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港の部屋。

天井のライトは消して、ベッドの横の小さな間接照明だけがついていた。

オレンジ色のやわらかい光に照らされた室内は、外の世界と切り離されたみたいに、静かでやさしかった。


港はベッドに座っていて、黎は床に置いたクッションに腰を下ろして本を読んでいた。

この空気も、もうすっかり馴染んでいた。

ふたりとも、声を出さなくても息の仕方が似てきたようで、同じリズムで落ち着いていくのが分かる。


ふと、港がぽつりと呟いた。


「……なあ、黎」


「ん?」


「いつも、ありがとね」


黎は視線を上げて、港の顔を見た。

港は、どこかくすぐったそうな笑みを浮かべていた。


「抱きしめてくれたり、撫でてくれたり、頭を預けさせてくれたり。

 そういうの、すっごく嬉しいし、救われてる」


黎は少しだけ照れくさそうに笑った。


「……そりゃ、俺がしたくてしてることだしな」


「うん、だから今日は――」


港が身を乗り出して、黎の手をとる。

やさしく引っ張って、ベッドの上に誘った。


「今日は、黎の番ね」


黎の眉がほんの少しだけ上がる。


「え?」


「甘やかされてばっかりだから、たまには黎も“される側”になってほしいの」


「いや、俺は……いいから」


すぐにそう返ってくるのは予想通りだった。

黎はいつだって「与える」側にまわろうとする。

「受け取る」ことに慣れていない。

それが、港にはよく分かっていた。


だから、港は引かなかった。


「ダメ。今日は、俺がしたいの。ね?」


黎が言葉に詰まったまま、港を見つめ返す。

その目は、本気だと語っていた。


「……そっか。

 じゃあ……少しだけ」


「全部でいいよ」


港がにっこり笑って、黎の手を引いたまま、抱き寄せた。

腕を広げて、その中に黎を包み込むようにして。


「ほら。甘えていいよ」


黎は少しだけ身体をこわばらせて、それから、ため息みたいに息を吐いた。

ゆっくりと、港の胸元に顔をあずける。


「……こんな感じでいいのか?」


「うん。すごくいい」


港の手が、黎の背中をゆっくり撫でる。

優しく、等間隔で、まるで黎が普段自分にしてくれているみたいに。


「いつも俺が頼ってばっかりだったからさ。

 黎にも、こういうの必要なんじゃないかなって思ってたんだ」


「……俺は、別に……」


「強がらなくていいよ。

 俺、黎がときどき疲れてるの、ちゃんと気づいてるから」


黎の肩が、ほんの少し震えた。

それは泣いているわけじゃなくて、

たぶん、堪えていた何かがほどけそうになっているから。


港は何も言わず、ただ抱きしめた。

片手で髪を撫でて、もう片方で背中をとんとんと叩く。


黎は、しばらく何も言わなかった。

けれどそのうち、ぽつりとこぼす。


「……俺、お前にこんなことされる日が来るとは思ってなかった」


「でも、ちゃんと来た」


「……ああ。来たな。お前、ずるいな。あったかすぎて、泣きそう」


「泣いていいよ。俺しかいないし」


「……ほんとずるい」


港はそれを否定しなかった。

むしろ、自分が“黎にとってずるい存在”であることに、少しだけ誇らしさすら感じていた。


「……ありがとな、港」


「こちらこそ、ありがと。いつも」


ふたりの間に沈黙が戻る。

けれどその沈黙は、ひどくやさしくて、あたたかくて。

港の胸に顔を埋めた黎の背中が、少しずつ力を抜いていくのが分かった。


そして港は、静かに思った。


――この世界は、まだ“休憩ループ”のままでいい。

黎がこうして甘えてくれるなら、もっともっと、ここにいたい。


今だけは、自分が守る番だから。


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