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運営が敵に回ったらリュックの動画をネットで公開する。
とんでもなく単純で、運営相手には驚くほど有効な策だと思ったわけだが……。
「でもさ、リュックがNPCだってどうやって伝えるの?」
というクーの一声により、俺たちは頭を抱えてしまった。
傍から見たリュックは、NPCを模してアバターを作成したサブアカウントだ。中に人などいない! などと言っても、それが伝わるとは思えない。
だが裏を返せば、それさえクリアしてしまえばリュックの異常性は確実に伝わる。そうすれば、どうなる?
「あ、ダメか……」
「え!? 考えてくださいよ!」
ヒイラギくんに、珍しく食って掛かられた。どうでもいいけど立ちっぱなしってなんか疲れるな。精神的に。
「違う違う。あのね、もしリュックがNPCだとわかったとしてさ、キミら、そんなゲームやりたい?」
母親が運営側だから、そんなことを思ってしまったわけだが、これは非常に重要だ。彼女を見世物にするには十分な効果があるだろうが、反対に、映像を脳みそで見ているゲームだ。不安に思う人は必ず出てくる。
「俺も映像を撮るってのは良い意見だと思うよ? だけど、それでドラゴン・オベイ・ライセンスってゲームそのものが無くなっちゃ意味がない」
「あー、ねぇ、クロカゼのお母さんのが、リュックをほかのゲームに移動させたりしてくれないの?」
「そう言ったんだがねー……「どうやって移動させるの?」って言い返されたわ」
論点を戻すか? だが、リュックの異常性が伝われば、このゲームの根本に関わる。
「リュックさ、試しに粒子化して瞬間移動してくれない?」
「それは……ちょっと……」
困ったようなリュックの顔。というかいまの言葉の意味伝わったことも驚いた。
ヒイラギくんたちに話を聞くと、話せば話すほど情報を蓄積してき、より人間らしい受け答えができるようになったらしい。そこらへんのNPCを捕まえても、ここまで困った表情はしないだろう。
その表情が気になって、ヒイラギくんとクーがあーだこーだと話し合う中、ちょっと気になっていたことをリュックに質問する。
「そういえばさ、どうして俺の部屋に来ちゃったの?」
悲しそうなリュックの顔に、なんだか罪悪感を覚える。
べつにリュックのことを責めているわけじゃないんだよ! ただ俺って彼女とか出来たことないし、自分の部屋に招き入れるとか、初めてだからこそリードしたいっていうか!
「ヒイラギさんとクロカゼさんとの会話、盗み聞きしていたんです。すみません……」
「いや、まぁわかってたけどねー」
昨日、火山から帰ってきてログアウト直前の出来事だ。
なにもないベッドの上で竜之進とアスプロを遊ばせていたのだが、いざ帰ろうとしたとき、そこにポーションがあった。
今日のリュックの特殊な移動さえなければ、ただの気のせいで済んだのだが、そのポーションは思い返せば、リュックが置いておいてくれたのだろうな……。
「それは気にしなくていいよ。俺たちだって、リュックに隠し事していたわけだし、ここまでは、おわいこだな」
「え? あ!」
首を傾げたリュックは、合点がいったように笑い出す。
「おあいこ、ですよクロカゼさん!」
「え? 言っただろ? おわいこだって」
「お、あ、い、こ、ですって!」
ケラケラと笑う彼女を見て、俺はいつの間にか安心していた。俺がおわいこを本当に間違えたかはとくに追求する気はないが、リュックが笑うきっかけになったのだとすれば、間違えて良かった。
「ちょっと! 二人も考えなさい! あたしばっかり考えて不利なんだから!」
「ボクだって考えてるよ」
「ヒイラギくんは冷静だからねー。主人公タイプだよねー」
俺とクーが案を出し合い、それらの隙間を縫うように、有効な意見を挙げるヒイラギくん。いや、良いことなんだが、なんか釈然としないよ。「これは俺の物語だ!」って叫びながらお姫さまとお近づきになりてぇ。
「まぁ、とりあえずヒイラギくんとクーの二人で、リュックのこと撮っておいてくれよ。ゲームだってことは解像度でわかるだろうし、どんなゲームかは、たぶんクーの見た目でわかると思う」
指をさした途端、カパンカパンと小気味よい音を奏でる顎に噛み切られそうになる。
こんなワニのアバターなど、世界中のゲームを探してもなかなか見かけることができない。
「問題はNPCかどうかってことだけど、こっちは置いておこう。俺たちがするべきことは、運営を相手取って立ち回ることじゃない。リュックが存命することのできる方法を探すことだ」
「存命って……やっぱり、そういう過激な話になっちゃうんですか?」
ヒイラギくんの視線は、リュックを気遣うようにキョロキョロを動いている。
だが、さっきもリュック自身に言ったとおりだ。隠し事はなしで行こう。
「だね。運営がリュックを守ろうとする姿勢になったとしよう。でも、ゲームが商売道具の一つであるなら、アップデートはしなきゃいけない。そのアップデートがリュックにとって、完全に安全とは言えないだろ? だから、アップデートの抜け道を探すとか、それこそリュックをデータとしてどこかに移動させるとか」
「リュックわかる?」
「なんとなく、えっと、粒子化って気合いでどうにかできますかね?」
緊張感ないな女子ども!
