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少年院に入るまで、あと二日。

その日は、灰色の空だった。

雲は重く、陽射しは落ちてこない。

けれど雨が降るわけでもなく、ただ、空気だけが鈍く冷えていた。


黎は、警察の車に乗って、墓地へ向かっていた。

制服ではない。私服だった。

手錠もない。監視の刑事がふたり、後部座席で静かに彼を見守っている。


港の妹、凛の墓参り。

最後のお願いだった。


「取り調べにはすべて応じました。

 だから、どうか……せめて一度だけ、墓参りをさせてください」


その言葉を、警察は黙って受け入れた。


彼の態度は終始、真摯だった。

港を殺したことも、動機も、自分が背負う罪も、すべて包み隠さず語った。

ただし、「なぜ港が死を繰り返しているのか」については、一言も漏らさなかった。


それは、港との約束だった。

あの力のことは、誰にも言わない。

港が背負ってきた理由も、苦しみも、すべてをそのまま、自分の胸に留めておく。


――凛ちゃんを、救うため。


それが、港が繰り返してきた理由だった。

無数の死の果てに、それでも凛を救えず、それでも挑み続けてきた。


黎は、その妹を“原因”だと恨んだことがある。

もし凛がいなければ、港は死ぬ必要なんてなかった。

自分が親友を殺す必要も、なかった。


でも、同時にわかっていた。

港が、どれほど凛を想っていたか。

愛していたか。

誰よりも、家族を、大事にしていたか。


だから、黎もまた、凛のことを憎みきれなかった。

それどころか、きちんと――大切に思っていた。


墓地に着いた。

石段を登る途中、先に人影が見えた。


女性がひとり。

黒の長袖に、紺色のロングスカート。

どこか懐かしい立ち姿。


「……お母さん」


思わず小さく、黎はつぶやいた。

港の母親だ。

中学の頃から、何度も家に遊びに行っていた。

夕飯を一緒に食べたこともある。

笑い声が多くて、優しくて、少し涙もろい人だった。


足音を立てないように近づいて、後ろからそっと声をかける。


「こんにちは。お久しぶりです」


それは、あまりにもいつも通りの、丁寧で静かな声だった。


女性は、ゆっくりと振り返った。

瞳が赤く、目の下には深いくまがある。

でも、怒りはなかった。


あるのは――ただ、悲しみだけだった。


「……黎くん」


その声が、震えていた。


「どうして……港を?」


黎は、答えるまでに時間を取らなかった。

まっすぐに目を見て、迷わず言う。


「そうする必要が、あったからです」


それがすべてだった。

タイムループのことも、未来のことも言えない。

言えば彼女は混乱するし、信じないだろう。


だから、ただ、自分のしたことの責任だけを語る。


「どんな言葉も、受け止めます。

 お母さんが言いたいことがあれば、何でも言ってください」


港の母親は、小さく口を開き、何か言おうとして――やめた。


その代わりに、ぽつりと、静かに言った。


「……私は、あなたを許せないわ」


黎は、少しだけ微笑んだ。

それは、安心したような、あたたかい顔だった。


「ええ。分かっています」


その言葉に、嘘はなかった。

許されないことをした。

絶対に。


いくら事情があろうと、誰を救うためだろうと、

港を、親友を、自分の手で殺した事実は変わらない。


墓の前に立つと、名前が刻まれている。


「白波 凛」


その横に、小さな花と折り鶴。

いつも港が持ってきていた手紙の束は、今日もあった。


黎は、そこにしゃがみ込む。

手を合わせ、目を閉じる。


「凛ちゃん。……君を救うために、港は、ずっと頑張ってたよ」


心の中で、そう語りかける。


「……俺も、君の兄さんを守るために、必死だった」


「……でも、ごめん。

 あいつのこと……俺の手で、終わらせた」


手を合わせたまま、涙は落ちなかった。

そのかわり、手が、少しだけ震えていた。


墓参りを終えると、黎は立ち上がり、港の母親のほうを振り返る。


「ありがとうございました。最後に、来させてくれて」


「……もう、来られないのよね」


「はい」


警察が近づいてくる。

時間だ、と肩を叩かれる。


「どうか……体を、大事にしてください」


黎は、深く頭を下げた。

その姿は、凛と港を愛していた、ただの少年だった。


港の母親は、その背中に、そっと言った。


「……港のこと、最後までありがとう。

 許せないけど……でも、ありがとう」


その声に、黎は何も返さなかった。


ただ、警察の車に乗り込んで、

窓越しに空を見た。


もうすぐ、港が帰ってくる。

また、世界をやり直す。


そのとき、彼はこの世界を「正せる」と信じている。


黎は、その背中を支え続ける。


たとえ、もう二度と会えないとしても。


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