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この話の母親が不快であるという感想を受け、多少訂正しました
申し訳ありません
『セカンドライフ』をベッドにブン投げ、二階に降りる。
廊下が怖い階段が怖いソファーの後ろの影が怖い。
母親をユサユサと揺らし、『セカンドライフ』の強制排除を発動させる。目が覚めた母親は、事情を聞くとニヤニヤ笑いながら、
「お母さんの提案だよそれ」
と言った。母が怖い。
結局その日はログインできなかった。
母にメールしても返ってこないため、勉強に没頭して、さきほどの事象を忘れ去いやいや無理だよ! 怖いって!! 指先はいまだ震えて、奥歯もカチカチとなっている。
わかっているさ、あれがイベントだということは、でも、でも!!
まさかこの年齢で人形に恐怖するとは思わなかった。認めよう、平野風太という男は、スプラッタもグロもテレビから出てくる女性も、この年齢になっても見ることはできない。平たく言えばチキン野郎だ。
筋肉で全身を覆っても、心の弱さは隠せないのだ!
だからさ! わざわざそんな恐怖体験させることないじゃないかと!
『飯作れるから、中断するとき教えてください』
家族にメールを送って、布団に潜り込む。部屋の明かりは全部つけているので、影になるようなところはない。
昼のように明るい部屋で、俺はゆっくりと眠りについた。
その日は結局、家族そろって飯を食うこともなく、ほかの家族は朝方に寝ることになったようだ。いや、本当にお前らトイレいつ行ってるんだよ。
朝、家族からのメールが淡白すぎることに不安を覚えながら、7月30日に『×』を付ける。
ちなみにメールの内容はこうだ。
『飯いらん時間ない』
『明日仕事時間ない』
『兄ちゃん時間ない』
『風太ー。フィリップって人のメアド教えてよー。同級生なんでしょー』
お姉ちゃんが天使に見えたのは初めてだよ。でも雪緒にはなにがあったんだよ。俺の時間がないみたいじゃん。いや、ないけどさ。父は明日仕事のようだ。ホント大丈夫? 母親は、いわずもがなというやつですな。
ふぅ……。
大きく息を吐き、『セカンドライフ』をかぶる。
グラスモニターに部屋が構成されていく。
フルダイブはしない。とは言ってもこのクオリティだ。この状態でも、昨日の人形を見てしまったら、ちょっと怖いかもしれない。
自室のログインポイントに出た。ベッド、赤い板、クローゼット。部屋にはそれだけだ。
問題はここからだ。
ドキドキしながら扉に手をかける。ドキドキというか動悸息切れにも当てはまるような気もするが――こんなこと前にもあったな。
ああ、あれは小学生の俺じゃないか――
もう名前も思い出せないが、好きだった女の子の下駄箱。俺は、周囲を伺いながら、胸に忍ばせた手紙をとりだす。拙い字だ。でも、必死に、なんども書き直した手紙だ。気恥ずかしいが、鉛筆で書いて、ボールペンで清書などしちゃったり。気の利いたセリフなんか一つも書いていない。せいぜい、なぜ、いつからキミのことが好きだった、とかだけだ。
その恋文を入れるような心躍る感じに身をゆだね、腕に力を込める。
ガチャ、と開いた扉の向こうには
昨日と全く変わらない状態で、差し出すように首をもつ、直立不動の人形が立っていた。
ここでログアウトしてしまうことは、二の舞を踏むというものである。
落ち着け落ち着け、大丈夫なにもしてこない、してこないよな?
ガクガクと震える足と腰。大丈夫大丈夫、これからの行動はわかっているんだ。
俺は人形を避けながら、テーブルの上の針を無骨な指先でつかみあげる。糸は昨日つけたままだ。
差し出される人形の頭を受け取り、拙い手先で首と胴体を縫い付け始める。身長差がすごいので大変やりづらいのだが、物として扱えるので、精神的には楽だった。
純粋に技術がないため、十箇所も縫わないうちに斜めに傾いた首が、完全に固定されてしまった。
『〈布加工Lv1〉を会得しました』
小首をかしげているわけではなく、顎を突き出して右上を向いている人形が完成してしまった。
マジマジと見ると、なんだろう、黒いウサギか、黒いヤギか。細長い胴体と手足が、打着心地の良さが、見ただけで伝わってくる。
めっちゃくちゃ怖かった人形だが、こうして見ると、首の角度も相まって、なかなか若いいじゃないか。
抱きつこうとしたとき、耳元で声が聞こえた。
「ありがとう。おかげで助かりました」
まぁ説明係ってことは理解していたが、急に話しかけれれると、ちょっと怖い。声だけ聞くと、品のいいお嬢さまって感じなのに、どこから声出しているんだろうって不安になる。
「あの、ご主人さま……でいいんですか?」
「え、あ、あぁ、たぶん」
「そうですか! よろしくお願いします! 私は――私の名前は……」
目の前にキーボードが現れる。名前を打ち込めってことかな?
P・O・M・Uっと。エンターを押して様子を見る。
すると、黒い人形は大きく頭を下げた。
「私の名前はポムです! どうかよろしくお願いします」
「お、おう」
「ご主人さまはおしゃべりも苦手ですか? 大丈夫ですよ! 私になんでも話してくださいね! 私をよく知ってもらうためにも、まずはこの工房を一から説明したいと思います。よろしいですか?」
えーっと、キャンセル?
ミクリにある程度は説明してもらっていたし、首の位置を直してあげたいし、そもそも喋り下手じゃねぇ!
