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夢見ガチなおっさんは少女勇者の夢を見る  作者: お結


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最終決戦!!!

 戦場には、もはや沈黙しか残されていなかった。



 あたり一面、黒く焼け焦げた大地の上に、魔族たちの骸が折り重なっている。

 引き裂かれた翼、砕かれた角、溶けた甲冑――どれも血と灰にまみれ、夜気に濃い鉄のにおいを漂わせていた。


 その中心に四つの影が静かに立ち尽くしていた。



 息を切らしながらも、誰一人として膝を折ることはない。


 そして、そのなかの剣を杖の様にして立っていた少女が、最初に動き出した。



 彼女こそが、人類の希望『勇者』と呼ばれた少女だった。



 彼女の隣に並んだのは、淡く輝く癒しの光をまとう聖女。

 旅のはじまりから勇者とともにあり、たがいに親友と呼び合う同世代の少女。


 白衣のすそをなびかせて、勇者の少女から順にひとりひとり、仲間の無事を確かめていた。



 後方には、長く白い髭を撫でながら、眼を閉じた老賢者。

 杖の先に刻まれた魔印は、まだ昂りが収まらないかの様に微かに燻っていた。



 そして最後に、血濡れた大剣を肩に背負い、あたりを警戒する精悍な貴公子。

 100年に一人の剣の使い手と呼ばれる、剣聖が控える。



 戦いは熾烈だった。


 

 敵も味方も否応なく命を奪い奪われ、命を賭け、踏みにじって、ついにここまで来た。



 それでも彼らの表情には後悔の影はなかった。


 夜に覆われた断崖の上、彼らはただ静かに、これから向かう最後の地を見上げていた。






 目の前に広がるのは、絶望の象徴。



『魔王城』



 幾重にも重なる黒石の壁が、空を裂くようにそびえ立っている。


 外壁には邪悪な魔法陣が浮かび、霧の様な瘴気を吐き出しながら生き物のように脈打っていた。

 とぐろを巻く魔力の濁流が、城の周囲に見えない壁を形成しているのがわかる。


 何人たりとも容易には近づけないという威圧感。それでも、勇者の少女は一歩も引かなかった。




「ついに。ついに、ここまで来たんですね」



 白銀の鎧に包まれた黒眼黒髪の少女。その小さな背中が、漆黒の城を見上げる。

 声は静かだった。が、そこには凛とした強い気迫が宿っていた。



「これが、終わりの始まりってやつですか」


 貴族然とした成年が皮肉まじりに言った。


 肩にのせた剣の重さは変わらないのに、心は少し軽くなっている。長きに渡った旅路の果てにようやく辿り着いた終着点。そこに立っていることが、何よりの証だった。



「本当は弟子たちが、ここに立つはずだった」


 老人は尖塔を見上げたまま、誰に言うでもなく呟いた。

 自分の方が、先に逝くべきだった。そんな当たり前すぎる理屈が、胸の奥を震わせた。声を荒げるでも、涙を流すでもない。ただ静かに過去を振り返っては首を垂れた。



「勇者様、こわいですか?」


 隣に立つ聖女が、そっと勇者に問いかけた。



「……いいえ」


 少女は首を横に振った。


「皆がいてくれるから……ここまで導いてくれた、みんながいてくれたから」


 言葉が一つにまとまる。



 闇の城を前にして、彼らの間には、心を結ぶ静かな火が赤く灯っていた。






 風が吹いた。




 血と灰の匂いが混じった澄んだ冷たい空気の中、勇者の少女はゆっくりと振り返り、仲間たちを見渡す。



「私たちは……この手で、終わらせる。魔王を倒し、この世界に恒久の平和を!」



 静かな声が、声が夜空に響いた。焼け焦げた地に落ちた。


 それは彼女の強い意志。そして、心の奥に潜む願いでもあった。


(魔王を倒して、帰るんだ。元の世界へ)




