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放課後の空気は、どこか緩んでいる。
陽はまだ高く、セミの声はもう聞こえない。
制服のシャツを少し開け、港と黎はいつものように並んで歩いていた。
今日はアイス。
昨日はカラオケ。
その前は、図書室で漫画の朗読ごっこ。
「今日は暑いな」
「うん。でも秋の風、混じってる」
「港って、そういうの気づくよな」
「……意識してると、わかるようになるよ」
そんな他愛もない会話が、港との“最後の会話”になることもある。
黎は、それを忘れたことがなかった。
毎回、港の命を見届けるたびに、それまで交わした小さな言葉が焼きつく。
それでも、黙っているのは嫌だった。
誰かの手で終わるのは、もっと嫌だった。
だから黎は言ったんだ。
「殺すのは、俺がやる」と。
「安心しろ。痛くしない。
せめて、お前の最後くらい、俺の目で見送らせてくれ」
それは願いであり、呪いだった。
港はその願いを受け入れて、
黎はその呪いを背負った。
──公園のベンチに座って、ふたり、スマホをいじっていた。
港が、ふと時間を確認する。
そして、小さく呟く。
「あ」
黎は、顔を上げた。
その一言の重みを、何度も体に刻まれている。
「……失敗した」
港の目は、淡々としている。
感情はある。けれど、取り乱すことはない。
それが何百回目かの失敗でも、同じように彼は受け入れてきた。
「そうか」
「……うん。いつもの、お願い」
黎は息をゆっくり吐いた。
胸の奥がざわつく。
けれど顔には出さない。
「……ああ」
少しだけ、手が震えた。
それでもポケットの奥、いつもの場所にあるナイフに指をかける。
「港」
「なに?」
「……お疲れ様」
「……うん。次は、もっとうまくするよ」
港は微笑んだ。
黎の前で、最後の顔を作るように。
その笑顔を見てから、黎はナイフを取り出す。
刃は小さいが鋭い。切れ味は毎日研いでいる。
何度目かの「一瞬で終わらせる」ために。
喉元に、刃をあてる。
港は目を閉じる。
そして──
一閃。
鮮血が弾ける。
刹那の沈黙。
それから、辺りに響く悲鳴。
女子高生がスマホを落とし、男子学生が後ずさる。
誰かが叫び、誰かが駆け出し、誰かが震えてその場にうずくまる。
黎はそれらを無視した。
港の体を受け止め、そのまま膝に抱く。
温かい。まだ生きているようで、それがいちばん辛い。
「……また、な」
誰にも聞こえないように、小さく呟いた。
スマホを開く。
血で汚れた画面をぬぐい、地図アプリを開く。
交番の場所を調べ、経路を確認する。
「殺人をしました。彼は僕の友人です。
倒れるまでの時間は、だいたい……」
通報するのではなく、報告のように話すその声は淡々としていた。
港の死体を抱え、黎は立ち上がる。
足元は重い。人の体は、生きていても、死んでいても、変わらず重い。
道を避ける人々。
写真を撮る者、動画を回す者、叫ぶ者、逃げる者。
それらをすべて通り抜けて、黎はまっすぐ交番へ向かう。
港は、また帰ってくる。
だから黎は、この一度の“死”を、誰より丁寧に終わらせる。
──タイムループの起点は「港の死」。
それを「確実に見届ける役目」を、黎は選んだ。
それが、親友への、唯一の贖罪であり、祈りであり、愛情だった。