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ピクニック

「あら! 美味しいわね、このクッキー!」


「そうなんです。令嬢たちもたくさんいて、大人気店みたい」


「いいわねぇ。今度一緒に行きましょう」


 こくりと頷いたアリーシャは、しかし義母の顔をさぐるように見てしまう。

 さっきまでの男性はどうなったのだと聞きたいけれどさすがにこの場では聞けない。

 そのむず痒さにうずうずしていると、そんなアリーシャの口元にクッキーが差し出された。


「ねえさま、どうぞ」


「な、なんて優しい子なの――!」


 隣に座るラルフがアリーシャの膝に手を置きながらも、必死に背伸びをして口元にクッキーを持ってきてくれる姿があまりにも可愛らしかった。

 その姿にキュンキュンしつつもありがたくクッキーを食べてから、ラルフを膝の上に乗せる。

 ちなみにその頃には、頭の中に浮気のうの時もなくなっていた。


「アリーシャは本当にラルフのことを愛してくれているのね」


「もちろん! こんなに可愛いラルフを愛さないわけがないわ!」


 目に入れても痛くないほどの溺愛っぷりには、さすがの本人も自覚がある。

 今こうしてアリーシャが外に出て笑っていられるのはラルフのおかげなのだから、こうなってしまっても仕方ないことだ。

 溺愛上等と頷くアリーシャとラルフを見て、義母は穏やかに微笑む。


「アリーシャがいれば、ラルフは安心ね。この子はほら……人見知りだから」


 確かにラルフはあまり、人と接することをよしとしていない。

 使用人とも必要最低限のやりとりしかしておらず、こんなふうにべったりと抱きついたりするのはアリーシャくらいだ。

 実の母にすらしないのだから、なつかれ度は相当なのだろう。

 そう思うとさらに嬉しくて、アリーシャはクッキーを食べるラルフの頭を撫でる。


「ラルフは繊細な子なんです。でもこんなにいい子なんだから、きっとそのうち素敵な友達とかできるはずよ。素敵なお嫁さんはお姉ちゃんが見つけてあげるからねー!」


 まだまだ候補はたくさんいるが、ある程度絞れてきてはいる。

 必ずや素晴らしいお嫁さんを見つけてみせると意気込むアリーシャに、両親はなんともいえない顔をした。


「ラルフはお嫁さんとかはどう思うの?」


「ぼくはねえさまと一緒にいます」


 義母からの問いにきっぱりと答えたラルフに、両親はやはりと頷く。


「ほら、ラルフもこう言ってることだし、まだ早いのではないかしら……?」


「お母様……。心配しすぎですよ! もちろん最後にはラルフ本人に選んでもらいますから安心してください!」


 だから相性も大丈夫ですと胸を張るアリーシャだが、両親の顔は晴れない。

 流石にここまで浮かない顔をされれば、なにかあるのではと小首を傾げた。


「……――は! もしやラルフにはもう、婚約者がいるとか……?」


「いや! 流石にそれなら伝えている。そうではなくて……」


 うーんと悩んだ様子の父は、義母と視線を合わせた後なぜか諦めたように笑った。


「ひとまず、ラルフの意見を必ず聞くように」


「もちろん! ラルフが嫌がることは絶対にしないわ」


 うんうん頷くアリーシャは気づいていない。

 腕の中にいるラルフがものすごく微妙な顔をして両親を眺めていることに。

 それに気まずさを覚えたのだろう。

 義母が慌てて話を逸らした。


「そういえば今の女の子たちにはどんなことが流行ってるのかしら? このカフェ以外にも知っておかないと、すぐおばさん扱いされちゃうんですもの」


 義母は美魔女というやつで、年齢と外見が合わないほど美しい。

 父より歳下とはいえ、この見た目で一児の母とは思えないほどだ。

 だから心配しなくてもいいだろうけれど、義母からの問いにアリーシャは答えた。


「最近はみーんなBLUE BLOODに夢中ですよ。知ってる? 有名な魔術師なんだけれど、今行方不明なんですって」


 ぴくり、と腕の中のラルフが動いた気がしてアリーシャは下を見る。

 しかしラルフは特に気にした様子もなく、クッキーをもしゃもしゃと食べており、アリーシャはすぐに話を再開した。


「肖像画? とかが出回ってるらしくて、それが美男子だなんだともう令嬢たちがこぞって騒いでるのよ」


「――…………そ、そう」


 義母の顔が一瞬歪んだ気がしたが、瞬きの間に元に戻っていた。


「ちなみにアリーシャは見たのかしら? ……その、肖像画……?」


「いえ。まっっったく興味ないので」


 また腕の中のラルフがピクリと動く。

 やはりなにかあったのかとラルフを見るが、黙々とクッキーを咀嚼するだけだ。

 そしてなぜか義母は安心したようにホッと息をつく。


「そう。それにしてもやっぱり令嬢たちの話の種は魅力的な男性なのねぇ。いいわぁ、私も混じって話したいわぁ」


 片方の手を頰に当て、恍惚と微笑む義母。

 一応人妻ではあるが、愛だの恋だのの話には弱いらしい。

 そのまま弾丸のようにあそこの令嬢は誰それが好きらしいなど、うわさ話に花を咲かせる。

 それを優しく見守る父を見て、本当に義母のことを愛しているのだなと改めて認識した。

 愛だの恋だのはもうこりごりだけれど、二人の関係は少しだけ羨ましいと思う。

 だからこそ、義母が本当に浮気しているのかを確認しなくてはならない。


「――まずは調べなきゃ」


 思い立ったら即行動と、アリーシャは一人頷いた。

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