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 大丈夫か。

 そう聞かれても、俺は答えられなかった。

 逃げるようにフルダイブをオフにして、溢れ出していた涙を拭う。


 俺たちプレイヤーには流せない涙。

 その涙を見たとき、もう限界だった。


 彼女に同情してしまった。

 〈Dragon Obey Licence Online〉でしか生きることができない、世界で唯一の存在に。


 親にはなんて相談する? 運営にはなにを通報する?

 死に戻りしただけのヒイラギくんたちを心配して、涙まで流すNPCを、バグがあるんですよなどと指をさすのか?


 いや、俺はすでにリュックをNPCだとすら思っていない。

知性を得た人工頭脳でもない。


 この〈世界〉に生まれ落ちた、ただの人間だ。

 死んだら生き返ることのない、ただの命だ。

 怖いだの良かっただの、生きているだの死ぬだのを理解してしまった、ただの壊れた歯車だ。

 

 そんな存在、悲しすぎるじゃないか――



「そんなのだって認めちゃうのが……嫌だったんだよな……」



「どうしたんですかクロカゼさん」


 耳元から聞こえるリュックの声。グラスディスプレイには、不安そうに俺を覗き込む彼女の姿が映し出されていた。

 リュックは知らないんだ。

 この機械を使わなければ、彼女と会話することもできないということを。


 それを説明するわけにもいかず、俺は極めて冷静であるように装う。

 フルダイブしていないと音声が出し辛いが、涙を止める術もない。


「とりあえず、戻ろうか」

「そうですね、って、わっ!」


 映像が細かくブレ始めた。

 なんだろう、ゲームの中は地震かな? 噴火したのかと一瞬だけ頭をよぎったが、そんなことはない。演出上、入山許可が出ている期間は噴火することはないらしい。それくらいは運営を信用していいだろう。


 周囲を見渡そうとして、俺は「風太」として顔を動かしていた。

使い勝手の悪さに絶望する。〈Dragon Obey Licence Online〉専用コントローラーもあるらしいが、なるほど確かに、これは辛い。

涙がピタリと止まってしまった。


 誰かへの同情より、自分のストレスのほうが重要だとは、我ながら底が浅すぎる。

 熱湯のようにグツグツしていた気持ちは、浅い器に入れられて一瞬で冷めた。

 この性格は絶対に親に似てしまったのだ、それは実に不愉快である。――が、それに救われたのかもな。

 少なくとも、リュックが悩むまでは俺が深刻になる必要はない。


「フルダイブ」


 手足に感覚が戻ってくる。


「リュック」

「は、はい?」


 斜面にへたり込む彼女の頭を撫でてみる。クーや姉がいれば、髪を結んでいる女性の頭に触れるんじゃねぇと怒られそうだが、いまは触れ合っておきたい気分だった。


 リュックが壊れた歯車だとしても、

彼女がどれほど孤独な存在だとしても、



「俺たち、友だちだな」

「友だち? フレンドですか?」

「ま、なんでもいいよ」


 立ち上がるリュックに手を貸しながら、周囲を見渡す。うん、フルダイブのほうがしっくりくる。


「なにがあったんだろうな?」

「たぶん、あれだと思いますよ」


 彼女が指差すほうを見ると、ドーナッツ状の穴がなくなっていて、煙も消え去っていた。


 なるほど、そういう罠か。

 すり鉢のような火口は、ただのクレーターのようになってしまって、初見でここを見ても弓と棍棒、それ以外にもいくつかのアイテムが落ちているだけにしか見えない。拾いに行きたくなる気持ちも、ショートカットしたくなる気持ちもわかる。


