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第一章7 『ファンドーリンの闇』

 ――案の定と言っては何だが、アデリナがファンドーリンに行くことに心配性の母は反対だった。

 外務代表になる前は一人で別の領地に行ったこともないのに、長旅と同時に重い業務を任されるなんて、という意見だ。


 アデリナの目線からしても、それは的確な指摘だ。

 正直、同盟を結ぶという一大事をひとりで完遂しなければならないことには緊張している。

 普通なら当主の委ねで外務代表同士どこかへ集まり、批准まで進めることもおかしくはない。だがファンドーリンは『特殊』で、どうしても彼の地へ行って当主直々の批准を受けねばならないのだ。


(『アレ』と対面するわけだなぁ……)


 はぁぁああ、とアデリナは馬車の中で重い息を吐いた。

 母アナスタシアと何度も話し合いをし、たくさんの荷物を持たされて、アデリナは今ファンドーリン公爵領へ旅立っている。

 

 この流れは非常に喜ばしい事で、もう数日もすればまた彼に会えるということで興奮は冷めやらぬどころか日増しに激しくなっている。

 だが同時にそれは『現実』に直面する事にもなる。

 マリアとエリカがここにいるなら間違いなく『毒親!!』と指摘したであろう、ファンドーリンの女当主。


 本気で、会いたくなかった。


(ただ、感じが悪いとは知っていても前回は付き合いが薄かった。でもアレがまさか無関係であるとは思っていない)


 前回の惨劇の中で、結構もみくちゃな状態のまま終わったアデリナは、あの女がどういう役回りだったのか実のところよく分かっていない。

 馬車に揺られて彼女と会うことに頭を痛くしつつ、自分の目的を確かめ直す。


(今回は、二の舞にはならない。早くアレの役回りを暴いて……未来を、変えないと)



 雨嵐が、吹き荒れている。定期的に稲妻が夜空を貫き、そのたびに薄暗い室内が不気味に照らされる。

 そんなものはまるで気にならないかというように、いやむしろその不気味さに溶け込むように、女は小さくため息を吐いた。

 彼女の正面にいる『誰か』の影が、ぴくりと揺らめく。

 だがあまりにも暗すぎて、その顔は判別がつかない。


「カレリナの公爵令嬢が同盟を結びに来る、っていうことだったわねぇ……」


 女の手には数枚の紙が握られていたが、嘲笑を滲ませながらそう吐き捨てると、彼女は紙の束を地面に捨てて容赦なくハイヒールでそれを踏みつけにする。


 『ヴィクトル・ファンドーリン外務代表に申請した、ファンドーリン公爵家とカレリナ公爵家の同盟申請受理と批准の件について』。

 手紙のタイトルが不意に『誰か』の目に入り、小さく息を呑んだ。


「一体、どれほど血迷ったらお前に直接申請するのかしら。やはりまだまだお前に実権があると思っている人がいるのねぇ……」


 少しずつ少しずつ、女の声に刺々しさが増していく。

 外の雨嵐は止まるどころかさらに勢いを強めており、大きな雨粒が絶えず窓を叩き、吹き荒れる風は怪獣の唸り声のような音を立てている。

 ――突如光が女を背後から照らし、少し遅れてやってきた巨大な雷鳴が響いた。


「反省だわ」


 低い声で、女がそう言う。

 深い紫の髪と瞳。その目は無感情に、しかし明らかな嗜虐を込めて正面の『影』を見下ろしている。


「やるなら、もっと、徹底的にやらないといけなかったのね」


「……」


 冷たい声が体を刺して、『影』は少しだけ揺れる。ぽた、と何かの液体が地面に落ちる音が、嫌に部屋に響いた。

 女はそれを一瞥して、にやりと口角を上げる。まるで深淵が覗かれるような恐ろしい笑みを、しかし『影』は抵抗することなく見つめるしかない。


 女のつけているブレスレットが、闇の中できらりと輝いた。


「――私の言ったこと、忘れてないでしょうね?」


「……」


 頷く。

 それ以外に選択肢はない。


「お前は私のもの、お前の全ては私に帰属する」


「……」


 頷く。

 それ以外に選択肢はない。


「私に従いなさい、骨の髄まで……」


「…………」


 ――頷く。

 それ以外に、選択肢は、ない。

 ないのだ。


「ふふふ……あはははははは!!」


 彼女の高笑いと共に、夜闇を切り裂く雷鳴が響く。先ほどよりもずっと大きい、轟音のごとき雷。

 その雷が照らした光は、女の顔だけではなく、その姿までもを夜闇に暴いた。


 女の手には、血まみれのナイフが握られている。

 明らかに上等な素材と飾りを使っているドレスは、こびりつくような返り血を浴びていた。


 髪も目も服も、どこを見たって彼女は紫色なのに。それでも今の女は、鈍い赤色をしていた。ただそれだけが、視界を彩る。

 情熱と生命を象徴するその色を冒涜した女は、ひとり自分の妄想の世界に沈んでなおも高笑いを続ける。


「――」


 体の各所から出血してもなお彼女の前に跪くことを命じられている『影』は、薄くなる意識をどうにか保ちながら、別の考えにふと頭をよぎらせていた。


 公爵令嬢にこれが露見するのは、避けたい――。


 理由は、分からない。外面なんていうものではない。そんなものはもうとっくにない。そもそも広まったところでこの女は外面が悪くないので、信じてもらえないか何故か自分の悪評に繋がるだけだ。


 ――同盟を組んでくださる?


 けれど彼女には、知られたくなかった。

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