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 昨日はセンチメンル・ジャーニー先生よろしく、ひどく感傷的な気持ちになってしまった。


 時計は午前5時、おじいちゃんかよ。

 ケータイの受信を確認、ぼっちかよ。


 口は苦いし、服はベタベタしているし、気分は最悪だ。

 セクシーシーンということで、シャワーを浴びながらお色気ムンムンなアクセントで、


「風邪かー」


 などと呟いてみる。

 無論リュックのことだ。

 なによりつらい事柄である。ポーション配給用NPCが風邪とは、なんとも皮肉な話じゃないか。

 バグの原因がウイルスかもしれない。その可能性を挙げられた以上、やはり運営の人間にリュックを見せるのは、非常に危険なんじゃないか?


 はぁ……。心の中までため息が溢れる。

 昨日の母親の話、ヒイラギくんに伝えていいのだろうか。


「あ、竜之進……」


 それすら伝え忘れていたのか俺は……。

 風呂から上がり、全裸で歯ブラシを握る。おおっとこっから先はR指定だ……ぜ。

 ダメだ、ぜんぜんやる気が出ない。


 リュックが自我を持った原因がウイルスだと前提して、なぜリュックが感染した? 二番目の街では一番多く話しかけられるかもしれない。だが、それでも〈セントラルライセンス〉の基礎ギルドのNPCたちと比べると、だいぶ劣るだろう。

 かといって、他のNPCにリュックと同じ兆候が出ているか、と言えばそんな噂もきかない。

 つまり、〈Dragon Obey Licence Online〉でウイルスに感染しているのは、確認されている限りリュックただ一人。NPCの数は、各地に点在するNPC村も考えれば千や二千じゃ済まないはずだ。


 それに、感染するのか? リュックが抱えるウイルスというものは。


 二階に戻り、ノートを開く。

 俺は考えるのが嫌で、勉強に逃げた。




「父さん、そろそろ起きなー」


 『セカンドライフ』を被っているからにはフルダイブしているんだろうな、と思ったら、純粋に寝落ちしているだけだった。


「起きろよ親父。もういい時間だよ」

「おぉ……」

「まったくさー。何時までやってたの?」

「3時……」


 さっきじゃん! 頑張りすぎだよ四十すぎ!


「風呂入ったの? ちょっと汗臭いよ?」

「入ったー。大丈夫ー」


 父はテーブルに用意された朝ごはんを食ながら、徐々に目を覚ましていく。


「風太ってネカマしてる?」

「親子の会話じゃねぇよ。やめときなさい」

「おや、なんか最近、親子の会話ってのしてなかったからさ」

「誰のせい!?」


 忘れちゃった!? 喜々としてゲーム買ってきたおっさんのこと!!


「だってドーロでも一度も会ってないし」

「こっちはのんびり進めてるんだよ。あ、母さんとは今日会うよ。もしかしたら火燐と雪緒も」


 そう言った瞬間、父は威厳もへったくれもなくヘソを曲げた。


「いいんだー、どうせお父さんがネカマしててキモイから仲間はずれなんだー」

「キモイよ! 威厳なくなるどころの話じゃねぇよ!」

「だって第二の人生ですよ? おっぱい大きい子がさぁ」

「母ちゃんに聞かれたら、その第二の人生ぶち壊されるよ?」


 『セカンドライフ』を指さしながら言うと、父は黙々と食べ始めた。失笑しかできない。こんな父でも、元気にしてくれるものなのだな――意識はまったくないだろうけど、それでも良いもんだよなー。


「あ、いけね、今日木曜日か! 会議の準備してねー。やっぱ帰れないかー今日……」

「頑張ってよ、お父さん」

「うへぇー……」


 スーツに着替えた父を見送り、俺は家族分の食事の準備をする。

 母が起きたのは、結局裁判が始まる5分前だった。




 『夕日の街奉行所』

 そう書かれた建物に、俺たち三人姉兄弟きょうだいはいる。

 とは言え、お互い初顔お合わせであるため、見つけるにはちょっとした、本当にちょっとした苦労があったが、それは割愛しよう。

 まずは姉、火燐。火などという名前の通り、炎のように真っ赤に揺らめく髪の女性アバターだった。種族は〈魔族〉。飛行能力に加え、魔力の高さ、物理攻撃のバリエーション。そのぶん限定されているライセンスを気にしなければ、戦闘能力で右に出る種族はいない。

 つぎは弟、雪緒。特出すべき様相はない、単純の〈亜人〉に見える。もっともそれは昼の姿だ。弟は白い〈亜人・ワーウルフ〉の男性。陽が沈んでからは無類の強さを発揮する種族だ。……とはいえ、その武装はいったいなんなのかね?


「これね! オリハルコンで作った大剣! 名前だせぇけど、超つえぇんだ!」

「オリハルコン?」


 なにそれ、どこの伝説?


「あたしのもすごいんだよ! 見ててね!」


 姉の持つ諸刃の剣。つばを見ても、そこまで高そうなイメージはない。ところがどっこい、火燐が柄をクイっといじるとその刃が崩れた。

 何事かと思ったら、これアレだ、ええと、あの、アニメとかでよくある、ジャラジャラした、蛇みたいな剣! 敵がよく使うヤツ!


