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やる気元気

「――ラルフの婚約者?」


「そうよ! 今から決めてしまったほうがいいと思うの。彼は未来の伯爵よ? それにふさわしい人を探さないと!」


 父と義母を前にして、アリーシャはまるで教師のように紙に書いてある一文を指差した。


「ラルフを愛し支えてくれる存在が必要なのよ! そしてその存在を早くから見つけ、ラルフとも良好な関係を気づくべきなの」


「あ、アリーシャ落ち着いて。いったいどうしたと言うんだ? ついこの間まで部屋にこもっていたというのに……」


「もう大丈夫なの? とても心配していたのよ?」


「ありがとう。心配かけてごめんなさい。でももう大丈夫! 可愛い可愛いラルフを、私のような目に合わせないためにも動き出さなくちゃ……!」


 両親は熱く語るアリーシャに首を傾げつつも、そっと顔を寄せ合った。


「よくはわからないが……。元気になったのならさせてあげたらどうだ?」


「――けれどあなた。ラルフは……」


 両親の顔が一瞬曇った気がしたが、アリーシャの口が止まることはなかった。


「ラルフはまだ小さいわ。だからこそ今から我々で相手を決めるのよ。――あ、もちろんラルフの意見は重視するわ。何人か候補を選んで、その中から決めてもらうの!」


「あー……だがアリーシャ。ラルフがそれを望むかな……?」


「もちろんラルフにはまだ愛だの恋だのはわからないもの。だから最初は友だちとして顔合わせをするのよ。そのほうがいい関係が築けるもの。…………私たちとは違って」


 その言葉に部屋の中が静まり返った。

 思わず呟いた言葉だったが、言っておきながら自分にダメージを与えてしまう。

 アリーシャが元婚約者と会ったのも子どもの頃だった。

 七歳になったくらいの時に出会い、そこからずいぶんと長い年月をともにしたものだ。

 全て無駄だったが。

 それにしてもいつからバーバラと婚約者はあんな関係になっていたのやら……。

 思い出すだけで落ち込みそうになる頭を振ると、力強く拳を握った。


「だからこそ! ラルフには最高の相手を――!」


「もちろんラルフのことも考える。……だがまずはお前だ、アリーシャ。いつまでも独り身でなんていられないんだぞ?」


「…………独り身でいるつもりよ?」


「――はぁ!? なにを考えている!?」


「アリーシャ。もちろん傷ついたことは知っているけれど、けれど女一人では暮らしていけないわ……」


 アリーシャの考えを両親が否定することは目に見えていた。

 とはいえ今のアリーシャに結婚だのなんだのはほぼ不可能だ。

 誰かの隣を歩きたいとすら思わない。

 あんな思いをするくらいなら、後ろ指さされようとも一人でいるほうが何倍もマシだ。

 それに今のアリーシャには夢がある。


「私は一人で田舎に住むわ。それで時折やってきてはラルフの子どもの面倒を見るの」


「アリーシャ。絶望するにはまだ早いだろう……」


「いえ。あれ以上の絶望はないわ」


 もうあんな思いはこりごりなのだ。

 だから元から断とうというのに、両親は納得してくれない。


「とにかく私のことはいいから、ラルフのことを――」


「お前も我々の大切な娘だ。……いいな?」


「お父様…………」


「そうよ。あなたの幸せも考えないと」


 ああ、なんていい両親なのだろうか。

 本当は意地でも断ろうと思っていたのに、大切な二人に言われてはこれ以上拒否もできなかった。


「ひとまずお前の言うとおり、ラルフの相手を探そう。だがそのあとはお前の相手だ。いいな? それが条件だ」


「――……わかったわ。でもとても慎重に動かせてちょうだい。もうあんな目にあいたくないから」


「もちろんだ! 相手は慎重に慎重を重ねて選んでみせる」


「こんなに可愛いアリーシャにもう二度とあんな思いしてほしくないわ」


 物語において義母とは主人公の障害となる可能性が高いが、残念ながらそれにこの義母は該当しない。

 自分の子どもであるラルフと同じくらいアリーシャを愛してくれるこの義母を、嫌いになんてなれるものか。

 アリーシャはありがたく義母の隣に腰を下ろすと、いつも通り口元に運ばれるクッキーを待つ。


「けれどね、アリーシャ。ラルフは……あなたが好きなのよ。だからあなたと離れることを望むと思わないわ」


「お母様……! わかっています。私も同じくらいラルフを愛しています。――けれど、それとこれとは別! いつかは離れざるをおえないのだから、今から訓練だと思えば……」


 ああ、あのぬくもりが離れてしまうのかと思うと、ほろりと涙がこぼれそうになる。

 しかしそんなアリーシャの心なんて今はどうでもいいのだ。

 一にも二にも三にも、今はラルフが大切だ。


「必ずやラルフを世界で一番幸せな花婿にしてみせるわ……!」


 えいえいおーっと拳を天へ突き上げるアリーシャの瞳は、やる気にメラメラと燃え立っていた。

 必ずやこの任務を成し遂げてみせると神に誓うアリーシャの後ろで、両親はこそこそと話す。


「……あなた、これ大丈夫かしら? アリーシャ気づいてないけれど、たぶんラルフは……」


「うーむ……。アリーシャが婚約破棄したことといい……運命というやつなのかもしれないな」

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