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結果を言えば、まったく集中できなかった。
かと言って国立が目の前にあるのだ。大学出て、いい会社に入るのだ。……のだ。
サンドウィッチを乗せた皿を洗おうと、リビングに降りたが、そこで一時間前とまったく同じ格好で寝ている家族に、怒りを覚える。
米が炊いてあったのでオニギリを作って、リビングの机の上に置いておいた。ラップをかけたので、多少ゲームに熱中していても大丈夫だろう。ちなみに具はない。塩もかけてない。お前らなんて大っ嫌いだっ!
「うふぇいおー」
……βテストのときもそうだったが、なぜ親父だけが寝言を繰り返すのだろうか。遺伝で俺もそうだったら泣いちゃうんだけど。
二階に戻り、『セカンドライフ』をかぶる。
いやいやいやいや! 勉強だって!
夏期講習だってもう申し込みすんでいるんだから、そこで置いていかれるわけには!
おいハチ! 犬なんて拾ってくるんじゃないよ――
メールか……。と、これは珍しい。相川先生じゃないか。
『勉強中?
ちょっと息抜きしたくなったヽ(`Д´)ノ』
『こっちもっス。全然集中できない……』
『マジで? ナカーマ』
『ナカーマ
って相川さん返信早くない?』
『うむー。いまVRマシン使ってる』
『お、DOLO?』
『うん
先行抽選通ったからね
風太くんのパパももうやってる?』
『いまもログイン中っス
息子勉強中なのに
「ゲーム買ってきたよー」って具合ですよ』
『うやらましすぎ! うちの父さま大魔王なんですけど……』
『相川さん順位高いのに』
『風太ぶっ飛ばす
ちょっとDOLOで話そうよ。メールより早いし!』
『いいけど、キャラのビジュアルにちょっとびっくりするかもよ?』
『おーけー楽しみヾ(@⌒―⌒@)ノ』
ゲームする口実じゃねぇし!
クラスメイトと話したいだけだし!
「ザッツ・フルダーイブ!!!」
目の前の風景が変わる。さっきのログハウスだ。
メールアドレスをケータイと同期させ、相川さんに連絡を入れる。
『いま、キャラメイク終わった直後。門も出てないわ』
『マジで! チョービギナーじゃん。行く行くー』
しかし、思えば門小さいな。やや屈んで、ぬっと門を潜る。
「おおおおー」
街だ。街並みがあった。
後ろを振り返ると、門はキラキラというエフェクトをまとって消えていく最中だった。そして、門が消え去ると、そこには大きな噴水。
人も多い。人? と疑問に思ってしまう洋装も多いが、まぁ全員プレイヤーなのだろう。NPCは頭の上にアイコンがあるというし。
フレンドを開いて――ゼロか。なんだボッチか。あ、家族には連絡しておこう。
『始まりの街にログインしました
友人と一緒に遊んでます』
送った瞬間返信がきた。
『こっちは雪緒の育成でいっぱいいっぱいだから
あんたは一人でがんばりなさい』
母ちゃん!!!
嘘だろ母ちゃん!!!
ゲーマーだとは思っていたが、まさか息子一人見捨てるくらいだったとは……。
『相川さんすぐくる?
