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 NPCだからって、ふざけた対応するとダメなんですねー。

 警告モードになったミクリに、セクシャルハラスメントに抵触するだの、プレイヤーに対する礼儀がなっていないだの、散々怒られた。アパートの前なので、行き交うプレイヤーに笑われながらである。

 もう勘弁してください、と泣きそうになりながらミクリに言うと、彼女は通常モードに戻ってくれた……。もうやりません。


 ミクリというNPCの部屋も、実に簡素で好感を持てた。ただ、俺の部屋との違いは、俺の部屋では開かなかった、奥の扉が開くということだ。

 その中には、おおー工房じゃないですか! 〈制作〉は、自室で行えるのか。なんとありがたい。


「ここはまだ開放されてないと思うけど、一通り説明が終わったら購入できるようになるからね」

「あ、予約で」

「50000kで増築可能だよ。本当に購入する?」


 即答すると、彼女は誰かと通話しているようだ。NPCなのに、そこまでプレイヤー寄りのシステムで動いているのかと、ちょっと感動。


「OK! 増築完了したら通知が行くので、その時お金払えば開放されるよ」

「うっし!」


 思わず出たガッツポーズをNPCに笑われながら、彼女はチュートリアルを開始した。

 彼女は部屋に入ると、まず窓を開けた。なんの効果か、部屋が明るく照らされる。壁には、いろいろな器具がぶら下がっている。ヌイグルミもぶら下がっていた。


「まず、ここでは調合と、鉄、革、骨、宝石の加工が行える。加工には、それぞれオートモードと、マニュアルモードを選択できることを理解しておいて。鉄の加工をする場合、火炉かろに鉄を入れた段階で設定できる。毎回表示されるけど、それがいやならセットアップで変更してくれ。いま追加しておいたからな」


 セットアップを確認しようとする前に、ミクリは道具袋から、なにかの草と錠剤をとりだしていた。

 棚の中に置いてあったすり鉢を手に取り、すりこぎで混ぜ始める。瞬く間に液体になっていく緑色の液体を、今度は棚の空き瓶に注ぎ込む。


「はい、これが〈調合〉で作ったポーション。あげるよ」

「おお! ありがとう師匠!」

「へへっ、照れるね」

「でも道具袋ないから返すね」


 無言になったミクリは、棚の本を取り出して俺に見せる。そこには日本語で『ポーション=薬草+緑の薬』と書いてあった。いや、正確には『ポーション=ネタネタの実+青い薬』とも書いてある。面倒臭いシステムパターンやーと思いながら、渋い顔をしてしまう。


「ある程度はここに載っているから、あとで見ながら作ってみてねー。次は鉄の加工を説明するよ。奥の火炉。かまどと言ったほうが伝わりやすいけどね。あれは鉄の加工に使うものだ。そして脇にある鉄敷き。あの上に熱した鉄を置いて、叩く。その繰り返しになる。薄さも重さも自在だが、耐久値にも関わるので気をつけてくれよ」


 鉄の追加もできるようだ。薄くなっちゃったってときには、そうやってフォローするらしい。

 でも、ちょっと追いつけない。


「革の加工を説明する。これは人によって嫌がる人もいるからな、なめしの作業はマニュアルモードでも簡略化されている。こればかりは理解してほしいとしか言いようがないな。図面があれば、オートモードでは鋏や針を当てただけで加工が――」

