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ダイヤの板を退かすと、そこには両手剣が刺さっていた。
菱形の板を退かすと、そこには真紅の槍が刺さっていた。
木材を退かすと、そこには可愛い女の子が刺さっていた。
もうなんでもいいからさ! このコンパネ以外のアイテムないの? ないな! こんなのでなに作るの? 木の盾? だせぇよ。竹アーマー+2かよ。こんなイベント作るなよ!
おかしいと思ったんだよね。巨木の葉も枝も、切り離したら消えていったというのに、この板はわざわざ落下音を轟かせて、「ここになにかあるんですよー」アピールしていたのだから。確かめに行くのが人の心情ってもんですよ。
しかも、これどうやって出るんだろう、と板を背に抱えウロウロしていたら、内部に魔法陣みたいなのが現れ、そこから溢れ出る光に視界を塞がれる。
光が収まるころには、物々しい扉があった。
帰れってことかよ!
その板もって帰れってことかよ!
これ以上のイベントはなさそうだ。え、ないのかな? 外出たら、どこに繋がっているんですかね? 自分こんな板もって、森を抜けられる自信ないんですけど……。
器用にバランスをとって、片手で扉を開ける。
おお……ボロアパートだよ。ワープしちゃったよ。まぁ、無事に帰って来れたし……いいか。
ベッドに板を放り投げ、森と直通になっているドアを見る。
イライラしていたので、叩きつけるようにドアを閉める。
開け直し、街の喧騒を肌で感じる。
もう一度閉めて……もう一度そーっと開けると、街に戻ってきた。
イベント終了しちゃったよ!!
激レアアイテムゲットだよ!
あー……ログアウトしよー。
時計は12時ちょっと前だった……。
一階が騒がしいので様子を見に行くと、家族はそろって昼飯を食べていた。
「姉ちゃん!? おかえり!」
まったくもって嬉しくないが、いつ帰ってきたのか、そうめんを食べる姉に驚いた。そして、すでに食い終わりかけているのに、長男に声をかけない家族にも驚いた。
「ただいまー。大学休みだからねー」
ゲームしに帰ってきたんですね。知ってます。β版では夏休み中ログインして、栄養失調で病院行きましたからね。うん、このほうが安全です。
「え、父さんと母さん、本当に仕事は?」
「休んだって。お父さんも。夏休み中にあんたたち仕上げないとね! 風太も受験生だし」
ええー、ええー?
あんた受験したことないの? 高校最後の夏休みが、どれだけ大切か習わなかった? 会社を休むリスク習わなかった?
「でも、風太はまだまだだな。とりあえず雪緒の装備を一式揃えておかないと」
「違うでしょ父さん! まずはライセンスを揃えて、楽しませてやらないと」
「えー、俺戦いたーい」
「雪緒危なかったもんねー。最初から戦闘ギルド行きそうになったり」
「馬鹿だー! あれは子どもしか引っかからないよ。どんなゲームでも、移動強化が基本!」
あはははーと笑う家族に殺意を覚える。すげぇ、ゲームってこんなに人を蹴落としたくなるんだ。
どうしようかな、さっきのイベントのこと、コイツらに聞いていいのかな。なんのアイテムかわからないが、俺で独り占めしておいたほうが、彼らの悔しがる表情を見られる確率が高いのでは、とゲスなことを考える。
「あたしたち、ご飯食べたらパーティー組んでダンジョン潜るけど、風太も行く?」
姉に言われて首をかしげる。ダンジョン? え、雪緒も一緒に? お前ら俺が熊と戦っている間にどれほど進めたの?
「ま、まだいいよ。午後も勉強するし」
「そっかー。じゃ、またフィリップ誘って行こうねー」
家族ぐるみでお付き合いしちゃってます。
「あんた本当に相川ちゃんと付き合ってないんでしょうね?」
「付き合ってないどころか、まさかそんなに仲がいいとは知らなかったよ」
相川さんと俺の両親は、一ヶ月前の先行発売からの付き合いだ。今回で人数が増えても、仲がいいことには変わりがないようで安心――しねぇよ、相川、お前絶対順位落とすからな。
そうめんの最後の一口を父がすすったことを確認して、炊飯ジャーの開閉ボタンを押す。ねぇのかよ! 冷凍庫の中の冷凍チャーハンを取り出す。
「あ、それお母さんのだよ! 夜食なんだから!」
「引きこもるき満々ですね! 道理で最近アイスの範囲が狭くなってきたと……」
夏休みに向けての準備だったんですねー。冷凍食品が大量です。本日二度目の米炊きをして、食パンを加えて二階に戻る。
「ねーちゃん、あとで勉強……」
姉はリラックスソファーでフルダイブしていた。うーへいへーい! どこからケーブル引っ張っているのだろうと覗き見ると、床にノートPCが置いてあった。うーへいへーい!
