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パーティーへの招待

 侯爵家主催のパーティーへ家族で向かうアリーシャだったが、もちろんラルフはお留守番だ。

 彼が社交界に出れるようになるのはまだまだ先だが、そのいつかは必ずやってくる。

 子どもの時ですらあれだけ可愛らしいのだから、大人になった時にどれほど魅力的な存在になれるか今から楽しみだ。

 きっと引く手数多でたくさんの令嬢が彼に恋することだろう。

 その時に変に過ちを犯させないためにも、必ずやラルフに相応しい婚約者を見つけなければ。

 今日もそのためにきたのだと、アリーシャは拳を握り締めた。


「アリーシャ? ぼーっとして大丈夫?」


「――あ、はい!」


 義母に呼ばれ振り返れば、そこには腕を組むお似合いの二人がいた。

 父も歳の割には見た目がよく、本人もスタイルを気にしていることから素敵なお父様ねと言われることがよくある。

 そして義母はまだ若い上に美人で、スタイルもいい。

 今も薄紫色のタイトなドレスを着こなしており、さすがあのラルフの母親だと頷いてしまう。

 そんなアリーシャは、ちなみにだが明るい黄色のドレスを身に纏っている。

 テンションを上げていこうと選んだのだが、これを見たラルフから絶賛してもらえたので、きっと似合っていることだろう。

 なので自信を持って、胸を張り会場へと入った。


「――あら、マグラウェン伯爵。ずいぶんお久しぶりですわね?」


「これはこれは、ご無沙汰しております」


「伯爵夫人! お元気でしたこと? あなたのいないパーティーは花がなくて……」


「そんな、ありがとうございます。おかげさまで家族みな元気に過ごしております」


 さすが目立つ両親だ。

 会場に入れば二人と話そうと、たくさんの人に囲まれた。

 アリーシャはそっと影のように存在感を消し、二人から離れる。

 久しぶりのパーティーを存分に楽しんでほしいと思う。


「――さて!」


 アリーシャはもちろんパーティーを楽しむつもりなんてない。

 会場に入ったばかりの今ですら、もうたくさんの視線を集め、やれ婚約破棄令嬢だの浮気された女だの言われているのだから。

 だがそんなことどうでもいいと、アリーシャはあたりをキョロキョロと見回した。

 今の目標はただ一つだ。

 侯爵令嬢、五歳のエリザベスを探さなくては……!

 アリーシャは会場内をぐるりと見回し、とりあえず人のいる方へと向かう。

 みな主催に挨拶するはずなので、彼らの周りに人が集まるのは必然だ。

 なので人混みに向かえば会えるだろうと踏んだのだが、その行動は当たりだった。


「侯爵夫人。とても素敵なパーティーですわ」


「ありがとうございます。どうぞ楽しんでくださいませ」


 年配の女性が忙しそうに挨拶を受けているところを見るに、あの人が侯爵夫人なのだろう。

 ならそのそばにいるあの小さな子がエリザベスだろう。

 真っ赤な髪が印象的な可愛らしい女の子だ。

 あれは確かに目立つだろうなと思うが、当人は人目が怖いのか母の背に隠れている。

 なるほど人見知りなら確かに外出はしづらいなと納得していると、ふとエリザベスの隣に一人の男性が立った。


「…………?」


 あれ? っとアリーシャは小首を傾げる。

 どこかで見た顔だ。

 どこだっただろうかとしばし考え、すぐに答えが出た。


「――げっ」


 そうだ、思い出した。

 彼は確か次期侯爵であり、アリーシャの元婚約者であるダニエルの悪友だ。

 婚約者であったころ、友人だと紹介してもらったことがある。

 その時からよくない噂を聞いていたからあまり接点を持たないようにしていたのだが、まさかエリザベスの兄だったなんて……。

 最悪だ。

 ダニエル界隈の人間と家族になることだけは、絶対に避けなくてはならない。

 なぜなら彼の友人ということは、漏れなく同種だからだ。

 これはいかんとアリーシャがその場を去ろうとしたその時だ。


「――おやぁ? これはこれは、婚約破棄令嬢じゃないですかぁ?」


「…………」


 嫌味な声が聞こえた。

 アリーシャが機械が如くゆっくりと振り返れば、そこには人を馬鹿にしたようにニヤつく次期侯爵がいる。

 彼はアリーシャを見ると、わざと周りに聞こえるように大きな声を出した。


「我が親友ダニエルと別れて、必死に新たな相手を探してると聞いたけれど……。ここでいいお相手はいたかな?」


 やはり類は友を呼ぶらしい。

 そこまで聞いているのなら、ダニエルがなにをしたのかももちろん知っているはずだ。

 だというのにこんなふうに言えるなんて信じられないと、アリーシャは驚愕してしまう。


「相手なんて探してないし、どちらにしてもあなたには関係のないことでは?」


「ダンテが心配していたんだよ。自分が捨ててしまった元婚約者が必死すぎて哀れだと……」


「捨てたのはこちらですが……?」


 アリーシャのほうからこんなやつ知るかと股間を蹴り上げて捨ててやったのに、ダニエルは自分から捨てたと言いふらしているのだろうか?

