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第7話 密輸女子高生⑦

 異種族は見た目通りの年齢とは限らない。この世界に来て学んだことを今更思い出す。怖い。それにすごく痛い。ああ、どうしたらいいの。目に涙がにじむのが分かる。


 『おやおや泣き出すんですか』悪魔と会った日のことが頭をちらついた。『只人(ヒューム)、特に若い雌の個体は窮地に陥ると泣いて固まってしまうことがよくありますねえ。それで何か解決できるとも思えないんですが、実際のところどうなんですか? 何か種の生存に必要なことだったり?』


 怒りが頭を冷静にする。瞬きして涙を払う。考えろ、なにかヒントがあるはずだ。この場を切り抜けるために。今日を生き延びるために。


「ふ、ふふふ」


 場にそぐわない笑い声が聞こえた。若い女の声、ユキだ。


「前もこんな事あったね。ほら、学年主任の星野先生が香り付きのリップグロスはだめだって宮川さんに言ったじゃん」


 急に何を言っているんだ? 


 ヘリックもあっけにとられて私の髪を離した。上半身に力を入れて、なんとか石の床と再開するのを防ぐ。ええーっと、こんなことってはまさに今の尋問を指しているんだろう。


 私が知らないうちに現代日本の教育現場はかなりバイオレンスな時代に突入していたようだ。いや違う。そうだ、確かに星センが宮ちゃんにグロスやめろって言ったことがあった。ただし場の空気は今の五百倍は軽かったし、口調ももっとずっと優しかった。


「思い出した? あの時宮川さんがさ」


 ヘリックが仲間に向かって頷くと、只人の検査官が前に進み、手の甲でユキの頬を平手打ちした。口の中を切ったようで、ユキの口から一筋の血が垂れる。それでも彼女に怯んだ様子はなく、相手を見透かすような力強い目で目の前の男を見返した。男はたじろいだ。もし視線に力があるなら、あいつの顔には穴が空いていただろう。


 だが私たちが見るべきはユキの顔ではなかった。彼女は拘束された両手で自分の胸を二回叩いた。意味は、『声を出せ』。私は肺いっぱいに空気を吸い込んでまくし立てた。


「そりゃないんじゃないの? ユキが何したってのさ。だいたい私たち善良な商人とっ捕まえていじめる前に、もっとやることがあるでしょーが!」


 手下たちもサインに気づいて立ち上がり、一斉に騒ぐ。


 ガヤガヤ、ギャンギャン。


 ユキを殴った検査官含め、守衛たちの顔には困惑が浮かんでいる。ひょっとしてこの熱量があれば、脱出できちゃう?


 そんな考えが一瞬頭をよぎったときに、ヘリックがテーブルを握りこぶしでドンと叩き、小人とは思えないほどの大音量で言った。


「全員抜刀! 頭目の女以外、次に勝手に口を開いたら斬ってよし!」


 さっきまで私たちの勢いに押されていた男たちの目に力が宿った。彼らはそれぞれの剣を構える。むき出しの刃物を見ると、広いと思っていた取調室が急に狭く見える。何より彼らは、脅しではなく本気で私たちを殺すつもりだ。


 手下たちが口をつぐみ、場が静まる。宿舎の外の平和な喧騒が聞こえてきた。


 リーダーの代理としての自覚が芽生えた訳では無いが、なにか言わないといけない気がして口を開く。


「みんな、椅子に戻って。大丈夫、大丈夫だから」


 口をつぐんだまま、みんなは椅子に座る。拘束された手では倒れた椅子を直すことが出来なかったので、私は立ったままだ。


 男たちが剣を納めた。ヘリックが私の正面の椅子に再度腰掛ける。私の椅子を戻してくれるサービスは期待できなさそうだ。先程までの激昂が嘘だったかのように、彼は穏やかな口調で言う。


「さて、それじゃ話を続けましょうか。」


 ユキが何を意図していたまでははっきり分からない。だが、彼女がこの土壇場で無駄なことを言ったりさせたりするはずがない。私は胸を張る。口から言葉がスラスラと出てくる。


「そもそもこの話の発端から誤解が生じているようなので、まずそれを正しておきたいのです。そこの瓶に入っているのは、クラーケンの墨なんていうものではありません。それは……ただの健康飲料です。体の中からキレイにする、が売り文句の新商品ですよ。誰に卸すかははっきり決まってはいないんですが、この街のハイソなご婦人方にウケるんじゃないかと思いまして」


 宮ちゃんが星センに怒られた時、彼女は言った。『先生。これはおしゃれ用品なんかじゃないです。包帯や湿布と同じ、健康グッズなんです。健康を維持するための物品の使用や持ち込みは、校則でも認められていますよね』


 ハーフリングのヘリックは私の言葉をしばし吟味しているようだった。クラーケンの墨は最新の麻薬だ。ならば……ひょっとしてこの街の検査官たちも実物を見たことがないのでは?


 これでいいんだよね、ユキ。


 ちなみに宮ちゃんの披露した理論は、青筋を立てながらも必死に怒りを殺した星センの指摘によって打ち破られた。


 ①リップクリームの使用は認められているが、健康グッズというなら無駄にプルプルさせる必要はない。


 ②そのリップグロスは香りがついている。なるほど、単体ならいい匂いと思う者もいるかもしれない。だが、クラス中の女子が(あるいは男子も)全員好き勝手な香りをつけたらどうだろう。教室中がニオイの不協和音でひどく臭くなるとは思わないか……。


「ふむ、ふむふむふむ、なるほど。なかなか面白い話だ。クラーケンの墨ではなく健康飲料だ、か」


 足を組んだヘリックが右手をあごに当てる。小人はこの世界の多様な人種の中でも侮られやすいらしいが、彼を軽く見る人間はこの空間には一人もいない。


「では、こうしましょう。一本まるごと飲んでみてください。それで元気なまんまだったら、僕たちの勘違いだったってことで」


 え……飲む? クラーケンの墨を?


 ガウ・ルーはなんて言ってたっけ。


 そうそう、『味見するなよ。実際には二十倍に希釈して使う。原液を間違えて飲んだら二口で天国までぶっ飛ぶぞ』だ。それを一本全部飲め、と?


最後までお読みいただきありがとうございます。

創作の励みになりますので、「面白い」「続きが気になる」「二人に無事でいて欲しい」

と思っていただけましたら、ぜひ星評価とブックマークをお願いします。

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