わがままはお好き?
そんなわけでラルフとのお茶を楽しんだ代償として、リリアナのお買い物チャンスを逃してしまったアリーシャ。
だがなんとリリアナの買い物好きは相当なものらしく、三日後には彼女はまた街に繰り出していた。
というわけでさっさとアリーシャは街へと向かい、彼女が好きだというショップに向かう。
そこは香水を取り扱う場所であり、アリーシャもなんどか足を運んだことがあった。
とはいえもちろんこの日も帽子を目深にかぶり、不審者の装いでショップを徘徊する。
途中いい香りの香水を見つけ買おうか真剣に悩んでいると、侍女を引き連れたリリアナが店の中に入ってきた。
「――これは、リリアナ様! ようこそお越しくださいました」
「新作が入ったと聞いたの。見せてちょうだい」
「もちろんでございます! ささ! 奥へ……」
本当に五歳か?
とアリーシャはその光景に瞬きを繰り返した。
同い年のラルフが拙い喋りかたをしているからか、まるで大人の令嬢かのように振る舞うリリアナに、驚いてしまう。
とはいえ探っていることをバレるわけにはいかないと、アリーシャはこそこそ物陰に隠れつつも奥へ向かったリリアナの動向を探る。
リリアナと侍女は店員と共に奥にある高そうな香水をあれこれ手にとっていた。
「ふーん。……これはいい香りね」
「ではそちらを――」
「でも今日は甘い香りのが欲しいの! あっちのはどう?」
「あ、あちらのは爽やかな香りが特徴で……」
「でも入れものが可愛いわ。あれに甘い香りのものを入れてちょうだい」
明らかに店員が困っているが、リリアナは気にした様子はない。
それよりも興味を引くものがあちこちにあるようで、リリアナはあれこれ香水を手にとる。
「これもいいわ。……あ、でもこっちの入れ物のほうが好み。これも中身変えてちょうだい」
「え? いえ、それは……」
「ちょっと! この香り嫌いだから店に置かないで!」
な、なんというわがままなのだろうか……?
いや、あのくらいの年齢の子なら普通なのか? と考えてすぐに首を振った。
少なくとも同い年のラルフは、あんなふうにあれこれ騒ぎ立てたことはない。
つまりあれはリリアナの性格ということで……。
「……いやっ、いやいや。人様のお子様をそんなふうに見てはいけません」
小さな声で呟きつつもうんうんと頷いた。
きっと愛されて育ったからこそ、ああやって自分の意見を主張できてるのだ。
そしてそれはとても素晴らしいことだろう。
どこかぼーっとしているラルフとも、もしかしたら相性がいいかもしれない。
引っ張ってくれる存在が妻としていることは、ラルフにとってプラスになり得る。
「ラルフの包容力次第では……」
きっと大人になったラルフの包容力は凄まじいはずだ。
アリーシャにはわかる。
スラリと伸びた手足に、鍛え上げられた体。
銀色に輝く美しい銀髪に、青々とした瞳は人々を魅了するように細められる。
誰もが夢見る王子様のようにかっこよくなるであろうラルフを想像して、アリーシャはなんども頷いた。
脳内大人ラルフなら、あの程度のわがまま軽くあしらえるはずだ。
むしろ逆手にとってうまく誘導できるはずである。
それならば、あの程度のわがままやはり許容範囲だろうと一人納得していると、耳に大きな音が届いた。
「――!」
ガラスが粉々に割れる音に、アリーシャは大きく肩を跳ねさせた。
何事かと慌ててみれば、どうやらリリアナが香水の瓶を落としてしまったようだ。
店の中にふわりとローズマリーの香りが広がっていく中、同じく店中に甲高いリリアナの叫び声が響く。
「ちょっと! あなたがちゃんと瓶を拭いておかないから、滑っちゃったじゃない! それにドレスも濡れちゃって……どうしてくれるのよ!?」
「も、申し訳ございません……っ」
「このドレス買ったばかりなのに……! お父様に言いつけてやるんだから!」
おいおいおい、とアリーシャは先ほどまでの考えが全て綺麗に吹き飛んだ。
確かに手が滑って落としてしまうことはあるだろう。
そしてそれが仮に店の掃除不足のせいだとしても、落としてしまったことはリリアナの責任のはずだ。
それをどうしてそんなふうに言えるのか。
アリーシャはこれはいかんと帽子を目深にかぶると、リリアナのそばまで向かった。
「こらこらお嬢さん。素敵なレディになりたいのなら、謝罪をすることも覚えるべきですよ」
「……なにこのおばさん」
「おばっ……!?」
なんかすごい侮辱された気もするけれど、リリアナからしてみればアリーシャはもうおばさんなのかもしれない。
ということはつまりラルフから見てもアリーシャはおばさんということで……。
どうしよう。
ラルフにおばさんなんて言われたら泣く自信がある。
「と、とにかく! あなたはきっと素敵なレディになれるはずです。そのためにも相手の痛みや悲しみを理解すべきよ。今あなたがそうやって騒ぐことで、店の人がどれほど困っているかちゃんと知るべきです」
「…………」
アリーシャの言葉にリリアナはぱちくりと瞳を瞬かせたあと、そこで初めて店員の顔を見たようだ。
明らかに青ざめているその表情に気づき、リリアナは気まずそうに瞳を細めた。
「……べ、別に困らせようと思ってしたわけじゃないわ。ただ……」
「うんうん。びっくりしてあれこれ言っちゃっただけだもんね? 大丈夫。みんなわかってるからね。ただごめんなさいだけはしましょうね?」
「………………悪かったわよ」
素晴らしい! とアリーシャは拍手を送る。
さすが幼い子どもというのは考えかたが柔軟だ。
頑なに謝ることをせず、言い訳だけを繰り返していたあのクソ婚約者とは違いすぎる。
「――は! いけないいけない」
ふりふりと頭を振って、脳内から瞬時にむかつく男の顔を吹き飛ばした。
今はそんなことをしている場合ではないのだ。
無事謝ることのできたリリアナに拍手を送りつつも、アリーシャはそっとその場から離れようとする。
目立ちたいわけではないのだ。
言っていることとやっていることが矛盾しているのは重々承知しているが、これはもう性格のため仕方ないと諦めている。
「ドレスはプリフェッド通りにあるブティックに持っていけば、なんとかしてもらえると思うわ。――それじゃ!」
「――あ、ちょっと!?」
なにやら呼び止められた気もするが、これ以上はあの場にいられないと踵を返し店を出る。
なんとかアリーシャの正体がバレることなく、ことを済ませられたのではないだろうか?
「ふぅ、優秀優秀」
汗を拭いつつ自画自賛したアリーシャは、しかしときた道を振り返る。
リリアナはとてもいい子だ。
ちゃんと自分の非を認め謝ることができる子。
だが果たしてラルフの婚約者としてふさわしいかと言われれば、少し首を傾げてしまうかもしれない。
「んー……とりあえず保留としましょう!」
まだ候補はもう一人いる。
その子を見てからでも遅くはないだろう。
アリーシャは力強く拳を握ると、天高く突き上げた。
「よし! 次の婚約者候補探しよ!」
その声は周りにいる人々に聞こえていたが、次のことに思考を持っていかれていたアリーシャは、そのことに気づかなかった。