とくにリュックさん、ちょっと図太すぎやしない? ついさっきまでメソメソ泣いていたんじゃないですか?
「とりあえず、俺は一度抜けて、母親のところに行くからさ。なぁリュック……」
「はい?」
無邪気な笑顔を向けるリュックの頭を、思わず撫でてしまう。
「俺たちを信じろ」
「は――い……はい!」
それさっき言ったよね? とか言うクーは無視させていただいた。
〈亜人〉コンビは、リュックを撮るということで〈セントラルライセンス〉に移動することにするらしい。
最初の噴水は目立つし、街の造りも珍しいという結論から、撮影場所をそこにするという結論に至ったわけだ。まぁ、二人が移動できる街なんて、たかが知れているということも理由の一つだが。
いや、たかが知れているとは言っても、三つ目の街に行ったことのない俺からすれば、尊敬の眼差しになってしまうわけだが……。
まぁ尊敬うんぬんはさて置いて、俺もリュックをプロデュースしたかったのだが、クーに舌打ちされたのでスゴスゴと引っ込むことになった。舌打ちの理由はわからない。せいぜい服と髪型に関して指摘したくらいなのに……。
またもボッチになった俺は、自宅のリビングに戻ってきていた。
母はまだ会議中らしく、とくに連絡はない。
その代わり、食事中でもないのに姉が『セカンドライフ』を外していた。明日は雨だろうな……。
「おかえりー。武器完成したよー」
「おおー。ありがとー」
「えー、なにそのつまんない反応ー」
いや、こっちも色々あってだね。
いまさら武器が完成した程度じゃ、それほどいいリアクションはできませんよ。
「せっかくいい武器作ったのにー」
「木のナックルってどんなもんなの? 重量とか数値化してほしいよねー」
そう言ったとたん、姉の口が大きく歪んだ。
「重量はそこそこあるけど、大丈夫。あたしの最高傑作だから!」
「ほぉ。どっからきた自信だ?」
普通の人は喜ぶんだけどなー、と姉は肩を竦めた。どこのやれやれ系主人公だよと。
「あんたは知らないだろうけどね、あたしの武器って人気あるんだよー」
「たとえば?」
「たとえば、あたしの使ってる剣ね、あれ手作りなんだからね!」
「ん? あぁ、ガララーガとかそんな名前だっけ。え、どういうこと?」
「やれやれ……これだから素人を連れて行くのは嫌なんだ」
「どこに連れて行くんですかね?」
話を聞くと、どうやら〈Dragon Obey Licence Online〉に蛇剣という区分はないらしい。
柄と鞘だけ用意して、あとは蛇剣になるように部品を作って組み立てた、と。見た目の種類は無限大ということだろう。
言うは易いが、よくやったものである。
「それってすげぇな。俺にも作ってほしいんだけど」
「絶対にイヤ! むぇっちゃ疲れたんだからね」
「ほかにどんなの作ったの?」
「えー、鎌とかモーニングスターとか。あ、一本の剣に見えるけど、実は七本の剣で構成された大剣。これ面白いんだよねー。しかも切れ味最高だし! 日本刀っぽいのも作ったかなー。」
「鎌って、なにスキルなの?」
「剣スキルが適応されました」
見た目は自由自在。
俺も早く工房強化していきたいよー! 盾に槍とか合体させて、見た目でもユニークなプレイヤーになりたいものだ。
しかし、その姉が作った最高傑作か……。
期待してもいいのだろうか。
「お母さんあたし一人に武器作成任せちゃうんだもんなー。大変だったんだから。そんなわけで、休憩中でーす」
お茶請けをつまむ姉とDOLOの話をしてから少し経ったあと、姉はゲームに戻っていった。ゲームにもっと美味しいお菓子があるとのこと。いや、まぁいいけどさ。
姉が使った食器を洗っていると、今度は母が起きだした。
んだよ、無言とかやめてよ、怖いじゃん……。
「あー、姉ちゃんと一緒にケーキ食べちゃったけど、大丈夫?」
「……いま、リュックって子はどこにいる?」
――うっは……。
一週間も開けてしまいまして、まずは謝罪をば……
本当に申し訳ないです
引越しの準備って以外に手間取るもんですねー
それに伴い、次回更新でちょっとお知らせを!
そのときに、もう一度謝罪させていただきます!