「ちょっとまってー。それ、細かな説明聞きながら、いったんやりたいんだけどいいかな?」


 そういうと、彼女は決まりが悪そうに俯く。


「それはあたしにはできないんだ。ごめんね」


 その代わり、と彼女は壁にぶら下がっているヌイグルミを持った。大きさは、ミクリとほぼ同じサイズ。人形と考えれば、そこそこ大きいな。


「コレに説明を求めてくれ。もし、試しながら、ということであれば、あたしの仕事はここまでになっちゃうんだ」


 了解。さすがゲームだ。ヌイグルミから学ぶことがあるなんて、目からウロコが溢れそうです。

 自室にもあるのかと問うと、彼女は「あたしが作ったんだぞ!」と大きく頷いた。


「だけど、増築の完了予定時間は18:00だからね。時間が空いてしまうよ?」

「他のギルド行くから大丈夫」

「そうか、では最後にこれを受けってくれ」


 彼女は、自分の道具袋から鉄の塊を取り出した。


「本当は、説明の最後になにか作ってもらおうと思ったが、そのやる気なら大丈夫だ。お前はきっと、立派な職人になれるよ」


 ポンポンと二の腕を叩かれる。

 可愛いなーと抱きついたあと、しっかり警告モードのお説教タイムが入った。




 ミクリと別れて、次は歩行ギルドに向かった。

 時間を確認したが、まだ13:00だった。夕方までに全部回れそうだな。

 やはりカモシカのような脚がほしい。こんなムキムキの人間が〈跳躍力Lv7〉を駆使しながらフィールドを自由自在に動いているとか、はやる気持ちを抑えられない。


「おじゃましまー……す……」


 ズルズルと足を引きずりながら、俺の横をプレイヤーが抜けていく。

 明らかに異質だった。

 ギルドの中には5人のプレイヤーがいたが、どう見ても先行発売組です。今更なんの用なのだろうか。


「順番……守ってよ……」


 あぁ、これ並んでいるのか。

 不信に思いながらも、最後尾に並ぶ。

 俺を注意したのは、〈人間〉の女性プレイヤー。装備は立派だったが、その眼はとてつもなく暗い。森の巨木の空洞を思い出して、寒々しい気持ちに襲われる。

 後ろ姿しかわからないが、ほかのプレイヤーも、彼女と同じ眼をしていたような気がする。おそらく、精神耐久裏ワザがあるのだろう。でもいいや、俺はこんな目しない。フリじゃねぇ、スキルある程度覚えたら、〈探索〉か〈育成〉のスキルを習得しに行くんだ。


「次の三名さまどうぞー!」


 NPCの受付嬢が、前の三人をギルドの奥に案内する。それと入れ替わるように、三人のプレイヤーが出てきて、俺の後ろに並んだ。

 裏ワザだ! 精神が狂う感じの裏ワザだ!

 全員同じ眼だったもの。ギョロギョロとなにかを恐れる感じの眼だったもの!


 ネットを開いて、歩行ギルドを検索する。

 結果――裏技じゃないことはわかった。

 〈ダッシュ〉以外で、スタミナを消費することがない歩行ギルドでは、延々と〈ダッシュ〉〈跳躍〉を繰り返すことは当たり前のことらしい。チュートリアルで説明され、それ以外やらせてもらえない。〈ダッシュ〉に対するスタミナは使われるわけだし。


 彼らはいま『〈ダッシュ〉以外で、スタミナを消費することがない歩行ギルド』を利用して、攻撃スキルを使うことを夢見ているらしい。まぁ、運営側が一般発売に気を使って雇った、デバッグ隊の可能性も捨てきれない。だって夢を追う人間はこんな眼をしない! はずだ!

 

 俺、攻撃の巻き添え食らって死なないよな?


 不安な俺の心情を知ってか知らずか(知らないんだろうな)、楽しそうな声をあげるNPCに奥に誘導される。前の三人組とすれ違ったとき、ブツブツと場所とスキルを一個ずつ確認しているらしいつぶやきが聞こえた。

