったら会社近くのビルに行ってみるか。確か、ジェネラルストアルームがあったのあそこだったよな。
……もっと近くにあれば良いのに。いや、いっその事引っ越すか?」
朝食にアッサリ食べれるように、水菜とプチトマトとツナのサラダパスタの用意をしながら独り言つ。
彰介の料理の腕は結構なものだった。厨房のバイトだったり、施設の子供達に振舞うのに一時期凝った時期もあって、和洋中と色々とこなしていた。
(それにしても、SEの仕事初めてから、独り言が多くなったよなぁ。俺の回りも、「バグが…」とか、「このエラーが…」とかブツブツ言ってる奴等ばっかりだったけど、職業病なのかなぁ?)
そんな事を思いながらも用意が出来たので、朝食を食べる。その後、ジェネラルストアルームへ向かうべく、私服に着替えた。
「ほんじゃ飯も食ったし、会社近辺まで行って見ますかぁ。」
そう独りごち、エレベーターで1階に降りてエレベーターホールに出ると、突き当たりに見慣れない扉があるのに気付いた。
「あれ? あんな扉あったっけか? ……ん? いや、ちょっと待てよ。この展開は前にもあったなぁ。」
彰介の言う通りで、見慣れない扉は淡い光を放っている扉だった。
同じ展開だろうと高を括った彰介は、意を決してその扉を開くのだった。
「いらっしゃいませ。お久しぶりでございます、彰介様。」
「……あー、やっぱりね。」
「おや、どうかされましたか?」
「どうもお久しぶりです、キツネさん。いやね、引っ越しでもしたのかなー? と思って。」
「引っ越しですか? ……あぁ、その事でございますか。これは、このルームの場所を引っ越した、というわけではございません。ルームと世界を繋ぐ事ができる時間、場所は一定では無いので、どこに入り口が出来るのか、というのは定められないのでございます。」
「へぇー、そうなんですか……じゃあ、ある日突然、俺の部屋に扉が現れるっていう事も?」
「ありえない話ではございませんね。」
(目が覚めたら、目の前に異次元への扉が現れたとか、ホラーみたいだわぁー。)
「ところで、今日はどのようなご用事でございますか?」
「あ、あぁ、そうだった。また、商品を見せてほしいんだけど……。」
「畏まりました。」
キツネはそう言い、指を「パチン」と鳴らすと、どこからともなく商品が陳列されたガラスケースが現れた。
(相変わらずこの商品が出てくる瞬間って、凄い迫力だよなぁ……。
まぁとりあえず、目的の時計みたいな物があるか、見てみるとしますか……。)
そう心で思いつつ、彰介はガラスケースの中の商品を見ていった。
しかし、ケースの中には、実際の商品と商品名だけが陳列されているので、目的の物が存在する事すら判別できなかった。
「……ところで、キツネさん。ジュエル・ワールドから、こっちの世界に戻るまでの残り時間が分かる腕時計なんて……あるわけないですよね?」
「あるよ!」
「ちょっ!?」
(これってアレだよな? いや間違いなく検察官のドラマのアレだよね? ある事にもビックリしたけど、こっちの世界のドラマ市場についてまで完璧に捉えてる事のほうが、ビックリしたわ。)
「……あのー、今のも神様からの入れ知恵ですか?」
「いえ、私が好きで見ていたドラマがありましてね。いやぁ、あの検察役の主役も格好良いのですが、何よりもあのバーのマスターが素晴らしい!
あのマスターの、あの台詞聞きたさに毎週見ていた位でございます。
あ、先程のは、ご存じかと思いますが、そちらから拝借致しました。」
「キツネさん、ドラマ見てるんだ……。」
「はい。今季のドラマも面白そうなものがあれば良いのですが……。」
(それにしても、神様っていうのは随分と庶民的だな。こっちの世界のゲームやドラマに詳しいなんて…………暇なんだろうか?)
「暇という訳ではございませんよ? 世間一般の常識や流行について勉強しているのでございます。」
「あ、そうですか……って、サラッと心を読まないでくださいよっ!」
「いやいや失礼致しました、悪ふざけが過ぎたようですな。彰介様がお探しの物でしたら…………こちらになります。」
そう言ってショーケースから取り出したのは、こぶし大よりも一回り小さい程度の大きさの水晶玉のような物だった。
「こちらの珠が、彰介様がお求めになっている時計になります。
こちらは、デジタル式になっておりまして、表示を切り替える事ができます。切り替えて表示される内容は、地球の一日の時間、ジュエル・ワールドの一日の時間、地球への帰還までの時間、当ルームへ繋がる扉の予測日時と場所、そしてカップラーメンタイマーの5種類でございます。」
(うん、求めている物ではあるし、他にも凄い機能が付いていると思う……んだけど、きっと最後の機能については、突っ込んだら負け、突っ込んだら負けなんだ。ただの嫌がらせなんだよ、きっと。)
「なお、最後の機能につきましては、主神様がどうしても、と言われて追加した機能になります。」
「やっぱ神様かいっ!!」
流石に我慢できずに、突っ込んでしまった彰介だった。
「……あー、結局突っ込んじゃったよ。ちなみに、これって凄い品物だと思うんですけど、流石に持って歩くには、キツイ大きさかと思うんですが……。」
「その点については、ご心配いりません。この時計は、異次元収納バングルに取り付ける事ができるようになっております。
このように、バングルについている魔石を外して、変わりに、この時計を取り付けられるのです。」
「あれ? でも、魔石を取り外したら異次元収納は出来ないんじゃないんですか?」
「そこは問題ございません。この時計にも同様の機能が付与されておりますので、今まで通り異次元収納も可能でございます。」
「おぉー、それは凄い! これは幾らになりますか?」
「こちらは、50万円になります。」
(まぁ、それだけこっちが欲しがる機能が集まってるから、値段が張るのは仕方がないか……カップラーメンタイマーは別として。)
「じゃ、預金からでお願いします。」
「畏まりました。お買い上げありがとうございます。」
そう言って、キツネは彰介の異次元収納バングルに付いている魔石を取り外し、魔石型の時計を取り付けた。
「ところで、切り替え方はどうすれば良いんですか?」
「表示の切り替え方は、時計に手を触れていただき、「切り替え」と念じていただければ切り替わるようになっております。」
「分かりました。」
彰介は、試しに何回か表示の切り替えを行ってみた。
地球への帰還時間の表示も確認してみたが、現在は0秒で固定されていた。
「うん、こいつは良いや……さてと。それじゃ、目的の物も買えたんで、今日はこれで帰りますね。」
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております。」
キツネに見送られながら、彰介は扉を出た。
エレベーターホールに戻ってきたのを確認し、ふと振り返ると扉は無くなっていた。
「ふぅん、場所が移動するっていうのは、こういう事なのかな? いやぁ、それにしても良い買い物をしたもんだなぁ……あっ!? そういえば、ユーリのステータスを確認しておくの忘れてた。
あっちに戻ったら、直ぐに確認しよう……忘れてたとか言ったら、拗ねるだろうから、何か言い訳考えとかないと、な。」
こうして彰介の散歩は、数駅離れた場所まで向かう筈だったのだが、自宅のマンションを出ることなく終わりを告げたのだった。
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