 そしてそれを信じて言いふらすあたり、この男も大差ないらしい。

 

「強がらなくていい。僕からダニエルに君と話をするように言ってあげてもいいんだよ?」


「あ、もうだめだこの人たち。人の話聞けないタイプだ……」


 これはなにを言っても無意味だろう。

 両親には申し訳ないが、さっさとこの場から去るより他にこの男から逃げる手段はなさそうだ。

 エリザベスの件もこの兄がいるのでは、うまく話を進めることはできないだろう。

 終わり終わりとアリーシャがその場を去ろうとした時、次期侯爵は声高らかに言った。


「だいたい君が悪いんじゃないか。ダニエルの求めに応えることもなく、ただ夢物語のようなことばかり呟いて。……そりゃあダニエルだって自分と話の合う女性に靡いてしまってもしかたないのでは? つまりは君の努力不足だ」


「…………」


 いけしゃあしゃあとあれこれ言ってくる次期侯爵に、アリーシャは開いた口が塞がらなかった。

 確かにダニエルと友好な関係を気づけなかったことは、アリーシャにも責任はあるだろう。

 だからといって浮気していい理由にはならない。

 だと言うのにこんなことまで言われるなんて……。

 怒りのあまり黙り込んだアリーシャに気をよくしたのか、次期侯爵は話を続けた。


「だがそんな君でもまた婚約してやってもいいと、ダニエルは言ってくれてるんだ。どうせほかにもらい手もないんだから、君がダニエルに頭を下げて――」


「失礼。あまりにも不愉快な話の内容に、出てこないわけにはいきませんでしたわ」


 突然聞こえた声に顔を上げれば、そこにはアリーシャを庇うように立つ義母がいた。

 さらには父がアリーシャの肩を抱き、支えるようにしてくれる。


「これはこれは伯爵夫人。今ちょうど娘さんにいい縁談をと思いましてね? 伯爵夫人も出来の悪い娘を持つと大変でしょう? だから素直に認めるように――」


「出来の悪い娘などおりませんし、そのような侮辱を認める必要もございませんわ」


 義母は自身の胸元に手を当てると、人々を魅了する美しい笑みを浮かべた。


「私の娘は本当に素敵な淑女に育ちましたゆえ、あなたが心配されていらっしゃる縁談のお話も引く手数多で……。むしろそちらに困っておりましたのよ? みなさまぜひ、とおっしゃるものですから……お相手選びに難航いたしましてね?」


 義母は頰に手を当てると、憂いのため息をこぼす。


「元の婚約者がほら……、あんな不始末を起こしましたでしょう? ですから次こそは娘を幸せにしてくださる、きちんとした殿方をと我々も躍起になってしまいまして……」


 手はそのままに、しかし義母はすぐに満面の笑みを浮かべた。


「ですがご安心ください。娘の相手は見つかりましたので。今日ここにきたのも、娘の婚約パーティーを開くことをお伝えするためだったんです」


 アリーシャは思わずギョッと義母を見てしまう。

 なんだその話聞いていない。

 そもそもアリーシャの相手なんていないのだから、ただのその場しのぎの話なのに、さらにはパーティーを開こうなんて……。

 慌てるアリーシャに気づいたのか、父が肩を掴む手に力を込め軽く首を振った。

 まるで黙っていろと言いたげに。


「招待状をお送りいたしますので、どうぞみなさまお越しくださいませ。――さて、では我々は用もすみましたので、お暇させていただきますわ」


 義母は優雅にドレスの裾を持ち、軽く頭を下げると颯爽と会場を後にする。

 それを慌てて追いかけたアリーシャは、馬車に乗ってそれが動き出した瞬間前のめりで義母に話しかけた。


「どういうこと!? 婚約者なんていないのにどうするつもりなの!?」


「だってー! 私の娘をあんなふうに馬鹿にするなんて許せないじゃないー!」


 ぷんぷん怒る義母の可愛らしいこと。

 しかし今はそんなことで攻めの手を緩めるわけにはいかないのだ。

 これではパーティーを開いても、家族全員嘘つき呼ばわりされてしまう。

 それだけは避けなくてはならないのだ。


「どうするつもりなの!?」


「大丈夫よ。私に考えがあるから」


 その考えを教えてほしいのに、義母は言うつもりがないのか窓の外を眺めながら鼻歌を歌い始める。

 こうなった義母は意地でも教えてくれないことはわかってたため、アリーシャは義母の隣に座る父を睨みつけた。


「お父様はなにか知っているの?」


「大丈夫。お父さんとお母さんに任せておきなさい」


 だからそういうことを聞きたいわけじゃないのに……。

 これはもう話を聞ける雰囲気じゃないなと、アリーシャは額を押さえた。

 結婚なんてするつもりないのに、どうしてこうなるのだ。

 ただラルフのためにと動いただけなのに、気づけば自分のことで頭を悩ませている。

 それもこれも全てあのダンテが悪いのだと、アリーシャは心の中で彼を呪う。


「…………はあ」


 伯爵家主催のパーティーが憂鬱すぎると、アリーシャは肩を落としたのだった。 

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