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その違和感を信じて

 あの地獄のパーティーの翌日から、伯爵家は慌ただしい毎日を過ごしていた。

 理由は簡単。

 久しぶりに行われる伯爵邸でのパーティーの準備に、みな忙しくしているからだ。

 かくいうアリーシャもまた義母に命じられるがまま、今も侍女たちに体のすみずみまで美しくされている。

 今朝はサラダしか食べられておらず、昼食もフルーツだけ。

 三時のおやつはいつ食べれるようになるのかと絶望していると、そんなアリーシャのもとにラルフがやってきた。


「……ねえさま、いまいそがしいですか?」


「大丈夫よ。おいで、ラルフ」


 母も慌ただしくしているため、構ってくれる人がいないのだろう。

 ラルフはぽてぽてと歩いてくると、アリーシャの膝の上に座った。


「ごめんね。ここ最近パーティーの準備で一緒にいれてなかったもんね」


「……さびしかったです」


 そう言いながらアリーシャの服をぎゅっと掴むラルフの可愛らしいこと。

 アリーシャは悶えそうになるのをなんとか耐えつつ、よしよしとラルフの頭を撫でる。


「ごめんねぇ。私もまさかパーティーを開くことになるなんて思いもしなかったから……」


 しかもアリーシャの婚約パーティーだ。

 相手もいないというのに。

 そう思うと胃が痛くなってきたなと、そっと己のお腹を撫でる。

 義母は任せておけとやる気に満ちていたが、残念ながら不安しかない。

 パーティーで恥をかくのはなるべくなら避けたいのだが……未来はなに一つわからない。


「ねえさま? ……おなか大丈夫?」


「あ……大丈夫よ」


 心配してかラルフの小さな手が、アリーシャのお腹を撫でる。

 その様子に本当に優しい子に育ってくれたなと、まるで親のような気持ちを感じた。


「ラルフはいい子ねぇ。……そういえば、今回はラルフもパーティーに参加するのかしら?」


「……おかあさまはそのつもりみたいです。さっきお洋服を見ました」


 なんということだ。

 そんな最高のイベントを見過ごすなんて、姉としてあるまじき失態である。

 当日までラルフの装いがわからないなんて、少し不安だなと考えを巡らせる。

 蝶ネクタイも可愛いけれど、大人びたネクタイも素敵だ。

 ズボンはぜひ短パンにサスペンダーをつけて欲しい。

 帽子はあってもいいけれど、なくてもそれはそれでラルフの美しい髪を堪能できると思えば最高だ。

 つまるところなんだって似合うのだから、アリーシャが心配する必要はなかった。


「ラルフはかっこいいからなんだって似合うわよねぇ。でも今度は姉様と一緒に買い物行きましょう」


 ラルフに似合うものを選びたいとお願いすれば、ラルフはまん丸な瞳を瞬かせた。


「……ねえさまはぼくをかっこいいと思ってくれてるんですか……?」


「え? もちろん! 私の弟は世界で一番かっこいいわよー!」


 正直今は可愛いが優っているけれど、後数年もすればきっとかっこいい男子に成長することだろう。

 目を瞑ればその妄想ができるため、ラルフからの問いにはすぐに頷くことができた。


「……そっか。かっこいいって……思ってくれてるんだ」


 頰を赤らめてほわほわしているラルフはやはり可愛らしい。

 だがやはり年齢的にもかっこいいと言われるほうが嬉しいのだろうか?

 ならばラルフの意思を尊重すべきだろう。

 こうやって自我が目覚めていくのだなと、やはり親目線になってしまった。


「きっとパーティーでもラルフが一番目立つわよ! こんなに素敵なんですもの」


「……パーティー。ねえさまのこんやくしゃがくるってききました」


「――ああ、うん……その件ね?」


 ラルフの姿を想像して上がっていたテンションが著しく下がった。

 大きく肩を落としたアリーシャは、しぶしぶといった様子で口を開く。


「お母様がね……? 私を助けるためとはいえ、あんなこと言ってしまって大丈夫なのかしら? 相手なんていないのに……」


 残念ながらアリーシャは、周りからの自分の評価というものをよく理解していた。

 最低元婚約者であるダンテと婚約破棄してから、アリーシャに結婚の話が出たことはない。

 いい意味でも悪い意味でも凡庸なアリーシャは、あまり人目につかないようだ。

 もちろん何通か恋文は届いていたようだが、どれも身分や年齢が合わない人たちばかりのようで、両親がアリーシャの目に触れる前に処分していたのを知っている。

 本当に迷惑ばかりかけているなと眉尻を下げれば、そんなアリーシャの頭をラルフが撫でてくれた。


「ねえさまは相手がいたら安心?」


「え? まあ、それはね……? でも私自分のことわかってるの。こんなタイミングで結婚しようなんて言ってくれる男性いないってこと……!」


 自分にもっと魅力があればよかったのだが、残念ながらそううまくもいかないだろう。

 やはりパーティーはやめたほうがいいのではと、悩み始めたアリーシャをラルフはまっすぐ見つめた。


「大丈夫。僕が姉様を守ってあげるから」


「――ラルフ……?」


「不安に思わなくていいよ」


「…………う、うん」


 ラルフから醸し出される雰囲気に気圧されて、気づいたらアリーシャは頷いていた。

 またしてもなんだかラルフから、普段とは違う空気感を感じて流されてしまった。

 なんだったのだろうか……?

 アリーシャは不思議そうに、ラルフを見つめるのだった。

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