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少年はヒイラギくんと言った。ほっとくとアレやコレや話しだしそうだったので、慌ててネットの怖さを教えとく。
一応、道具袋から余っていた胸あてをプレゼントしておいた。
彼は歩きながら、それを装備しようと奮闘中だ。
ギルドに入ると、中にプレイヤーはいなかった。まぁチュートリアルの場所だからな。本来そういうものなのかもしれない。
部屋を見渡していると、カウンターのトラ娘に挨拶された。
「いらっしゃーい! 探索ギルドだよー」
「2人一緒にチュートリアルって大丈夫?」
「問題なーい。仲いいねー、君たち!」
デコと、ボコだ! とNPCに笑われる。少年は、NPCの出来に感動しているのか、頬を真っ赤にして見とれている。
「かわいいー」
思春期か!
「えへへー。ありがとー」
「クロカゼさん、彼女ってノンプレイヤーなんですよね?」
「うん。NPC。触ると怒られるからね」
トラ娘は褒めてもらって嬉しいのか、照れながら奥へ下がっていった。
そして次出てきたのは――ボアッサ!!?
いや違う、ハゲッサじゃない! 髪の毛があるぞ!
思わず検索していた。
汚い名前のわりに、良心的らしいという情報に安心して、ゲームに戻る。
「俺はガネドロ。よろしくな二人とも」
「よろしく」
「よろしくお願いしますー」
「お、その胸あてつけているってことは、兄貴にもあったのか?」
ヒイラギくんは首を振る。俺は視線を逸らした。話したくもない。
「ま、まぁいろいろあるよな。さて、ではまず、クエストの受注方法を学んでもらおうか」
「おおー」
なるほど。クエストって探索ギルドで受けるのか。じゃあなんで誰もいないのだろうと疑問に思うが、ひとまず置いておく。
「こっちの壁に、クエスト用紙が貼ってあるだろ。お前たちは、その紙を取って、そこのお嬢ちゃんに話しかけるんだ」
「あたしのことねー」
壁に貼られたクエストは1件。『緑の実3つ納品』と書かれていた。
まず俺がその紙をトラ娘に渡す。これでクエスト受注成功ということだろうか。次にヒイラギくんがトラ娘に話しかけ、同じクエストを一緒に受けた。
「よし、じゃ、俺についてきてくれ。街の外に出るぞー!」
俺とヒイラギくんでガネドロの後ろをついていく。噴水の前で街の構図をヒイラギくんに説明しておいた。
街道にでた彼は、すぐ草原に入っていく。モンスター出たらどうするんだろうと思っていたが、なかなか出てこない。
「ん? どうした?」
「いや、モンスター出てこないなーと思いまして」
「あぁ、俺はいまスキルで『そういう道』を歩いているんだ。戦闘がしたければ、まずは戦闘ギルドに行くといい」
罠だよ! 初心者しか引っかからないとは言っても、チュートリアルでやるのは性格が悪いよ。
「どんなスキルなんですか?」
「〈上位探索〉ってスキルでな。会得条件は言えないが、モンスターの位置、マップの把握がわかりやすくなる」
方向音痴には意味ないけどなー、とガハハハ笑うガネドロ。森で散々迷った俺には、方向音痴の可能性はあるので、まったく笑えなかった。
「さて、あそこだ」
街を出て5分も歩かないうちに、林についた。
「俺は中には入らない。2人で木の実を拾ってくるんだ」
俺とヒイラギくんは頷いて、林の中に入る。
クエストは『緑の実』の納品だが、一応赤や青の実も拾っておく。3つ拾ったところで表示が現れた。
「お、スキルゲット」
『〈採取〉を会得しました』
特殊スキルの欄を見る。まぁ、そのままですよね。
――あ!
