夢にまどろむ
そんなわけで両親から許可を得たアリーシャがするべきことといえば、市場調査だった。
候補者を可能なかぎり集め、厳選し、調査しなくては。
ということでアリーシャは一人、自室で書類と睨めっこしている。
助手兼侍女であるナナリーと共に。
「――お嬢様! こちらのご令嬢はいかがでしょうか? ご年齢も近いですし、趣味が読書とラルフ様と同じです」
「…………本当ね。ラルフは外に出るよりは部屋の中にいるほうが好きだから、そこが合う子がいいわね」
「ですが逆に一緒に外に出ることで、ラルフ様のご健康促進にもなるのでは……?」
「――なんてこと! 選ぶのがこんなに難しいなんて……!」
可能性が無限大すぎると、先ほど否の判子を押した紙を戻す。
先ほどからこれの繰り返しだが後悔はない。
これも全て、愛しのラルフに最高のお嫁さんを見つけるためだ。
「よし、また一から見直しを――」
「ねえさま?」
「あら! ラルフ。どうしたの?」
お昼寝の後なのだろう。
真っ白なシーツを握りしめ、アリーシャがあげたくまのぬいぐるみを抱きしめてやってくる姿の、なんと可愛いことか。
この姿を是非とも全国の皆様に見て癒されていただきたいと、天才画家を呼ぼうとしたがなぜか両親から死ぬ気で止められたのだ。
もったいないとは思いつつも、これだけ可愛いとよからぬことを考える輩もいるかもしれない。
ならばこの天使は伯爵家でのみ愛でるべきだと、アリーシャは書類から手を離し、ラルフへと駆け寄った。
「お昼寝してたんじゃないのー? もう目が覚めちゃったのかしら?」
「……ねえさまといっしょに寝たくて……」
「――はあ! なんて可愛いんでしょう!」
抱き上げればそのぬくもりに心があたたかくなり、頰をくっつければもちもちとした感触に離れたくなくなってしまう。
はあ、たまらないとそのモチ肌を堪能する。
「でもねえさま忙しそうだね。……ひとりでねなきゃだめ?」
「ダメじゃないわ! 今すぐに一緒にお昼寝しましょう!」
ラルフの相手を探すことは最重要任務ではあるが、これはさらにその上をいく。
書類なんてあとで見ればいいのだと放り出すと、ラルフを抱っこしたままベッドへ寝転んだ。
「お昼ごはんちゃんと食べた?」
「はい。いっぱいたべました。ねえさまにほめられたいからピーマンも食べました」
「本当に? なんで偉い弟なのかしら……! ご褒美はなにが欲しい?」
「……ぎゅってしてください」
そんなの簡単だと彼の頭を胸に抱く。
指通りのいい髪を撫でてあげる。
「そんなこといつでもできるわ。なにかしたいことはない? どこかに行きたいとか」
「……さいきんのねえさまは忙しそうです。もっといっしょにいてほしいです」
「――…………ラルフ」
彼のためにやっていたことだが、幼いラルフにそんなことわかるはずがない。
放っておかれていると拗ねているらしく、そんなラルフの愛らしさに口元がだらしなくにやけてしまう。
「これはラルフのためなのよ。まだわからないと思うけれど……」
「……ひつようないです」
「そういうわけにはいかないのよ。……未来のあなたのためよ」
幸せな未来を歩んで欲しい。
自分のように唇を噛み締め涙するようになって欲しくない。
これはきっとただのエゴだ。
けれどそう願わずにはいられない。
ラルフはアリーシャを立ち直らせてくれた、恩人なのだから。
「いつかわかる時がくるわ。その時は……私の元を去ってしまうのだろうけれど……成長だもの。涙を飲んで我慢するわ」
このぬくもりがいつかは消えてしまうのだと思うと悲しくなるが仕方ない。
弟の門出を祝うのは姉であるアリーシャの役目だ。
だから我慢しようと唇にぎゅっと力を入れていれば、そんなアリーシャを見ていたラルフが口を開いた。
「そんなひつようないのに……。僕はずっと、姉様と一緒にいるよ」
眠いからだろうか?
どことなく声が低く聞こえた気がした。
舌たらずな喋りかたもなくなり、なんだか大人な印象を受ける。
「ありがとう。――でもどうか、ラルフはラルフの幸せを見つけてね」
ベッドの柔らかさと胸元にいるラルフのぬくもりに、勝てる人なんているのだろうか?
ふわふわと意識が浮き沈みしていくのがわかる。
こうなってしまうともう起き上がるのが難しい。
ラルフと少しだけ、惰眠を貪ることにしよう。
「そのために、お姉ちゃん……がんばるからね…………」
ああ、眠いと意識を飛ばしかけたその時だ。
なにやら聞き慣れない声が聞こえた気がした。
「無駄なことを。――離れる気なんてさらさらないのに」