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第一章6 『彼の地へ赴け』

 宴会の会期は一ヶ月。当主たちは引っ込んで会合を開くことが多いため、必然的に公の場に出るのが多いのは『家門の顔』たる外務代表になる。そのためアデリナは未曾有の忙しさに見舞われた一ヶ月を過ごした。

 外務代表は別名を当主補佐とも言い、一般的には次代の当主が務め、貴族同士の『外交』やそれに付随する様々な事務を行う。つまりこれもまた、いずれ当主になるための鍛錬であるわけなのだ。


「……だとしてもきつすぎる……」


「疲れたのかい? 外務代表として活動するのは初めてだから、仕方ないさ。でもよく頑張ったよ、アデル。今回の宴会の収穫はかなり大きい。母さんが出発前から心配していたが、これで自慢できるね」


 やっと一か月の会期が終わり、ようやく二人も帰宅できる。カレリナ公爵領へ帰る馬車に揺られながら、アデリナはぐでっと壁に寄りかかって魂が抜けたような声で文句を口にした。

 そんな苦しみから娘の気を逸らそうと、父イリヤが話題を変える。


 アデリナの就任前は、母であるアナスタシア・カレリナが外務代表を担っていた。これは次期当主が幼かったりほかに原因があったりする場合の例外のひとつで、カレリナ公爵家の場合は母の心配性から来るものであった。

 それでアデリナの就任を遅らせたわけなのだから、当然今回の宴会に関して色々と心配をしていた。もし気軽に婚約破棄の話をしたら、グラナートに殴り込みに行きかねないので話し方には気を付けねばならない。


 それはそれとして、自慢は確かに盛大にすべきである。

 何せ時を超えて数年ぶりに彼と再会できただけではなく、同盟申告を受理してもらうところまでいったのだ。これは天下に輝く功績である。勲章をもらいたい。


「それは、そうですね……! ふふふ……」


「――」


 イリヤの目から見れば、アデリナは完全にもう目が現実を見ていなかった。どこか彼方を見ているのか、それとも妄想をしているのか。

 だがまあ――夢が成就したのなら、それくらい喜んでも仕方ないだろう。

 全くうちの娘は……、という目でアデリナを眺めつつ、イリヤは小さく微笑んだ。


「これからはあまりイベントがない。疲れているならしっかり休みなさい」


「もちろんです。十二時間寝ます」


「それはたぶん母さんに叩き起こされると思うね……」


 馬車は心地よく揺れながら、愛する我が家への帰り道を辿った――。



 疲れているならしっかり休みなさい――。

 という言葉を優しく優しく言われ、カレリナ公爵領に帰宅してからほんの三日。アデリナは父に呼び出され、感情の読めぬ笑みを前にして嫌な予感を浴びていた。


「――知らせが二つあるんだ、アデル」


「……『良い知らせと悪い知らせがある、先にどちらを聞きたい?』」


 父の習性をとっくに把握しているアデリナは、じとっとイリヤを見つめつつ彼の口癖を復唱する。

 イリヤはきょとんと眼を瞬かせると、穏やかな笑い声を響かせた。


「アハハ、性格が露見しているようだね……。けど残念、今回はちょっと違う。おまえからすれば、最高の知らせと普通の知らせになるだろう。先にどちらを聞きたい?」


「……ふ、普通のからで」


 最高、とまで言われると最初に聞くのはなんだか憚られる。アデリナは大好物は最後に残して食べる派だ。


「うん。ひとつめなんだが、リーリア・アヴェリナ男爵令嬢から切実な訪問申請が届いている。彼女は謹慎中だが、他の者と違い厳格な命令書が下っているわけではない。我々カレリナがそこに忖度する必要はないわけだ。だからおまえが彼女に会うか会わないか選択するといい」


「!」


 イリヤの言葉は、かなり意外な内容だった。リーリアからすれば、アデリナは最大の宿敵ライバルであったはず。それが『切実に』会いたいと願い出るとは。

 わざわざ謹慎中に怒りをぶちまけに来る、という目的だとも考えづらいし、イリヤによれば明確な目的は手紙に記されていないようだった。


 もしかしたら、アデリナにしかできない話なのかもしれない。


(――まともに話したこともないのに?)


 アルトゥールとリーリアがイチャイチャしている間も、アデリナはカレリナ公爵家と公爵領のことばかり考えていた。

 ちなみに『悪役令嬢』というのも彼らの頭の宜しくない取り巻き達がつけたレッテルで、多くの貴族はもっと冷静に状況を見ていたのだ。


 ――つまり、リーリアを取り巻く環境は閉鎖的だった。

 彼女はアデリナと、全くと言っていいほど接点がないはずだ。


「……一応、保留にします。第一元老閣下の命令がなくとも、この時期に会うのは彼女自身にもよろしくない。急ぎの話かもしれませんが、さすがに波が収まるまで待った方がいいですね」


 ちなみにリーリアが厳命のもとで謹慎をしていない理由は、彼女の態度が他と比べて落ち着いていたことや、全体的に受動的であったことが見受けられたからである。


 ただひとつ、先日の茶会でも話に上がったように、彼女はどんな取り調べにも黙秘を貫いている。

 それなのに訪問申請を出したのは気になるところだが、さすがにあれからひと月も経たずに人の家に訪問したのがバレたら「反省しとんのか!」ということになるに違いない。まだホットなニュースだし。


「そうだね。私も賛成だ。そして最高な二つ目なんだが」


「うぅっ、父上がそこまで仰ると凄く落ち着きません……」


 最高とか最低とか極端な評価をすることの少ない父が、良い笑顔でそんなことを言うものだから、アデリナも心臓の鼓動が速くなってきた。

 

「二つ目なんだが――、アデル。同盟締結、批准のため、ファンドーリン公爵領に赴いてほしい」


「は」


 ちか、と目の前で火花が散ったような感覚と共に、アデリナが固まる。

 遅れて、頭からつま先まで突き抜けるような電撃が彼女を貫いた。


 ファンドーリンに――、行く?

 それはつまりその彼が住んでいる場所に行って話し合いをして来いということで同盟の話し合いというのは通常長い時間がかかるから長期滞在になるわけでしかもお部屋も借りないといけないしというか暮らせるわけだし外務代表同士いっぱい話さないといけないしそれってつまり、


「ぁ、あ……」


 会えない会えないと死にかけていたくせに、突然舞い込んできた特大のチャンスに、アデリナは目を回す。

 思考も頑張って回していたが、もう完全にショートしてしまった。真っ白である。


「――行ってきて、くれるね?」


「はぃ……!!」


 頭が空っぽになりつつも、その返事は怠らない。

 

 前回ですら、ファンドーリンの地を踏んだ時間はそこまで長くなかった。それに、全く落ち着ける環境でもなかったのだ。

 今度こそはしっかりとかの地を目に焼き付けて、あの人と肩を並べることができる。


(わたしが……行ける……ファンドーリンに……!!)


 心臓が飛び出かねない鼓動の速さと強さ、そして体が爆発しそうなほど溢れる喜びを一生懸命噛みしめるアデリナの耳に、もはや「安全など気を付けるべきこと」の説教をしている父イリヤの言葉は入ってこなかった。

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