「まぁとにかく戻ろうか。あれ?」

「クロカゼさーん。これ持ってくださいー。これはクーさんのですよねー?」


 俺は笑顔だった。

 彼女も笑顔だった。


 地面が崩れた。


「バッカやろぉおおおお!!!!!」


 どういう理屈かわからないが、崩れかたを考えると、さきほどのドーナッツの輪より大きな穴が空くようだ。俺は気づくのが遅れたため、中心に向かう選択肢を取るしかない。


 どこかの配管工のように、落ちていく足場の上で〈跳躍力〉を使う。

 どうにか上半身だけ中心部分に乗ることができた。槍を突き刺し、体重を支える。


「た、たすけて……」

「まかせてください!」


 引き上げてもらったころには、すでに周囲は煙に覆われていた。たぶん、あと一時間は塞がらないんだろうな。

 中心部分でラージシールドを構えて、周囲を伺う。


 火口付近を歩いていて、煙に視界を奪われて、次はイグアナに襲われる……か。

リュックのことで動揺しすぎていた。

 普段の俺なら、登山する前に粗方調べておいただろうに。


「離れるなよー」

「はい!」


 背中に張り付く彼女の体温を感じてしまう。

 ネガティブな方向で人間と認めてしまったが、認めてしまったがゆえ、その、なんだ、好きになったらどうしよう。

 報われない恋になるのはわかっている。だが、NPCのミクリに恋するよりはよっぽど健全な気がしないでもないが――


「クロカゼさん!」

「うぃ?」


 肩に触れるリュックの手を見ていたことを怒られたのかとも思ったが、顔を上げたときに黒煙が右から左へすごい速さで動いたのを見て、思考を切り替える。


「でけぇ……のか?」


 よくわからない。だが、煙は俺たちを中心に逆時計回りに動いている。

 よく聞けば、トトトトと足音も聞こえる。

 人の不安を煽るのが得意なスタッフどもめ。

 武士が使いそうな槍を、タイミングも考えず押し出す。攻撃ではなく、ただただ敵の足を止めるで……軽い衝撃とともに、弾かれる槍と腕。


 腕からすっぽ抜けた槍は地面をクルクル回転しながら、煙のなかに消えていく。〈鑑定〉で槍の姿を追うと、スーっと落ちていく『槍〈ゲイボルグ〉品質31』が見えた。買ったときにそんな名前つけたって言ってたな……名前負けどころか活躍させてやることもできなかった……。

 まぁゲイボルグなんぞなくても、盾とグローブで自衛は可能なはず。


 そこで気づいたが、俺、グローブどこにやったろ……。


 思い出そうにも、目の前のモンスターが怖くてそれどころじゃない。

 槍の当たった衝撃から考えると、それほど大きくなさそうだが、それでもこの敵が見えない恐怖は、俺の明達な思考能力を阻害するに十分だった。


「おおおおおおおれが守るからな!!」

「え? あ、はい。でもあの子――」


 リュックの言葉の続きが気になるが、それを邪魔する存在が、目の端に映った灰色の……ドラゴン?


 一瞬我が目を疑ったが、コモドオオトカゲとか、そういう感じだろう。

 でけぇしこえぇし速いということを除けば、ペットにしたいという人は少なくないかもしれない。


「〈アクティベーション〉!! 〈深呼吸〉!」


 一度俺たちの前に姿を現した爬虫類は、またも煙に紛れて周回しはじめた。

 特殊能力は持っていそうだが、威力はたいしたことなかった。盾を持つ俺ならきっと勝てる。

 それに、コイツのスピードは機械的すぎる!


 そう思いながら〈被衝撃軽減〉と〈防御〉〈盾威力〉を付与させた盾を構えながら、煙の中に突っ込む。


 トトトトトトッ――


 近づく足音を聞きながら、俺は盾をほんの少しだけ前に出した。


「〈インパクトアタック〉!!」


 ドン! と腕に伝わる衝撃。


「しゃあ!!」


 〈盾カウンター〉も同時発動して、感覚的には十分な威力を与えたと思うのだが――


 トトトトトトッ――

 聞こえてくる足音。冷や汗が流れる。

 あれ? 倒せなかったよね?


 この〈Dragon Obey Licence Online〉のモンスターは、基本的に打たれ弱い。フィールドボスやレイドボスにならなければ、最初にもらえる剣でも、ほとんどのモンスターが倒せると噂されている。

 まぁ現実世界に置き換えたら、足を切られて足を引きずらない生物はいない。そこらへんのリアリティーを適用させているのだろうが、それを考えたらあのオオトカゲはなんだ?


 慌てて中心に戻ろうと、なにかに躓いて地面に転がる。

 なんだ!? と思って足元を見ると、消滅エフェクトとともに消えていく、灰色トカゲの姿……。


「あ、そゆこと?」


 トカゲが複数いるということに気づいたのは、もう一体のトカゲに弾きとばされ、足場から落ちる瞬間だった。




すこし短めですが

伸びてしまったので分割しました

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