 たぶん、俺以外の8人はフレンドの通話で会話し続けているのだろう……。怖いよこのゲーム。

 一週間ほど〈クロカゼ伍長〉になりきろうとしたが、俺にはまだ早かったようだ。


 NPCが立ち止まる。白い部屋には柵があった。黄色い柵に黒のテープが巻いてある、そんな柵が3つ。



「お二人は一生懸命ですねー! 頑張ってくださいね!」


 NPCに促され、前の二人は俺を一瞥して進んでいく。舌打ちが聞こえた。俺がいると効率悪くなるのかな、なんかごめんなさい。

 不良と肩がぶつかっても億すことないこの俺が、本当に怖いと思った。コイツらいま人殺せまっせ。


「では説明致します! たったいま、あなたのスキル欄に〈ダッシュLv1〉が追加されました。〈ダッシュ〉はレベルが上がるごとにスピードも上がって行きます。〈ダッシュLv15〉になると、自動的に〈瞬足Lv1〉に変化します」


 特殊〈ダッシュLv1〉。ネットで見た欄を覚えている。走るスピードが上がっていくのだ。〈神速〉まで変化させるのが非常に楽しみである。


「〈ダッシュ〉のスキルはちょっと特殊で、音声入力、思考入力、武器付与できません。その代わり、あなたが、走ろうと思ったときにスタミナを消費して自動発動します」


 なにかわからないことありますか? と彼女は聞いたが、首を振って答える。

 

「〈ダッシュ〉し続ければ続けるほどスタミナを消費し続けていきます。スタミナは時間経過ですぐ回復するのでご安心を。でも、スタミナがゼロになるまで走ると、反動によってしばらく動けなくなります。お気をつけください。ちなみに〈ダッシュ〉のレベルがあがっていっても、スタミナの消費量は変わりません。しかし、スタミナの最大量を増加させることはできます! その方法は、私の口からは教えられません。まずは走ってみてくださいね! あ、たまにスキップしてみると、いいことありますよ!」


 ニカっと悪戯を思いついた子どものように笑うNPC。なんだろう、俺NPCのこと好きになっちゃうかも!


 父……ミドルゲーマー

 母……ぶっ壊れゲーマー

 姉……コアゲーマー

 弟……戦闘ゲーマー

 相川さん……ヘビーゲーマー

 キ○ト……露天商

 デバッグ隊……凶悪犯罪組織

 

 キ○ト、露天商とか馬鹿にして本当にすまなかった。お前にパーティー誘われたら断らないからな。

 しかしマトモなプレイヤーに出会ってない。これじゃあNPCに情を移してしまうものおかしくないよな……ちゃんと日本語通じるし。ただしボアッサ、てめーはダメだ。


「では、ゲート、オープン!」


 馬かっ! 

 ツッコミながら、走り出す。一歩目から、俺は感動していた。

 おおおおおおお!!!!?

 走っている。歩いているときにはまったく気にしていなかった、身体の重量や装備の重量がすごく気になる。すげぇ! うわっ、呼吸が、タイミングが、すげぇ、すげええええ!!!


 柵を越えて走っているが、天井の高い一本道だ。両隣の音も声も聞こえない。不安だったPKもなさそうだ。


「〈シールドバッシュ〉!」


 と叫んだはいいが、ターゲットがいないので不発動。まぁ、『ターゲットがいないので』ってわけじゃないかもしれないが、俺にはそこまでわからない。あの虚ろな冒険者たちに全てをまかせて、俺はゲームを楽しもうじゃないか!

 それにしても、なんとリアルなのだろう。走りながらスキル名叫んだだけなのに、さっきより疲れがましている。しかも、なんと長い一本道なのだろう。ゴールはおろか、先がどうなっているのかわからない。〈鷲の目〉を発動しても、それは変わらなかった。


 ちょっと休憩しよう。たぶん3分は走った……。

 空気を求めて呼吸が荒くなる。これ、現実の俺に影響ないんだろうな?