「ゴメン、ヒイラギくん、ちょっと採ってて!」
「え、はーい」
ヒイラギくんが林の奥に入っていく。
俺は道具袋から、手のひらサイズの本を取り出す。噂のアイテム図鑑だ。パララとページを開いて、手に持っている赤い実と、ページの赤い実の画像を見比べる。
『〈鑑定〉を会得しました。〈初級鑑定士〉のライセンスを取得しました』
5種類ほど見比べたところで、やっとその表示が出る。
〈鑑定〉スキルは、生意気にも補助スキルだった。なぜだろうと思考入力で〈鑑定〉を念じる。
「うおっ!!?」
周囲が文字で覆われた。盾の名前から林で採取可能な木々の一本まで、しっかりと文字が書かれている。なるほど、これはつらい。
〈?????〉という表示が多いのは、たぶんアイテム図鑑と見比べていないからだ。だが、このアイテム図鑑の厚さを計算しても、あと30種類ほどしか載っていないように思える。どれほど初級なんだよ……。
右手の中にスッポリ埋まっている赤い実は
『木の実〈赤い実〉品質1』
と書かれている。リンゴでいいじゃないか。
左腕のラージシールドは
『盾〈??????〉品質15』
だった。
ちなみに、大きな怪物を引き連れて戻ってきたヒイラギくんの胸あての品質は16で、そう考えるとこのラージシールド、すぐぶっ壊れるんじゃないですかね?
「ってふざけるなよお前!!!」
「ごめんなさいー!!!」
クロカゼの二倍はある、大きな猪だ。俺の脇をすり抜けていくヒイラギくんを確認して、ラージシールドを構える。シールドに、スキルを武器付与していなかったのは痛恨だった。
〈盾カウンター〉は捨てて、〈被衝撃軽減Lv2〉のみに集中する。
ドンっ!! と衝撃が身体を貫く。
盾を弾かれ、俺は吹き飛ばされていた。現実であれば意識を失うだろうが、そこは努めて冷静に〈クライミング〉で木々に捕まる。いかん。相手強いよ。
ここって森フィールドじゃないよな……。
「ガネドロのところまで走れ!」
幸いパーティーは組んでいない。彼が周囲から居なくなれば、〈猪突猛進〉が自動発動する。ライセンス〈孤高の人〉で、その効果も上がっているはずだ。
大きな猪はターゲットを俺に絞ったのか、木の周りをグルグルと回り始めた。ふふん、そのスピードとこの木の位置なら計算式であっという間に距離が測れるほど頭の回転はよろしくないので、目測で飛び降りる。
〈アクティベーション〉〈深呼吸〉〈スタンアタック〉!!
思考入力しながら、猪の頭目掛けて飛び降りる。
左手の盾を大きく振るう。あ、遠い――。
一見当たらなかったのに、左腕には衝撃。ヤツのスピードとの相対により、その衝撃は想像を絶した。ゴロゴロと林をぶち破りながら、俺は転がっていく。くそっ衝撃で〈麻痺〉った! いや、〈気絶〉なのか?
〈クロカゼ伍長〉の身体が動かない。体力バーや異常の表示がないので不便極まりない。まぁキルでもおかしくない威力だものな。〈鷲の目〉で猪の様子を見る。
「ぷぎゃあああおおおおお!!!」
しっかり手負いになっていた。口からよだれをビチャビチャと垂らしながら、立てもせずに暴れている。〈スタン〉しているかはわからないが、好機なら、そこに横たわっているんだ。
盾にスキルを付与していなかったのは、失策だった。失敗だった。だが、得たものもあった。スキルの認識を改める必要がありそうだ。それだけわかっただけで、お前と戦えて良かったよ。
盾を外しながら、俺はヨロヨロと歩き出す。
「くっふっふっふ!!」
ガクガクと震える膝にしては、意識はしっかりしている。まぁ俺の肉体にダメージがあったわけじゃないので当たり前だな。
そう、それさえ意識していれば、多大なダメージからの復帰も可能だ! ウォーターベアーたちとの戦いは、こんなもんじゃなかったぞ猪!!!