 少女は一歩、魔王城に向かって踏み出す。




「女神エリュシア様の名に誓います。もう、誰一人として傷つけさせません」


 勇者の背中に続いた少女は、手のひらを胸にそっとあて、祈りとともに目を閉じる。その穏やかな表情には、静かな微笑みと、精錬された敬虔さだけが浮かんでいた。



「ならば私は守ろうとしましょう、君たちを。我が家名と、この剣にかけて」


 さりげなく二人の前に出た赤いマントの裾が、風を纏い静かにたなびいた。一切の無駄を削ぎ落としたその動きには、華麗さの奥に研ぎ澄まされた武威が宿っていた。



「……老骨には、そろそろ厳しいのじゃがな」


 杖を突いた老人が、無理なく立つための位置を確かめる様に微かに足を動かした。溜息のように出たその言葉には、疲労でも悲嘆でもない、妙な達観がにじんでいた。



 まるで、役目を終えるまでは死ねぬと決めている者の様に。




 少女は一歩、魔王城に向かって踏み出す。




 城の高みに視線を向ける。


 黒くそびえる塔の一角……そこに、あの姿があるはずだった。


 闇そのものを纏う者。混沌の王。かつて、彼女の名を呼び、問うてきた者。



「魔王……ベリアンヌ=ルクスレイヴ」



 その名を呼んだ瞬間、胸がズキリと疼いた。



 それは恐怖でも、怒りでもない。

 苛立ちにちかい、名状しがたい感情。



 幾度かの邂逅。


 そのすべてで彼女、魔王ベリアンヌは、剣を交えることなく姿を消した。


 それは、戦いを恐れたからではない。

 ただ、その闘争に意味を感じなかった、それだけ。



 面白くない。つまらない、くだらない。退屈じゃ。



 そんな目を向けてきた、人ならぬ絶世の美女は、その度に勇者の少女に問うてきた。



 ――悪とは、誰が決めるのじゃ?


 ――平和とは、どこから、どこまでのことを言うのかのう?



 嘲るような笑み。

 

 それは強者として、この世界に意味を求める者の、あまりに空虚で傲慢な言いよう。



 少女の胸が再び、鈍く痛んだ。



 胸元で揺れていた銀のペンダントが、彼女の戸惑いに応える様にうっすらと光った。


 それは“女神エリュシアの加護”と呼ばれる聖なる印。


 勇をいただきし者の魂を導くとされ、この世界に召喚された際、最初に聖堂で授けられたものだった。


 少女はその光に気づくと、そっとそれを握りしめる。



 胸の奥に刺さった疑念の棘が、すぐに融解してゆく。




 「……魔王は、悪。悪は、魔王……」




 うわごとのようにつぶやきながら、勇者は、剣の柄を強く握った。



 聖女が、その背に優しく手を添えた。


 賢者が、長年使い込んだ杖を撫でた。


 剣聖が、剣を鞘から抜いて微笑んだ。




 人の希望を背負いし四人は静かに、また一歩、一歩と足を進める。




 今まで、誰ひとりとして人の侵入を許さなかった、黒い石段に足音が刻まれてゆく。


 そこは、まだ戦いに晒されていない空白の領域。

 けれど、その静けさこそが何より恐ろしかった。


 勇者らは、ひとつも躊躇せず、その地を踏み抜いていった。



 無言のまま、ただ前へ。



 笑った日、泣き尽くした日。


 守れた日、守れなかった日。


 進んだ日、立ち尽くした日。



 そのすべてにカタチづくられた彼らの歩みは、このあとに訪れる最後で最大の戦火、その前触れのように、響いていった。




 戦うためではない。


 終わらせるために。


 そして、その先にある明日を、手に入れるために。





 

 最奥の扉を目前に、勇者は足を止めた。


 扉の向こうから強大な力が漂ってくる。


 この先に魔王、ベリアンヌ=ルクスレイヴがいる。




 「……行くよ」




 少女の声に誰も答えない。


 ただ、静かにうなずいた。


 剣を握り、祈りの印を結び、杖で軽く地を叩いた。




 「夢幻の勇者ナギサ・キサラギ、推してまいる!!」




 その瞳に宿るのは、揺るぎない決意と正義。



 そして、少女の濁った瞳がわずかに揺れた。






 最後の戦いが、いま、始まろうとしていた。

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