 呼吸が落ち着いてきたころ、〈ダッシュ〉のスキルを探しだす。おお、レベルアップしていた。気を良くして走りなおす。

 そういえば、と思い返す。〈跳躍力〉の会得条件である『スキップ』は進んで行う必要はないのだが、〈跳躍力〉自体はスタミナ消費しないんだよな。


 そこに気づくとは、俺はやはり天才。走る勢いそのままに、〈跳躍〉する。おお! たいしたことねぇ! いいや走ろう。あの犯罪者集団がいないときにでも来て、〈跳躍〉のレベルを上げにこようじゃないか。

 〈セントラルライセンス〉の周囲のほとんどを平原が占めている。であれば、逃げるにしても戦うにしても、走る速度は上げておいたほうが良いはずだ。

 ――と、なんか急激に視界が流れていく。なんだこれはっ、バグじゃないとすれば、俺の〈ダッシュ〉スキルが〈瞬足〉を越えて〈神速〉になったというのか! やった、いきなりチート級の速さを手に入れたぜ!! と勘違いした矢先、


「のわあっ!!」


 盛大にずっこけた。顔を上げると、ゲートが上がる前の、白い部屋に戻っていた。あー、なんだろう、亜空間から現実空間に戻る感じ、みたいな?

 本日二度目の顔真っ赤タイムを味わいながら、後続と入れ替わって外に出る。

 ちょろっと、さっきの成果を見直す。


 〈ダッシュLv12〉


 目的は果たせたようだ。また会おうデバッグ隊の皆様。次会うときには、忘れていてくれるとありがたいです。



 街の中じゃ〈ダッシュ〉で走ることはできないんだな、そう感心しながら、俺は育成ギルドの門を叩いた。


「いらっしゃいー。こちら育成ギルド――ってあらあらー、大きい兄ちゃんがきたねー」


 ギルドの中には、何人かのプレイヤーが談笑していた。

ボッチだからって悔しくないけどね。俺誰もしらないイベント体験したし。そのうちフレレンドわんさかになるし。

 でも、足元で戯れる犬みたいな猫みたいな奴ら可愛いな。モンスター?


「こんにちはー。スキルをいただきにきましたー」


「あぁハイハイ。ちょっと待っててねー」


 NPCがカウンターの奥に行くのは、見慣れた光景だ。

 たが、戻ってきたおばちゃんが抱えてきた物を見て、ここが育成ギルドだと再認識する。


 大きめの白い殻の卵だ。今朝草原で見たスライムくらいはあるだろう。

 その卵と、卵をスッポリはめられそうなリュックを受け取る。これは、育てるのか?


「はい! あと、スキル欄確認してねー」


 〈孵化〉……モンスターの卵を孵化させることができる。

 〈調理Lv1〉……食材を調理できる。高レベルほどレパートリーが増える。


 あ、悪意を感じる。なぜこのタイミングで〈調理〉会得しちゃったの! このゆで卵が美味しそうに見えてきた。あとでおやつにあとでおやつを食べよう。


「調理したかったら、部屋を増築しないといけないよー」

「予算は?」


 いや、別にこの卵を調理したいわけじゃないんだよ、そこのプレイヤー諸君。動物愛護精神には恐れ入ったが、純粋に金額が気になっただけだ。そんな目で見ないでくれ!


「50000kだねー。増築するかい?」

「No。キャンセル」


 さっき工房作ってしまったので、手元の資金は実質25000kだ。3時間近く森にこもって75000kである。なにか、短期間で稼げるクエストとかあるだろうか。


「またここにくれば、増築の相談できるの?」

「えぇ。いつでもいらっしゃい。スキルの説明はいるかい?」

「えっと、これはいつごろ孵化するの?」


 卵をコンコンとノックして、説明を求める。


「温め方次第かねぇ。基本的に丸三日分、合計72時間肌身で温めると孵化するよ。でも、ずっと抱えることで、それより早く孵化させることができるねぇ」


 そうか。それが俺の道なのだな。

 こうして、自称ライセンス〈エッグファイター〉が誕生した。




お気に入りに登録してくださって、ほんとうにありがとうございます

頑張って継続させますので、至らない事あれはいつでもどうぞ!

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