約束を交わす
そんな最悪な出来事があったけれど、なんとか持ち直したアリーシャは、無事侯爵家主催のパーティー用ドレスをゲットすることができた。
これでエリザベスに会うことができると喜んでいると、そんなアリーシャの元に両親とラルフがやってくる。
「アリーシャ」
「お父様、お母様。ラルフ!」
「ねえさま!」
てくてくとアリーシャの元までやってきたラルフを抱き上げれば、その柔らかい頬をピトッとくっつけてくれる。
その癒し効果のなんと高いことか。
元婚約者のダニエルと出会い荒んだ心が再生していくのがわかる。
「はあ、このモチモチ。たまらない……」
「ねえさま、大丈夫……?」
なんのことだとぱちくりと瞬きを繰り返した。
ラルフに心配されるようなこと、あっただろうかと小首を傾げる。
するとそんなアリーシャに気づいたのか、両親がおずおずと話しかけてきた。
「……ダニエルと会ったと聞いたよ。――とても失礼なことを言われたと」
「大丈夫? その男ネズミにでもして猫の前に放り出しましょうか?」
「全然大丈夫よ!」
ナナリーからでもあの日のことを聞いたようだ。
それにしても母の脅し文句は独特すぎて思わず笑ってしまう。
とりあえず二人に心配をかけてしまったようだと、アリーシャはなんてことなさげに笑った。
「あまりにも失礼な男すぎてドン引きしたけれど、特に気にしてはいないわ」
「そうか? ……ならいいのだが」
「本当に失礼しちゃうわ! 私たちが可愛い娘を年老いた男に渡すわけないじゃないの! ねえ!?」
「もちろんだ。必ず素敵な相手を見つけてみせるよ。だから安心しておくれ」
「お父様……お母様……。ありがとうございます」
結婚する気がないなんて言えない雰囲気だが、どちらにしても両親の優しさには感謝しかない。
面倒ごとを押し付けてしまったと言うのに、そのことについて嫌な顔ひとつしないなんて。
「だいじょうぶだよ、とうさま、かあさま。ねえさまはぼくと結婚するんだから」
「――……ラルフ。もう! なんて可愛いの!」
こんなふうに言ってくれるなんて、姉冥利に尽きるというものだ。
「そうね。姉様はラルフと結婚するんだから、心配いらなかったわね!」
「うん。しんぱいむようです」
難しい言葉を知っている頭のいいラルフ。
なのに可愛くて優しいなんて、最高の存在だ。
あまりにも愛おしい存在にニヤニヤが止まらないアリーシャを、両親はなぜかなんとも言えない表情で見つめてくる。
「あー……アリーシャ? その、……本気かい?」
「はい?」
「いや、その……。ラルフとって……」
なにやらもごもごと言ってくる父に、アリーシャは思わず吹き出してしまった。
「ちょっと、やめてよお父様! ラルフは私にとって大切な弟よ? いくらラルフが将来最高の男性になるのが確定してるとはいえ、ちゃんとわかってるから安心してちょうだい」
ラルフが将来イケメンのスーパースターになることがアリーシャの中でのみ確定しているとはいえ、弟に懸想するほど落ちぶれてはいない。
なにを心配しているのかと笑って返せば、なぜか場の空気が凍った気がした。
「――え? なに? どうしたの?」
「――……いいえ、なんでもないわ。それよりパーティーに出るんですってね? よかったわ。アリーシャが前向きになってくれて」
そのパーティーも全てラルフのためのものなのだが、これで両親が安心してくれるのならいいかと頷いてみせた。
「侯爵家主催のパーティーに出ようと思うの」
「それはいい! 我々も久しぶりに一緒に行こうか?」
「あら、いいわね。パーティーなんて久しぶり……!」
本当ならパーティーなどの賑やかなところが好きな義母は、あちこち顔を出していたはずだ。
それがアリーシャの婚約破棄があり、自粛していたのだろう。
なので嬉しそうな義母を見れて、アリーシャは心がほっこりとした。
「この間買ったドレスなんてどうですか? 淡い紫のあの色、お母様にとってもお似合いでした」
「あら、本当に? アリーシャにそう言ってもらえると自信がつくわ。じゃあそうしましょ」
るんるんとアクセサリーはどうしようかと悩む母を見守っていると、腕の中にいるラルフがモゾモゾと動く。
「どうしたの? おねむかしら?」
「……ねえさま。けっこんあいてをさがしにいくの……?」
むすっと小さな唇を尖らせるラルフ。
どうやらアリーシャが結婚相手を探しにいくと思っているようだ。
それで拗ねてしまったようで、ぷくっと膨らんだ頬が愛おしすぎた。
ゆえにその風船のように膨らんだ頬を突きつつも、アリーシャは首を振る。
「そんなことしないわ。私の結婚相手はラルフだもの。そうでしょう?」
ラルフがもらってくれると言うのなら、ほかの相手など探す必要もない。
まあもとより探すつもりもないし、ラルフにはもっといい相手が必ずいるはずだが。
だが弟の戯言に付き合うのもまた、姉の勤めだろうとそんなことを伝えてみた。
するとどうしたことか、ラルフは膨れるのを止めるとまっすぐアリーシャを見つめてくる。
「――本当? 約束だよ、姉様」
「え? あ、……うん」
どことなく真剣そうなラルフに気押されて、気づいた時には頷いていた。
驚きながらも同意したアリーシャに納得したのか、ラルフは丸い頬を赤らめると嬉しそうに笑う。
「ねえさま。クッキーがたべたいです」
「――あ、うん。はい、どうぞ」
花の形のクッキーを口元に持っていけば、ラルフはぱくりと口に含む。
「…………」
大丈夫。
いつも通りの可愛らしいラルフだ。
そうだ、その通りなのだ。
…………なのに。
なぜか先ほど自分を見つめてきた鋭い瞳が、頭から離れなかった。