どっか覗きたいんだけど』
『待ってなさい( ゜Д゜)<氏ね!』
『嘘だろ……』
相川さんを待つこと10分。
噴水に座るムキムキ巨人は、奇異の眼に晒された。写真いいですか? と言われるくらいには、珍しいキャラメイクをしてしまったようだ。そういえば美男美女が多いなぁ。しかし、亜人とでも言うべきか、一瞬モンスターかと思うアバターも多い。ムッキムキのオークがいたときは、俺もそっちにするべきだったかと思ったくらいだ。
だが、種族はライセンスにも関わってくるので、難しいようだ。暇つぶしにネットを見ながら考える。例えば、オークは〈騎士〉や〈近衛兵〉にもなれない。〈騎士〉〈近衛兵〉になると、一攫千金の王族クエストを受注することができるようだ。ハイリスクハイリターンらしいが、なんとも夢があるじゃないか。〈クロカゼ伍長〉は〈人間〉なので、大方のライセンスを取得できるのだが、スキルの会得条件が難しくなるようだ。
所持金は10000k。〈k〉は、正直知らん。相川さん来たら聞こう。
噴水の周りで円を書くように、露天商のプレイヤーが何人かいるが、ひやかしで声をかけていいものか。
「すみませーん。この辺で服屋ってあります?」
と聞きつつ、チラっと値段を見る。
アクセサリーか。1000000kか。うんこ。
「デカイねー兄ちゃん。よろしくキ○トだよ」
キ○トかよ! 露天開いてないでソロ攻略しろや!
そういえば、黒髪黒目か。うん、ポイな。すげぇなキャラメイクの可能性。
「服屋はあっちのほうの、作成ギルドの横にあるよー。NPCの店だから、種類ないけどねー」
礼を言って店から離れる。
いまのキ○ト中学生っぽかったなー。まぁ月額もたいしたことないらしいし。それともあれか、一部の上流階級ってか? でも一ヶ月前の発売で、初期所持金の100倍の値段を売っているということは、もしかしたらβ出身かもしれない。
と、相川さんから連絡がきた。
『風太くんどこら辺?』
『噴水だよー』
『名前は?』
『クロカゼ』
なんか厨二っぽいな。いま気づいちまった。え、なんか恥ずかしい。
「クロカゼー!」
恥ずかしい名前を叫ばれた。やめて相川さん! 声のする方へ歩いていくと、ちょうど噴水をはさんで真後ろだった。
「ちょ、やめたげてよ!」
「え、クロカゼ? あはははっはははあはははは!」
ゲラゲラと笑う、眉目秀麗な男エルフ?
金色の髪に、緑の瞳、そしてとんがった耳。エルフっぽーい。
「でけぇ! ピッチピチ! あははっはははあっはは!」
「うるさいなぁ。いいじゃん」
「声野太いよ! すげぇ! あたしの風太くんどこいった」
お前のじゃねぇ。
「ちょっと服屋行こうよー。恥ずかしいんだって」
男にしたため、肌着も着ていない。チクビームが出そうだ。
ゲラゲラと笑い続ける相川さんを引っ張り、噴水を後にする。
「おーけー。あ、その前にフレ登録してよー」
「はいはい。どうすればいいの?」
「うぃービーギナー。メニューからフレンド選択してフレンド申請、で相手を見つめる」
俺がそうすると、フレンドの欄に〈フィリップ〉が加わる。
ぼっち卒業したぜ。
「本当は拒否もできるんだけどね。まぁ、そこはフレンド申請されたときわかるよ」
「了解。これでいつでも話せるの?」
「試す?」
フレンドを選択して、通話を選ぶ。
『ハロー』
ぎょっとして、目の前のエルフを見る。口は開いていないのに、耳元からフィリップの声。すげぇー。さすがVRマシン。世界始まってたよ。
『えーっと、相川さん?』
『感度良好だねー。ちなみに、フィールド専用のスキルに、通話阻害もあるから気をつけてー。メールはいつでも大丈夫だからね』
「ありがとー」
「はいさーい」
通信を終えて歩き出す。
道中暇なので、疑問を聞くことにした。
「そういえば、フィリップは男なんだね?」
「うん。そっちのほうがカッコイイでしょ。クロカゼは、まぁ漢って感じだよね」
「へへー」
「まぁ、イケメン飽和だから、そのくらいのほうがモテるかもよ」
モテたいなら勉強するわ。
「でも服屋かー。売ってるのかなー?」