家族がゾロゾロと定位置に戻っていく。俺が食器洗い機ですねわかりました。
テーブルを片付け二階に戻る頃には、父の
「ふぁんあーおー」
と不安になる声が響いていた。
7月28日(月)
カレンダーに×印をつける。
俺が通う塾は、高校2年の夏期講習が早めにくるので、3年は8月に入ってからになる。8月4日から4日間、俺は勉強漬けになるだろう。望むところだ。
だが、いまから約一週間、俺は受験生を辞めよう。
「――フルダイブ」
俺は今から、〈クロカゼ伍長〉だ。
ボロアパートの一室で俺は考えていた。
尻の下に敷かれる木の板。これがナニかということである。
普通に考えれば武具の素材。サイズ的に考えて、3つか4つか、それくらいにはなるだろう。その場合、たぶんNPCの合成屋では作れない。この素材は、ネットにも載っていない素材だからだ。いや、まぁ正確には、この木材の名前がわからないんだけどさ。
『セカンドライフ』のメモ機能を起動させる。
手元に、ホログラムでできた擬似メモ帳と、擬似ペンが生成される。そこに、この素材を弄れる、前提スキルを、思い描ける限り書き出していく。
まず、この木材がなんであるかの〈鑑定〉スキル。そして木材を〈加工〉するスキル。鋼鉄系でも加工するだろうから〈鍛冶〉も持っていなければならない。〈装飾〉で見た目整えちゃったりしてさ!
エヘヘ、一週間で最強装備できるかなー!
無理だよ! いま上げたスキルは、全体的に存在する。だが、それぞれ〈上位鍛冶〉〈上位鑑定〉など、ランクアップが存在していて、そのランクアップにはライセンスが関わってくるらしい。
一ヶ月コースだよ! 人生捨てちゃうよ!
「フィリップもログイン中かー」
でも相川さんに言えば、この巨木の板の情報は母親に伝わるだろう。ネットにこの板の存在が載せられるのも嫌だが、これを俺が持っているということが母に伝わり、あれやこれやと持っていかれるのだけは無理だ! キ○トにあげるほうがよっぽどマシである。
となれば、生産職のプレイヤーをフレンドにするかー。しかも口が固い方。難かしい話ですな。
正直、他の森にも行きたいのだが、スキルとライセンスがなければ、ウォーターベアーにもキルされる弱さだ。次の街で受けられるクエストなどないだろうな。
腰に道具袋をつけっぱなしだったことを思い出し、中身を全て板の上にぶちまける。
モンスター核が多くてありがたい。これは素材になることはなく、ただの換金アイテムとのことだ。〈鑑定〉スキルがあれば、どの核がどのモンスターのだとわかるらしいが、まぁNPCだからボッタくたれることはないだろう。
その他にも牙や爪や毛皮があるが、それは装備品にも使えるらしいので、売るのは保留。あと気になるのは――
木の板に、半分ほど埋まっている赤い核。
ん?
ちょ、え、ちょ……え?
「おおおおおおい!」
慌てて赤い核を掴むが、まったく動かない。なにこれ、これが強化方法? これで正解なの? でもちょっと待って! なんか感動がないから! 感動がっ! ないから!!
