プロローグ
大お祖母様のお言いつけ、みだりに人前で力を使ってはいけない。
その力はこの世界の根底を乱し、争いを生み、命を奪うもの。決して誰かを救うための力ではないということ。身に余る強大な力は、自分を滅ぼすということ。私はそれを16年間心に刻んで生きてきた。
Last witch
空中に浮かぶ都市、ビライド。その都市は四つの種族からなる世界。
まずビライドの頂点に君臨するのは人間の進化種であるミュータントと呼ばれる種族。姿、形、全ては人間と差異なく、彼らは人間ならざる力を持っている。時に念力であったり、時に時空移動であったり。
そうしたミュータントがこのビライドの力では一番上の存在で、ミュータントであれば政治家などに優遇されることがある。
次に古の血族と呼ばれる種族。彼らはたった一人の魔女、エミリア・オルブライトから枝分かれした血を別けた種族。しかしながら混血も存在し、彼女が広めた魔術を人間に教えた者もいたため、彼女が指し示した古の文字が解読できるものをそう呼ぶ。
その次に人間。特にたる能力も持たないが、その高い頭脳を生かし、技術開発、医療などの全面を担っている。また軍人もミュータントに比べて人間が多い。そして数はミュータントの倍以上はいる、ありふれた種族だ。
最後に、ミュータントとしての能力を限界まで引き出し、既に人型を保てなくなった劣悪種。主に能力の異常変異が原因の為、ミュータントから劣悪種が生まれることも少なくない。そして彼らは殆ど自我を失っており、もはや人間ですらない。しかしながら年々その数を増やし、ビライドの街を闊歩し、危害を加えているようなら駆除されている害獣にすぎない。
そんな四つの種族が互いにあまり干渉しあうことなく、己が能力をそれなりに使って助け合いながら生きているのが、この空中都市、ビライドなのだ。
シェリル・バウスフィールドは孤独な少女だった。
彼女の母親は彼女が生まれたばかりの頃に病気で他界し、唯一の父と、祖母は数年前、とある事件によって命を落としてしまい、彼女は一度に天涯孤独と成り果てた。
しかしながら、彼女の両親、そしてその家系は古の血族であり、ビライドでは優位種族であるため、彼女の生活に不自由はなかった。
決まった時間に起床し、一人っきりでは広すぎる豪邸から出て学園に通い、適当に授業をやりすごしては再び帰宅し、このサイクルを続けている。
彼女の従者である青年、カルクは彼女の鞄を静かに差し出して机に頬杖つく彼女を見つめた。不機嫌だ。そう思った。
「いかがなさいましたか、お嬢様」
「もしかして…忘れてないわよね?」
念を押すように、分かっているだろうというように尋ねられた言葉に、カルクはすぐに何を指しているのか気がついて頷く。明日は彼女の17回目の誕生日なのだ。
シェリルはカルクから渡された鞄に顎をのせ、大げさにため息をついた。この屋敷で働いているのはこの従者の青年カルク、執事のアレクシス、メイドが三人、家庭教師の老人が一人。計6人となる。彼女には目立った友達もいないため、毎年の誕生日は憂鬱だった。
シェリルの両親がまだ存命だった頃は、沢山の従者が住むにぎやかな屋敷だったのだが、父と祖母の死から、シェリルは自らの選択でこの6人以外を解雇してしまったのだ。自業自得といえばそういえる。
「…でも、いいわ…。明日学園の委員作業があるもの…遅くなるし」
「ではせめてご夕食だけでも華やかにさせて頂きますよ、お嬢様!」
「わがまま言ったわ、ごめんなさい。ちょっと構ってもらいたかっただけだから別に気を遣わなくていいわ」
カルクは内心、彼女を不憫に感じていた。
カルクはこの屋敷に、身寄りがなかった少年時代この屋敷の主である彼女の父に拾われて住み込みで働くことになったのだ。彼女の父に恩があり、また彼も父親同様慕っていたためその死から三年経った今でも受け入れられずにはいた。まるで自分の心境を重ね合わせるように、カルクはシェリルを見つめているのだ。一度大きく首を振り、カルクはそんな考えを跳ね除ける。
「…朝食、今持って参ります。ご夕食の事も私がしたくてすることですので…」
「そう、…なら任せるわ」
言葉と共に溢れ出たため息は、ダイニングに反響してすぐに掻き消えた。カルクは一度礼をして、その場を後にする。
シェリルは誰もいなくなったダイニングで窓の外に鳥が羽ばたく様子をじっと見つめて指先を動かす。小さな音と共に窓が独りでに開いて、やんわりと冷たい風が室内に流れ込んだ。
「おばあさま…、私はあなたが亡くなっただなんて…まだ、信じられません…」
シェリルは一度、背を向けていたダイニングの肖像画に振り返る。美しい笑みを湛えた女性が描かれている。
彼女こそ古の血族の創始者、エミリア・オルブライトである。
指先に込めた魔法の粒と、その肖像画を見つめながらシェリルは目を閉じた。今でも鮮明に残る、祖母の姿を。