「え、マジで?」
「〈人間〉でそのサイズは珍しいよ、太いし。でも〈リザードマン〉や〈オーク〉だと、そこそこいるからねー」
「ってかNPCの店も在庫アリなんだ。面倒だねー」
「毎日午後七時に補充されるけどね。だけど、夜一で買い占めて、〈分解〉~〈作成〉~でスキルあげるプレイヤーもいたんだよねー」
「へー……」
「まぁβ版だったからね。けっこうやりたい放題だったみたいだよ。で、本製品から導入されたシステムが、既製品に対するスキルでの変質不可! 別名募集中」
「ほぉほぉ。ってことはフィリップってやっぱりβ出身だったんだ。どうりで去年成績おとしていると……」
フィリップは顔をしかめた。
「あのときは、まだ風太くんと仲良くなかったしねー。オタクだってバレるのも嫌だったし」
「ゲーム=オタクじゃないでしょ。しかし、服がないのは困るなー。露出狂じゃないんですよあたしゃ」
「いいじゃん。ムッキムキの筋肉見せつけてやれば」
俺を! 見て! くれー!! と、どこぞのキャラが頭をよぎったが、やめておこう。
「あ、あそこあそこ」
「近いねー」
〈セントラルライセンス〉の噴水から、あるいて3分のところにギルドがあった。そして、この街の構造を理解する。
噴水からは、放射線状に六つの道が存在した。その一本の道をきたのだが、そこには作成ギルドが道の終着点として鎮座していた。途中小道はあったが、それはおそらくただのショートカット。この街は、小さな円なのだろう。
「服屋はこっちー」
上を見上げると、フィリップが入っていった店の看板には、Tシャツの絵が書かれていた。
「いらっしゃーい」
景気のいい声で出迎えられる。あ、アイコンだ。初めて見た。
接待してくれたのは、NPCの人間のおばちゃんだった。うっわ……アイコンなかったら区別なんてつかないよ。
「あらあら大きいのねー。待っててねー」
そう言って、おばちゃんは奥に行ってしまった。「ランダムだから」と、フィリップは苦笑いしている。
なるほど、追加されたシステムは、さっきフィリップが言ったやつだけじゃないらしい。
「これなんてどうー?」
そう言っておばちゃんがもってきてくれたのは、カーキ色のつなぎ服だった。でけぇー! いまの俺ってこんなでけぇのかよ。ちょっと感動した。
試着室に入り、着替える。
おおー。ぴったりだ。
試着室からでると、フィリップにゲラゲラ笑われたが、まぁいいだろう。
700k払って店をでる。手には初期装備を入れた紙袋。
「そういえば、これ入れられるストレージとかあるの? それとも倉庫キャラ作ったほうがいいのかな?」
「このゲームの面白いところでね。ちょっとこっちきてー」
「はいな。時間いいの?」
「問題ない! どうせ明日も勉強だし。はぁ、こっち住みたいおー」
「なんか意外だな。クラスの相川さんて、もうすこし寡黙なイメージ」
「どうせぼっちなだけですし! どうせ! どうせ!」
そうかな? どっちかってーと、拒絶しているタイプかと思っていた。
「風太くんは優しいからねー。あたしみたいなぼっちオタクも偏見なく見てくれるんだ……」
ん、なんか変なスイッチ入れたな。
面倒なので先を促す。
「んで、面白いところって?」
「あー、こっちだよー」
エルフの後ろをついていくと、一つのボロアパートについた。
後ろを見ると噴水。さっきの露天商も目に入った。
「ここー」
「へー、ここでなにする――」
「ちょっとごめんよぉ」
俺たちの脇を、一人のプレイヤーがアパートの一室に入っていく。パタンと閉じるのを確認して、フィリップはドアを開けた。
え、あのプレイヤーとなにするの? と思いつつ部屋に入ると、なんとも乙女らしい部屋が広がっていた。
「あれ?」
誰もいない。
「うえへへー。ここがアタシの部屋」
「おおー。そういうことか!」
「部屋にはあたしの招待がないと入れないの。男の子……入れるの初めて……なんだからね」
「すげー。これアイテム? クローゼットとかに入れればいいってことかー」
「聞け!」
怒られました。