「蛇剣〈ガラ・ラ・ラミア〉。初見殺しのゴーランドとはあたしのことよ!」


 うっわ厨二くせぇ! なんだよゴーランドって。しかも『ラ』が多いな。


「ちなみにあたしのはアロンダイト!」


 だから、どこの伝説なんだよ。

 しかも伝説顔負けの品質なんだけど……。大剣が品質245で、長剣が品質150。勝手にインフレ起こさないでもらえますかね?

 防具もチラっと〈鑑定〉してしまったが、もう二度と見ないと決めた。


「もーいやだ! 母ちゃんまだかなー!」


 すでに開場はしている。

 いい加減お茶にも飽きてしまった。ゲームの中で、無料で食べられるとはいえ、お茶と茶菓子くらいなら家に常備してある。


「いま起きたって! すぐ来るっぽいー。風太頑張れー!」

「兄ちゃんいけー!」


 と、姉と弟の声援を受け、和服のNPCの女性に案内される。

 通路を進むと、純和式には似合わない、ゴツゴツしい扉の前まで案内された。


「どうぞ、この先になります」

「はぁ……、えっと、弁護士はあとから来ますけど、大丈夫ですかね?」

「はい、かしこまりました」


 ペコリ、と大きく頭を下げるNPCに催促されるように、俺は両手で扉を押した。


「おおおー!」


 法廷だー! 見たことある! 小学生の頃コレ見た! 友だちが「わかんないから死刑」って言っている画像がすげぇ出回ったのは良い思い出(この作品はフィクションです)!

 さきほどまで奉行所にいたのだが、この部屋だけは裁判所だ。そういう設定なのだと納得させていただく。


 まず、部屋の奥に座る裁判長は髭の似合う黒服のおじさまだった。その両脇には男女の裁判官が二人。そして、将棋で言うところの歩兵の位置に、裁判員と思われる私服の人が8人並んでいた。アイコンを見る限り、全員NPCである。


 気圧されたので傍聴席に視線を移すと、そこに姉と弟が手を振っている姿が見えた。


「母さんはー?」


 コンコーン!!

 軽快な木槌の音が法廷に響く。なんかめっちゃ雰囲気あるな……。

 裁判長の目に怯え、俺は上手かみて側の自分の席に着く。三角形の立て名札の『クロカゼ伍長』という名前が、なんとも哀愁を誘うじゃないか。


 席に座った直後、屋敷内の時計が、ボーン、ボーンと鳴り出した。しかも鳴り止まないうちに


「それでは開廷します」


 と裁判長が仕切り出すので、俺は戸惑ってしまう。救いを求めるように家族に視線を送る。そこにはすでに興味を失った弟と、ネットの海に潜っている姉。いや、ホントお前らホント……。


 諦めかけたそのとき、俺が入ってきた扉がババン!! と開かれる。

 そしてそこには、真っ赤なビニールを身体に巻いた露出狂こと……たぶん俺の母親が立っていた。


「おまたせ風太! ってなにあんたあはははは!! ムッキムキー!!!」


 いや、あんたには笑われたくないんだけど、えっと……なにごとなのそれ?

 種族はおそらく〈リザードマン〉。ほとんど〈人間〉にしか見えないが、ところどころで光を反射する鱗のような皮膚と、ギザギザの歯は他の種族で思い当たるものはなかった。

 いや、しかし種族なんぞどうでもよくなるくらいの格好だな。

 イケメンの男だということはわかっている。だが、それ以上の情報を一切受け付けたくないその姿。


 俺の格好も、露出狂と言われてばそうかもしれない。素肌にオーバーオールとなると、完全にガテン系で、兄貴要素が満載されている。

 だが、母のアバターには、むしろ、なんというかベーコン&レタスというか、オチなしヤマなし、イミはなし的な、そんな病的な匂いを感じてしまう。

 胸と腰には赤いビニールが巻かれ、その、Vゾーンというべきところから、際どい下着が見え隠れ……していない。見えている。


 ――え、イヤだ。


 さすがに母も俺の視線に気づいて、アセアセと言い訳をし始める。


「こ、これはね風ちゃん、お母さん、アバターの名前とイメージをできるだけ近づけようとね、あのね」


 コンコーン!!!

 さきほどより大きな音で木槌が叩かれ、家族の視線がそちらに向く。


「静粛に!」

「相談中!」


 裁判長にそう言い切った母親は、なにか説明していたようだが、本当に興味がなかった。


 興味があるとすれば、下手しもて側に座っている、パーマ頭のパーマイヤーだ。そんな出オチなキャラにも関わらず、俺を訴えたNPCでもある。


「わかってもらえたかな!?」

「あぁ、うん、わかった。よくわかった」


 一度失った信頼というものは、取り戻すのに大変な努力が必要だということだ。




本物の裁判官って木槌持ってないんですって。

なんか残念ですよね

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