作戦成功
若干のダメージを負いつつも、アリーシャはめげなかった。
こんなところで落ち込んでいては、愛しのラルフにいい相手など見つけられるはずもない。
さくさく切り替えて、次にいかなくては。
というわけでアリーシャは新たなターゲットの書類を見つめる。
相手は伯爵令嬢、五歳のリリアナだ。
どうやら両親から愛され、蝶よ花よと育てられたらしい。
若干わがままかもしれないが、女の子はそれくらいのほうが可愛げがあるとも言える。
なによりやはり大切なのはラルフとの相性だ。
今はまだ幼いけれど、大人になったときにもしかしたらラルフはとんでもない包容力を発揮するかもしれない。
そうなったらリリアナとも最高の関係を気付けるかも……。
可能性は無限大だと、うんうん頷いた。
「というわけで、今日も買い物に行ってくるわ」
リリアナは買い物が大好きらしく、さまざまな店を練り歩くようだ。
馬車いっぱいに荷物を抱えているところがなんども目撃されている。
なので今日も街に繰り出すぞと一歩踏み出したアリーシャは、なにやら違和感を感じて後ろを振り返った。
「……ねえさま? またどこか行ってしまうのですか……?」
「――っ!」
小さくてぷっくりとした手で、必死にアリーシャのドレスを掴むラルフ。
そんな可愛らしい子を、どうして放置できようか。
アリーシャはさっとラルフを抱き上げると、そのままくるくると回り始めた。
「ラルフー! どうしたの? おやつはもう食べた?」
「まだです。ねえさまといっしょに食べたいなって……」
あまりの可愛さに胸が高鳴った。
この愛らしさを例える言葉が思いつかない、己の語彙力のなさが憎い。
「なんて可愛いの――! ……でもね、お姉ちゃんはお出かけしなくちゃいけなくて…………」
「…………いっしょにおかし……」
ぐっと、今度は罪悪感で胸が押し潰されそうになる。
こんな可愛い子の誘いを断るなんて、そんなこと己にできるのかと自問自答した。
無理だ、と即答する。
けれどすぐに別のところから声がかかるのだ。
これも全て愛しいラルフのためなのだと。
彼の将来のためには、多少の犠牲は仕方ないことなのだ、と。
アリーシャは己の中で自問自答を繰り返し、やっとの思いで口を開いた。
「――っ、こ、これもラルフのためなのよ……っ!」
「……まだ婚約者を探してるの?」
まただ。
あの舌足らずな話しかたは形をひそめ、一瞬大人びたような口調になるラルフ。
彼も成長してるのだなと感じつつも、アリーシャは特に気に留めることなく頷いた。
「そうよ。ラルフには私のようになって欲しくないの。だからこそ! 小さい時に運命の相手を見つけておくべきなのよ!」
ラルフを任せられる存在が現れれば、アリーシャも安心して隠居できるというものだ。
そう、両親にはラルフの件が終われば次は自分の相手を探す、なんて言ったがもちろん嘘である。
もう二度と結婚云々なんてものに振り回されたくない。
なのでラルフの件が終われば、アリーシャはさっさと田舎に身を潜めるつもりである。
独身バンザイ!
と田舎で両手をあげて叫んでやるつもりだ。
なのでラルフの婚約者探しをサボるわけにはいかない。
ここは断腸の思いで誘いを断ろうと口を開きかけたその時、ラルフがウルウルと潤む瞳でアリーシャを見上げた。
「ほくはねえさまといっしょにいます。けっこんするならねえさまがいいです」
「…………すぅ――」
アリーシャは息を吸いながら目元を押さえ、天を仰ぐ。
きっと今己の腕の中にいるのは天使なのだ。
神から使わされた存在を、ただの人間がなぜ拒絶できようか。
そんなものそもそも選択肢になかったなと、アリーシャはラルフと目を合わせるとにっこりと笑う。
「ラルフはいい子ね。きっとそのうち、ラルフに好きな子ができると思うけれど……そうね。それまでは姉様がそばにいるわ」
将来お父さんと結婚する!
なんてアリーシャも小さいころ言ったことがある。
ラルフも同じ気持ちなのだろうなと思えば、彼の言葉を否定することはできなかった。
彼にとって特別な存在ができるその日まで、アリーシャがこの小さな弟を守り続けなければならない。
確かにラルフに相手ができたからって、すぐにそばを離れるというのは無責任すぎる気もした。
もう少しだけ、ラルフの成長を見守るというのもいいのかもしれない。
「――さあ! お茶にしましょ! 今日のおやつはなにかしらねぇ?」
ラルフを抱えたまま歩く。
婚約者探しは後日に変更だ。
リリアナが買い物に行く日を探るのは大変だが、優先すべきはラルフである。
多少の苦労は致し方なしと、アリーシャは腹を括った。
「ラルフはなに食べたいー?」
「……ねえさまといっしょなら、なんでもいいです」
「はあ! 可愛すぎるっ!」
そのもっちりとした頬にすりすりと己の頰を擦り寄せるアリーシャはもちろん気づかない。
ラルフがなにやら不敵に微笑んでいることに――。