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恥を忍んで

「この子のドレスをまた作っていただきたくて。――王妃陛下主催のパーティーに着て行きたいの」


 王妃陛下主催という言葉に、ブティックにいるみなの視線が釘付けになった。

 王妃が開くパーティーに参加する人たちはもちろん家柄がよいものたちばかりで、かつ王妃から目をかけられているのだ。

 相手を見つける場として最高の舞台があるのだから、みな行きたいと思うものだろう。

 かというアリーシャもきらりと瞳を輝かせた。

 もちろん呼ばれたのは姉だが、その姉が王妃のお気に入りとなれば妹にだって箔がつくだろう。

 これはラルフの婚約者候補として頭一つ抜け出たのではと、アリーシャはルナーラを見つめる。

 ラルフよりも一つ上のルナーラは、まるでお人形のような可愛らしい子どもだった。

 薄茶色のふわふわとした長い髪に、大きなエメラルドのような瞳。

 ラルフと並んだらとても素敵な絵になるなと想像してむふっと笑ってしまう。

 慌てて小さく咳払いをして、なにごともなかったかのようなそぶりを見せつつも改めてルナーラを観察する。


「王妃陛下がこの子を気に入ってくださったの。親の私が言うのもなんだけれど、この子は可愛らしい子でしょう? 王太子殿下のお相手にどうか……なんて話もちらほらあるのよ」


 ずいぶんと大きな声で話してくれるおかげでブティック中に話が筒抜けだ。

 それに話題が王太子のことともなれば、人々の注目を浴びるのも間違いない。

 結婚適齢期となった王太子の相手を見つけるため、王妃が国中の令嬢を探っているのはみなが知っていること。

 だからこそ今年の社交界は殺気立っている……もとい、みなが力を入れているのだ。

 もし今の話が本当なら、未来の王太子妃が彼女に決まるかもしれない。

 そうすれば王太子妃の妹となるルナーラは、最高の相手となるかもしれない。


「あら! そうなんですか? おめでたいことですわねぇ」


「ええ、そうでしょう? まだ本決まりではないのだけれど、王太子殿下も娘をとても気に入ってくださっているようで……」


 鼻高に話す母親に対する周りの視線は、思っていたよりも涼やかだった。

 そのことに気づいたアリーシャが小首を傾げていると、ブティックの店員がとんでもないことを口にする。


「今日で三人目ですわ。昨日も入れたら五人目。みなさん王太子殿下に気に入られたからドレスを見繕ってくれと……」


「――…………」


 ブティック内が静まり返る。

 店中の視線がルナーラたちに注がれる中、母親はなわなわと震えだした。


「な、なによ! それじゃあまるで私が嘘をついているとでも!? 本当に王妃様からお声がけが――」


「嘘なんて思っておりません。ただみなさん王太子殿下に気に入られたと仰られておりますので……。あまりご期待されないほうがよろしいかと……」


 親切心からの言葉のだろうが、残念ながら母親に響くことはない。

 むしろ火に油を注いだのだろう。

 母親は声を荒げた。


「私の娘がそこらへんの娘に負けるとでも!? この子は必ず王太子妃になります! そうなった時に泣いても遅いんですからね! せっかく御用達にしてあげようと思ったのに……っ!」


「お、お母様。落ち着いてください……」


 件の娘が宥めるが、母親の怒りは治らない。

 真っ赤な顔のまま、今度は娘にまで牙を向いた。


「お前ももっとしゃんとなさい! お前が王太子殿下のお心を射止めないでどうするの!?」


「そ、そんなこと言われましても……」


「お前はまた……っ! もういいわ! いいこと!? 娘は必ず王太子妃になるわ! 覚悟しておくことね!」


 ふんっと大きな鼻を鳴らすと、母親は踵を返す。


「ルナーラ! あなたもモタモタしないで! 早く行くわよ!」


「…………」


 人形のようだと思ったけれど、これは……。

 アリーシャは呆然とその家族のやりとりを見ていた。

 荒々しい足音と共に出ていく母親と、縮こまってついていく姉。

 そしてそれを感情のない表情で見つめつつ、足を進めるルナーラ。

 確かに人形のように可愛らしいと思ったけれど、感情を押し殺しているなんてそんなのはダメだ。

 お嫁さんには是非とも、ラルフの隣で愛らしく微笑んでいて欲しいのだから。


「…………」


 お節介なのはわかっている。

 ただでさえ嫌な意味で話題の人物だから、目立ちたくはないのだが……。

 だが元々この性格なのだからしかたない。

 さらには一度はラルフのお嫁さんにと願った女の子が、あんな扱いを受けているなんて嫌だ。

 ええい、とアリーシャはブティックを出ると店前にいる家族に話しかけた。


「あの!」


「あら? なにかしら?」


 さっきまでのやりとりがあるからか、母親の眼光が鋭い。

 それに一瞬怯みそうになるが、ここまできて後戻りなんてできるかとアリーシャは一歩足を進めた。


「差し出がましいのは重々承知しております。なのでこれは通りすがりの不審者が意味のわからない発言をしたとでもお思いください!」


「は? ……はぁ?」


 自分で言ってて意味がわからないなと思いながらも、勢いのまま口を滑らせた。


「もう少しだけ娘さんのお話を聞いてあげてください。お二人とも、なにか言いたそうにしてます!」


「――はあ!? あなた……っ!」


「わかってます! 差し出がましいのは! だからこそ聞き流してください!」


 この母親の口撃を受けたらひとたまりもないだろう。

 ならやるべきは一つ。

 そう、言い逃げである。


「娘さんたちも! 自分の言いたいことを言わないと必ず後悔しますよ! 後悔してからじゃ遅いんですからね!」


 死ぬほど後悔したことがあるアリーシャだからこそ、言える言葉かもしれない。

 あの時ああしていたら、あの時こうやって行動していたら、なんて考える日々だ。

 過去の行いに頭を悩ませるのがいかに無駄かわかっているのに、そうしてしまうのだから愚かなのだろう。


「お互い話をして、聞いて、それだけで回避できる衝突もありますから! ……じゃ!」


 アリーシャはそれだけ言うと、ものすごいスピードでその場を後にする。

 周りの視線が痛かったし、なによりも親子からの目に耐えられなかった。

 明らかになにこの不審者って思われていたはずだ。


「…………恥ずかしっ!」


 まあなにはともあれ、ルナーラとの話を進めるのは難しそうだ。

 つい先ほどの行動を思い出し、羞恥心がむくむくと大きくなるのを頭を振ることでなんとか押さえた。


「ええい! 次よ次!」


 恥やらなんやらは全てラルフへの愛で忘れて次に進まなくては。

 まだまだやることはたくさんあるのだから。

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