グローブをギュッと握り締め、暴れ猪の無防備な腹を見据える。
(〈アクティベーション〉)
俺は思い切り息を吸った。
グローブに付与させている〈無手威力Lv35〉。俺が出来うる、最高の攻撃を見せてやろう。
「〈鉄拳〉!! 〈ラッシュ〉!!! 〈一点突破〉ァァァアアアア!!!」
キラキラと、林を流れるエフェクト……。美しいな……。
木漏れ日に照らされながら、俺はそんなことを考えていた。
「クロカゼさーん!!! ガネドロさん連れてきま――ええ!!?」
ガネドロの手を引くヒイラギ少年の目には、リュックとパンツだけ身につけた、筋肉お化けが写っていたという。
『探索ギルドでは、ボアッサに似たガネドロというNPCにお世話になる。汚い名前の割に、ずいぶんと良心的なキャラクターだ。街を出てすぐの林で、木の実を納品するクエストのみに同行するNPCである。林の奥で寝ているバーサークボアを起こしてしまったプレイヤーがいた場合、3分逃げ切るか、林から出ると颯爽と登場。「やんちゃなルーキーだぜ」と言いながら、バーサークボアを一刀両断してくれるのだ。なにより良心的なのは、それに感動したプレイヤーに戦闘ギルドではなく、歩行ギルドに行くように進めることである。「俺は兄貴の足元にも及ばないんだ。上には上がいる。いいか、まずは逃げたっていいんだよ。大丈夫、お前なら、きっと強くなれる。ゆっくりと、な!」。ちなみにバーサークボアはこのクエスト限定のユニークモンスターだが、ドロップアイテムはない』
そんな情報を見ながら、卵が無事で本当によかったと思った。
「あれ倒しちまったのか! すげぇな兄ちゃん!」
周囲の視線を気にしながら探索ギルドに戻った我々に、トラ娘はそう言う。いいから服買いに行かせてくれよ。
まぁあのツナギも、ウォーターベアーとの戦いで耐久値ギリギリだったんだろうなー。ところどころホツれていたし。
「それより、納品させてよ」
「あーはいはい、そんなクエストだったねー」
「あの、他にどんなクエストがあるんですか?」
と、疑問を口にするヒイラギくんを見ながら、心の中で舌打ちしていた。話長くなるから! 誰かきたらどうするのさ!
「クエストは、今日はもうないんだよー。朝早くに5人のパーティーに全部納品されちゃって。夜7時になったら、受注可能クエストが追加されるから、それまで待っててもらえるかな?」
はい! とヒイラギくんは笑う。まさに好少年である。トラ娘のネコミミと同じ動きをするミミが、すこぶる可愛い。ごめんね舌打ちして。ごめんねウチの家族と友だちが。
6つの木の実を渡して、俺は服屋に向かうことにした。
視線は気にしないことにした。
「ヒイラギくんは? 服屋の近くに作成ギルドもあるけど」
「あ、じゃあ行ってみます!」
「了解。じゃ、これでお別れだねー」
名残惜しそうに、服屋の前で手を振るヒイラギ少年。一応フレンド申請はしておいたが、ちゃんと登録してあるだろうか。
確認して、もし名前がなかったら嫌なので、俺はそのまま服屋に入った。
「いらっしゃーい! あら昨日の!」
「どうもー」
おばちゃんNPCは、二、三言交わすと奥に戻っていった。
「ごめんなさいねー。いま服ないのよー」
「……あー……なんにも?」
おばちゃんは頷く。相川さんがそんなこと言っていた気がする。
「その、もしかして5人家族が買い占めたとか?」
「5人? いいえ4人よ」
ログアウトして、一階に降りる。冷蔵庫からイカの塩辛を取り出して、弟を除いた家族の鼻の下に置いておいた。これで犯人は俺か弟になるだろう。ぬかりはない。
『セカンドライフ』をかぶり直し、フルダイブする。
「あんた、大丈夫かい?」
「ええ、大丈夫ですよ!」
時計を見ると16:30。自分で作るにしても、工房が使えるようになるまで、まだ時間があるな。プレイヤーの店はないかと尋ねると、2軒隣の店を紹介された。
店を出ると、ちょうどヒイラギくんを引き連れて歩くミクリが見えた。
二人に手を振ると、ミクリは汚らしいものでも見るかのように俺を見て、歩く速さを上げて逃げた。
お前本当にNPCだよな……?
ミクリの視線は置いておいても、周りからの視線は非常に気になる。女性プレイヤーにはこの筋肉の美しさが理解されないようで、あからさまに距離を取られている。
目の前の亭主も同様だ。
「大きいですねー。布がその分多くなるので、高くなりますがいいですか?」
「値段は?」
所持金ギリギリ払えない額を提示される。
さきほど拾った木の実も全部あげますから! と決死のポージングにより、どうにか交渉成功。
サイズはちょっと小さめだったが、裸よりはマシだと即購入させていただく。
白いTシャツとオーバーオール。どこぞの大食いな方を彷彿とさせる格好で、
〈クロカゼ伍長〉の旅は、こうして始まった――!!