ターゲット一人目!
そんなわけでアリーシャの目標はラルフの婚約者を見つけることと、義母が本当に浮気しているのかを探る二つとなった。
ラルフの婚約者候補はなんとか三人にまで絞れ、次は直接この目で見て確かめるフェーズに入る。
逆に義母の浮気調査は難航していた。
あれ以降あの男の姿はなりをひそめており、義母が誰かと会っている様子もない。
さりげなく使用人たちにも見知らぬ男を見なかったかと聞いたが、みな首をかしげるばかりだ。
つまりあの男は誰にも見られることなく、伯爵家に出入りしていたことになる。
そんなことできるのかと疑いつつも、実際に起こってしまったのだから仕方がない。
男のほうを探ることができないのなら、義母のほうを監視することにした。
とはいえアリーシャにはラルフの婚約者を探す方が最優先なため、義母の浮気調査は侍女のナナリーに一任することとなった。
「奥様が浮気……ですか? …………あの奥様が?」
「私も信じられないわ。……それに、可能性の話よ」
なんだかんだ父と義母は仲がいいので、ナナリーの疑いの眼差しも納得できる。
しかしアリーシャはこの耳で聞いてしまったのだ。
義母と男が部屋の中で二人でいるところを……。
「違うならもちろんそのほうがいいわ。むしろ違っていたと安心したいがためにも、調べたいのよ」
「……わかりました。そういうことでしたら、お受けいたします」
「あなたが頼りだわ。任せたわよ、ナナリー」
ということで、アリーシャはラルフの婚約者探しに力を入れることにした。
候補はズバリ三人。
男爵家令嬢、六歳のルナーラ。
伯爵家令嬢、五歳のリリアナ。
侯爵家令嬢、五歳のエリザベス。
もちろん家柄は申し分なく、全員幼いながらに美しいと有名な令嬢たちだ。
あのラルフの隣に立つのなら、それ相応の容姿は必須だ。
さらには彼女たちの両親が、幼いころに決まった婚約者と結婚したという実績がある。
幼い子どもによい相手をと、早くから動いているのもポイントが高い。
社交界に出てから相手を探すのではない。
運命の相手を早くから見つけてあげようとするその心意気はあっぱれである。
というわけでアリーシャはこの三人に目をつけたのだ。
「というわけでまずは男爵令嬢、ルナーラに会ってみないと」
婚約の話を持ちかけてしまえば、あれよあれよと進んでしまうかもしれない。
そうではなくじっくりと見極めなくては。
普段の立ち居振る舞いにこそ、本当の姿が現れるというものだ。
というわけでアリーシャは情報を手に入れ、ルナーラがよく行くというブティックにやってきた。
もちろんアリーシャは嫌な意味で話題の的なので、帽子を目深に被って不審者モードでだ。
「聞きました? コーエン男爵が後妻を迎えたとか」
「二十歳も歳下のでしょう? 昔から浮気ばかりしていたようですけれど……。こりませんわね」
最悪な話を聞いてしまった。
アリーシャは手元にある桃色のドレスを見つめつつ、思わず顔を歪めてしまう。
アリーシャだって両親がもっと凝り固まった思考の持ち主だったら、そういった未来もあったかもしれない。
一度婚約破棄した女とそういう関係になろうと思う人はなかなかいないからだ。
二十も三十も歳上の男に嫁がされるなんて、想像するだけでゾッとする。
やはり結婚関係は急いで損はない。
アリーシャはその場から離れると、次は黄色いドレスを眺める。
「王女様がBLUE BLOODに夢中なんですって!」
「え!? 王女様って確か隣国の王太子と婚約してるんじゃ……」
「そうよ。だからこそ、国王陛下もお困りなのよ。王女様がBLUE BLOODと結婚するって騒いでるみたいだから」
「あらぁ……」
出た、とアリーシャの鼻に皺がよる。
またBLUE BLOODだ。
この名前を短期間に何回聞けばいいのだと飽き飽きしてきた。
しかも王女の心まで奪うなんて、どれだけ騒ぎを起こせば気がすむのだ。
「これで王女様と王太子の結婚とりやめなんてなったら……戦争とか起こらないわよね……?」
もしかしたらそんな最悪なことが起きてしまうかもしれない。
たった一枚の肖像画でここまで女性たちを狂わすなんて、いったいどんな男なのだろうか?
人を魅了する美しい容姿なのかと考えると、若干の好奇心が湧いてくる。
どこぞで一度くらい肖像画を拝んでみるべきかと悩むアリーシャの耳に、ドアが開くベルの音が響いた。
「――あら、いらっしゃいませ」
「どうも。マダム、エクラーナ。娘のドレスを作っていただきたくて……」
どうやら新しい客が来たようだと、ドレス越しに視線だけを向けた。
そこには年配の女性と、アリーシャと同じくらいの年齢の女性。
そして幼い少女の姿を見つけ、アリーシャはそっと瞳を細める。
「――きた」
そこにいたのはお目当ての少女、男爵令嬢ルナーラだった。