三話
「何をしているんだ、サラ・エイブリッジ!」
人ごみを掻き分け、教師の一人がエントランスの中央で政治家よろしく持論を並び立てていた少女に近づく。少女、サラは教師に振り返り、つまらなさそうに愛想笑いを返した。
「何を?私は言いたい事を述べていただけです、先生。もう教室に戻りますわ」
「いい、お前は私についてくるんだ、聞きたい事がある」
「構いませんよ」
どうやらサラの演説は終わったということを察したのか、人はまばらに散り始めていた。一体先の演説は何だったのか。シェリルは彼女を意図を探るように暫く、その場で考え込んでいたがやがて彼女の姿も見えなくなると、ため息を一つ。自分も教室へと戻る為歩き出した。
魔術は人に混乱を及ぼす。サラはどれほどの使い手なのだろうか。
本来魔術はエミリアの親族へ与えられた唯一の力。
特殊な文字で構成された詠唱を元に、様々なこの世の原理へ命令を下し、捻じ曲げる異能の力。
何も無いところから炎を出したり、指先一つで物を動かしたり、体を霧散させてしまう、というのも彼女の言葉が操っているもの。つまり命令。
この命令が正しく出来なければ、従わせることができず、術者はペナルティーを与えられてしまう。
つまり、彼女はこのビライド全ての理を動かすことが出来る唯一の者であるということ。
彼女の他にこれを出来るものは既にこの世におらず、以下は上位魔術師、下位魔術師と呼ばれている。
彼女の親族、はたまた彼女の親族が他の誰かに解読方法を伝えた者が自分の技量に合った術を生活や用途に合わせて使役しているのだ。
もし彼女が誤った使い方をすれば、ミュータントの末路、劣悪種という最悪の事態を招きかねない。
シェリルは不安が残る気持ちで彼女のいたエントランスにそっと振り返るのだった。
放課後。シェリルは学校に親しい者がいないため、クラブにも所属しておらず。自分のロッカーから課題と着替えをまとめ、帰宅するべく準備をしていると、背後から急に声を掛けられて手を止める。
ロッカーの鏡で確認した姿に、シェリルは一瞬、息を止めて振り返った。
「何かしら?」
「あなた、シェリル・バウスフィールドさん?」
背後に居たのは、サラだった。
ウエーブのかかったツインテールが軽く揺れて、彼女は端正な顔に綺麗な笑みを浮かべる。まさか向こうから接触してくると思っていなかったシェリルは、出来るだけ平静を装い、彼女の次の言葉を待った。
「初めまして、私、サラ・エイブリッジ。あなたが同じ学年で唯一クラブに入ってないって聞いたからちょっと声掛けてみたの。どう、これから少しお話しない?」
「…ええ、構わないわ…特に用事はないから」
シェリルはロッカーを閉め、強張った表情で笑みを返す。それは見る人が見れば動揺だと気づいたかもしれない。サラがそれに気づいたのかは分からなかったが、彼女は一言、嬉しいわ、と変わらぬ笑みをシェリルに見せる。その美しい笑顔に、シェリルは少し寒気すら感じて首を振った。
聞き出すことはもう決まっている。カルクに申し訳ないと思いながらも、踵を返した彼女の背中を睨みつけるようにして、その後に続き、シェリルは学校を出た。
サラが案内したカフェは落ち着いた雰囲気の店だった。
学校から近いためか、ぽつぽつと同じ学校の生徒の姿が見られたが、サラは他の生徒たちから一番遠い席を選んで座り、シェリルが座ったのを見てにっこりと微笑んだ。
「ここ、よく来るの。落ち着くでしょ?まあお店を経営しているのはミュータントみたいだけど」
「ねえ、聞きたい事があるの」
シェリルが堪えきれず、そう切り出すと、サラはシェリルの柔らかい口元に指先を持ってゆき、首を振った。
「その前に私の質問、先にいい?」
「…何?」
注文に来たウエイターに水でいいと断ったサラを不審に思いながらも、シェリルは紅茶を頼み、言葉を途中で止められたのが気に食わない表情で彼女の言葉を待つ。
サラは緩慢的な動作で水に口をつけ、静かに息を吐いて言葉を続けた。
「あなた、古の種族でしょ」
シェリルは何か反論しようかと口を開くものの、事実を尋ねられている為、これを否定すれば嘘になることを早々に理解し、抵抗するかのように意味をなさない言葉が少し口から漏れ、それはため息へと変わった。
彼女は何を考えているのか、不安が体中を駆け巡り、やっとの思いでシェリルはサラへと言葉を返した。
「それが何か?」
「やっぱりそう。あなたも伝えられた魔術師なのね!私実はあなたが魔法を使うところを見てしまったの。ねえ、教えて。どうしてあなたは術者であることを誇りに思わないの?」
「それは…」
シェリルは彼女の言葉に引っかかりを覚えて、しばらく適切な言葉を探すために口を閉じた。
サラはシェリルがこの世界で最後の魔女であることを知らない。エミリアの親族ではないと思っているのだ。それはシェリルにとって好都合でもあった。下手に知られて、自分までもブラックファイアに目をつけられては敵わない。彼女が急かしてくる前に、シェリルは答える。
「術を使うのが…怖いから…」
「怖いなんてことないわ、これは誇っていいのよ?古代文字を解読し、理解して、使役するっていうのは、とってもすごいことなのよ?」
少し体を乗り出して熱弁する彼女に、シェリルは納得する。
彼女は最近、魔術を使えるようになったのだと。となれば、シェリルがする質問は一つだった。
「…すごいのね、サラ。あなたは一体、誰に解読法を教わったのかしら?」
サラは一度、目を大きく見開いて言葉をとめる。そして突然落ち着いたように椅子に深く座り込むと、意外な一言を小さな声で返した。
「エミリア様から…教わったのよ」