浮気!?
バーバラとのやりとりで疲弊していたアリーシャは、癒しを求めてラルフの元へ向かっていた。
手にはお土産のクッキーを持って。
るんるん気分でラルフの部屋までやってくると、ドアの前に立つ義母の姿を見つけた。
なにやら焦った様子の彼女は、慌てて部屋の中へと入る。
「…………なにかあったのかしら?」
家族の危機は支え合って解決しなくては。
なにか力になれることがあるかもしれないと扉に近づき、ノックをしようとして動きを止める。
扉がほんの少しだけ開いており、中から声が聞こえ始めた。
「――とんでもないことになったわね。 まさか大衆をある意味味方につけるなんて……」
「くだらない。馬鹿どもの考えそうなことだ」
聞き覚えのない声。
男性のその声を聞いた時、なぜか背筋がぞわりとした。
低くて耳に残るそれは、なんともいえない色香が滲む。
「その馬鹿どもにやられてこんなことになってるのよ。――慢心しないで」
「…………ふんっ」
呆れたようにため息をついた義母は、そのまま責めるような声で告げる。
「こうなった以上、あなたと私は一蓮托生なのよ。そこらへんちゃんと考えて欲しいわね」
「なるほど運命共同体か」
くすくすと笑う男性の声とは裏腹に、義母の声はどんどん低くなっていく。
こんな不機嫌そうな声聞いたことがなくて、アリーシャはそっと扉に耳を押し当てた。
いつも機嫌よく優しい義母とは思えない声だ。
「笑いごとじゃないわよ。いい? ちゃんと私たちのことを考えてちょうだい」
「はいはい」
それにしてもなんだろうか、この会話は。
まるで二人っきりの秘密を抱える禁断の関係のようで……。
そこまで考えてアリーシャはハッとした。
まさか浮気……?
あの義母が浮気なんてするだろうか?
だがまだ若く美しい義母に恋をする男は多いだろう。
もしかして今同じ部屋にいる男もそのタイプで、義母に会いたくてやってきたとかそういうことだろうか?
「…………」
浮気は許せない。
それだけはしてはいけないことだと思う。
だがしかし、もし義母がこの男に本気だったとしたら。
アリーシャはどうするべきなのだろうか?
これを父に伝えるべきなのか否か。
いや、その前に本当に浮気なのか調べるべきだ。
そのためにも相手の男を見なくてはならない。
アリーシャはこそこそと動き、扉の隙間から中を覗こうとした時だ。
「アリーシャ? なにをしてるんだ?」
「――! お、お父様!?」
まさかのタイミングで父に声をかけられた。
びくうっと肩を振るわせたアリーシャは、慌てて父に駆け寄る。
「出かけてたんじゃなかったかい?」
「あ……そうです! 今流行りのカフェに行ってきまして……。お土産でクッキーを買ってきたので、ラルフと一緒に食べようかと思って」
「ほう。……アリーシャはラルフを可愛がってくれているね。私はそれがとても嬉しいよ。そういうことなら私も一緒にいいかい? またには二人と一緒にゆっくりしたいと思っていたんだ」
ぽんぽんっと頭を撫でられたアリーシャが照れていると、その隙に父がラルフの部屋へと向かう。
ドアに手をかけながらアリーシャを振り返ったので、さすがに慌てる。
今部屋に入ったら義母と浮気相手の密会に鉢合わせしてしまう。
そんな最悪な場面を目撃するのは自分だけでじゅうぶんだ。
あんな思いを父にしてほしくないと声を上げた。
「お、お父様!? 今ラルフは忙しいみたいなので、先に二人で……」
「あなた? あら、アリーシャも。二人してどうしたの?」
ドアの前で騒いでいたからか、部屋から義母が出てきた。
それに体の動きを止めたのはアリーシャだ。
どんな顔をすればいいかわからず、父の後ろで硬直した。
「おお! 君もいたのかい? アリーシャがクッキーを持ってきてくれたんだ。一緒にお茶にでもしないか?」
「まあ! 私もいいの? 嬉しいわ!」
そこは断るところだろう! と思いつつも、嬉しそうな義母の手前なにも言うことができなかった。
浮気相手どうするんだと焦るアリーシャを無視して、両親は楽しそうに話を進める。
「なら家族でピクニックでも行きません? たまにはのんびりおしゃべりしたいわ」
「おお! いいね。どうだい、アリーシャ?」
「い、いいと思います……」
ピクニックするのは構わないが、浮気相手は大丈夫なのかと冷や汗を流すアリーシャの耳に、天使のような可愛らしい声が届く。
「――ねえさま? クッキーかってきてくれたんですか?」
「ラルフ!」
相変わらず我が弟は可愛らしいと、アリーシャはドアから出てきたラルフをぎゅっと抱きしめる。
先ほどまでの疲弊した心が癒やされていくのがわかった。
これそこ求めていた癒しだとラルフを抱き上げたところで、はたと気がつく。
今ラルフは、部屋から出てこなかったか?
それはつまり浮気現場を目撃していたということ……?
と慌てて部屋の中を確認するが、そこには誰もいなかった。
「……あれ?」
「アリーシャ。なにをしているんだい? ピクニックに行こう」
「え? あ、はい……。そう、ですね……」
おかしい。
確かに色香たっぷりの男性の声が聞こえたのに……。
「ねえさま? どうかしましたか?」
「………………ううん。なんでもない」
だが事実そこには人がいないのだから仕方がない。
うまく逃げたのか、はたまたまだ隠れているのか。
それとも幻聴だったのかと己の健康を疑い始めるアリーシャは、ラルフを抱き抱えたまま部屋を後にする。
「――もっと気をつけないと」
「ん? ラルフなにか言った?」
「………………いいえ、なんでもないです」