「そうですか。では、私はどうしたら……」
「とりあえず、縫い直すよ」
裁縫箱からハサミを取り出して、糸を切っていく。
「あはっ、ちょ、くすぐった――――」
なん……だと……?
急に黙らないでもらえますかね!? R指定受ける描写だよそれ!!
なぜか荒くなる呼吸と、落ちた首……なぜこんなにも怖い絵面になっているのだろうか。はなはだ不思議である。
取り返しのつかないことをしたような罪悪感を覚えるが、これから縫うんだからね!
位置の失敗を踏まえて、縫い直すため針を持った矢先、
『マニュアルモードに移行しますか?』
キャンセル――
『オートモードが選択されました』
これいちいち出るの邪魔だな。あとで変更しておこう。
糸を通す作業は自動で行われ、指が勝手に玉どめを作っていく。太い指からは考えられないほど繊細な手つきは、正直気持ち悪い。
逆に縫い付ける作業は、まるで魔法でもかけるかのようだった。布と針を当てた瞬間に首と胴が縫い合わさり、子供が見たら欲しがる要素いっぱいの人形が出来上がった。
「おおー」
「あらためてよろしくお願いします!」
急に喋らないでもらえますかね……。
俺はしっかりトラウマを刻みつけられているようだ。
その後も、ポムが喋るたびに怯えながら、〈加工〉のやり方を一通り教えてもらう。おかげでレベルの上がったものもあったが、元になる素材がないので、大したことはできなかった。
「あのさ、これなんだけど」
自室から赤い板を持ってきた。下は石畳なので、立てかけてもベッドの惨劇を繰り返すことはないだろう。
「これは、なんでしょうねー」
「わかんねぇのか。じゃあ、これって武器にできると思う?」
「それは問題ないですね! 爪でも石ころでも、ご主人さまの技術にかかれば、どんなものでも加工できます。武器にでもテーブルにでも家の壁にでもできますよ!」
「そんなもったいないことはしないけど……。これって〈木材加工〉になるのかな?」
「ノコギリはお持ちですか?」
「NO」
「そうですか。〈木材加工〉のレベルが高ければ、剣でも加工できるので頑張ってくださいね!」
そんなことまでできるのか。
詳しく聞くと、普通に切りつけると耐久値にダメージが入り、その素材そのものが消滅してしまうらしい。だが、〈木材加工〉のレベルを上げておくことで、木材を斬っても耐久値を減らさずに済むそうだ。ちなみにノコギリなら耐久値はほとんど減らないそうだ。
「ってことは、あのハンマーじゃなくても鉄とかの加工は可能ってこと?」
「そうです。〈鉄加工〉のレベルが高ければ、それこそ火炉を使わなくても、多少の修繕も可能になります。ですが、工房以外の場所で加工する場合は、耐久値の減少も多くなるので、気をつけてください」
「ほー。それで、この板はどうすればいい?」
コンコンと叩く板を見ながら、ポムは首をかしげる。
「んー。とりあえず、ノコギリがない状態での加工はよろしくないと思います。木の品質は物凄く良いので、どの武具に加工しても、良質なものができますよ!」
でも竹アーマーなんでしょ?
「〈木材加工〉のスキルってどうすればいいの?」
「木材を加工してみてください」
「は、はい……なんかすみませんでした。あ、そう言えば、ポムの〈鑑定〉スキルってどこまで進んでるの? 俺がこの板見ても、全部ハテナマークなんだけど」
『???〈?????〉品質??』
「私の〈鑑定〉ライセンスは上級です。ですが、あくまでサポートまでの助言しかできません。すみません……」
「いやいや、それはいいんだけど。あ、じゃあ上級でこの木の板の名前はわかる?」
「いえ、わかりません。誰も名づけていないか、ご主人さまが発見した、新しい物として考えられます」
おおー! やっぱりレア素材確定でいいんですよね? 糠喜びじゃないんですよね?
いいタイミングなので〈加工〉レベルを上げておきたいのだが、いかんせん金がない。ノコギリはおろか、鉄クズを買いに行く金もないと思う。相場がわからない。
こうなることはわかりきっていたので、一度自室に戻って準備することにした。
最後のクエストはちょっと特殊なものになる。うむ、時間にはだいぶ余裕があるな。
時間を確認しながら歩いていると、工房から出てすぐ、なにかを踏んづけた。
なんだろうなーと足元を確認してみると――懐かしの赤い核が、そこにあった。
「おぉん!?」
手に持って、様々な角度から凸凹の赤い石を見る。
木の板を真っ赤に染めた赤い核。木の板に火属性を付与させた赤い核。木の板に飲み込まれていたはずの、赤い核がそこにあったのだ。
これもレアなのか、それとももう使用済みアイテムとして勘定されているのか、俺にはそれがわからなかった。
すぐに工房に戻って、核をポムに〈鑑定〉してもらう。
「これは、核ですね。お売りにならないんですか?」
NO、まだ売らない。なんかもったいないじゃないか。
物は試しと、赤い核をラージシールドにも当ててみるが、変化は全く起きなかった。せいぜいポムの「なにしているのですか?」と可哀想なボタンの目を向けられるだけだった。
核をポムに預け、俺はようやく街に繰り出す。
クエスト開始まで、あと1時間だ。
お気に入り件数が700を超え……た……?
本当に自分のページか、怪しいと思っております!
この感謝の気持ちを、どうにか伝えたいと思いますが
どうすればいいのか……
ありがとうございます……