よっこいしょー! よっこいしょー!――
写真を何枚か撮って、俺は赤い核が飲み込まれていく様を、悲しそうに眺めることにした。
しばらく放置するが、飲み込まれてなにかが起こるわけじゃないようだ。
なんだろーな。なかったなー感動。
残りの核を一つの袋に入れて、作成ギルドへ向かう。
20分くらいかけて飲み込まれた赤い核を見ながら、俺は呆然としていたわけじゃない。
店とギルドの位置は頭に入れているのだ。換金所は作成ギルドの道すがらだ。あと、腰の鞘は捨てていく。ネットで見る限り、本当にただのゴミだったからだ。一応鈍器扱いはされているものの、スキルが成長するわけではなく、武器付与もできない。
オマイラはなんでも試すんだなぁー。レア素材は俺のだけど。
噴水の前をぐるっと回って、作成ギルドの一本道に入る。と、すぐ見つけた。しかも賑わっているようだ。
〈エルフ〉が多いな。額に宝石がついているめちゃくちゃ美人もいたが、一人称がボクだったので、男だなと切り捨てる。くっそー、美男美女が多すぎて、俺がめちゃくちゃ浮いているじゃないか。みんな綺麗な装備で身なりを整えているというのに、自分はカーキ色のツナギ服だ。金持ちになってやる!
3つある窓口の一つに、ようやっと呼ばれた。まぁ俺としては、もう少し観察していても良かったのだが。とくにあの紫色のリザードマン。両目に大きな傷があり、とてもカッコイイ……。
NPCのお姉さんに、道具袋ごとモンスターの核を手渡す。
「全部換金でお願いしますー」「「「あ」」」
「はい、かしこまりました」
ん、なんだいまの「「「あ」」」って。周りを見渡すと、不憫そうな瞳で見られている、2m超えのムキマッチョ。
その視線の理由はすぐにわかった。
「全部で75428ケニーになります」
〈k〉って〈ケニー〉か、ははっ。道具袋まで換金しやがった、ははっ。
顔を真っ赤にしながら換金所を出る。まぁ初心者はよくやることらしい。本来は、ここで戦闘ギルドに顔を出して、もう一度装備一式と、道具袋を貰い直さなければならないようだが、予備があと5つあるのでどうでもいい。
そして、所持金が大幅に増えたな。約七万五千円。『森の罠』にハマった初心者のアイテムまで換金したのだ、そこそこ稼いでいるようだ。金額を聞いたときの、両隣の視線には、優越感がウハウハと笑っていました。
金は手にした瞬間消えてなくなる。キルされるまで、この所持金が盗まれることはない。そのことにちょっと安心する。
公式の銀行と、プレイヤーが作った銀行もあるらしい。ゲームの中まで仕事するとは恐れ入ったが、まぁそれも楽しみの一つなのだろう。俺も「倍返しだ」「じゃあ俺も倍返しだ」と和気あいあいらしい。混ざりに行きたい。しかし自由度の高さは毎度驚かされるな。
「おじゃましまーす」
制作ギルドの門を叩く。戦闘ギルドには誰もいなかったというのに、こっちのギルドは賑わっているじゃないか。
何人かのプレイヤーとあたり障りない挨拶をしているところに、NPCの女性が話しかけてきた。
「いらっしゃいませ。どのようなご要件でしょうか?」
「えーっと、チュートリアルお願いします」
「かしこまりました。少々お待ちください」
次もハゲッサだったら殴り倒すことは心に決めていたが、出てきたのは女性NPCだった。ショートカットの小さいお嬢さん。たぶん〈ドワーフ〉だ。力が強くて、制作スキルも上がりやすい種族らしい。
だが小さいので、キャラメイクの選択肢からは最初からなかった。
「よろしく。あたしはミクリ。あはははーおっきいねーアンタ。着いてきてー」
ケラケラと笑う彼女に、素直に付いていく。腰くらいの大きさの、見た目は幼女に付いていくムキムキのお兄さん。
ゲームで良かった。NPCで良かった。現実世界でこんな光景見たら、温厚な俺ですら通報すること間違いない。
と、案内されたのは例のアパートだった。NPCも部屋を持っているのか……まさかっ、でも、え、いや、俺まだ高校生だし、その、これアバターだし!
「ここがあたしの部屋」
「いやー、あのねー、お兄さんちょっと、その、いやー」
「ドアは一つだけど、開ける人ごとに部屋が設定されているんだ。あたしの部屋には招待がないと入れないの」
「あの、でも、その、誘われるとか始めてで、あ、でも、このゲームってそういうのできるのかな? あは、あははははは」
「聞いてもらえるかな?」
怒られました。
お気に入りがっ!評価がっ!
ありがとうございます!
でも、あの、ストックが……。書きながらupします(´・ω・`)
誤字脱字、重言あったら教えてください!