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第一章5幕間 『×お茶会 〇女子会』

 その後エリカが敬語の代わりにアデリナを「アデリナたん」と呼ぶ件については戸惑いの中で受理され、今回最も重要な話は終わった。

 だが、三人の女子会は未だ続いている。


「――でも、すっごく驚いたな。あんな場所で声をかけたから。あの方は結構隅っこに居たのに、あっという間にあそこが宴会の中心みたいになってかっこよかった!」


 ふと、マリアがその話を切り出す。

 言わずもがな、アデリナが宴会でヴィクトル・ファンドーリンに同盟を持ちかけたあの話だ。

 あれは新聞にも取り上げられたり社交界でホットな話題になったりと、グラナート全域に震撼をもたらした。


 ただ当然のごとくヴィクトルの評価が上がるわけではなく、カレリナ公爵家の目的などへの考察ばかりであった。

 他のニュースは婚約破棄の件だったり、リチャードのハートブレイクの件であったりするが、誰もヴィクトル個人の事は取り上げない。当然の事だ。


 ――ただ、その話題の中心たるアデリナの反応といえば。


「あ。」


 すう、と彼女の瞳のハイライトが消え失せ、顔の生気もなくなり、表情も抜け落ちていく。

 え、と二人が異変に気付いた時にはもう遅かった。

 まさしく悪役令嬢のような怨念を溢れさせながら、アデリナは魂を零すかのようにつぶやく。


「そう、そうなのよ……でも会えない……全然会えないの……憎い、全てが憎い……」


「「うわあああっっ、大変だ!」」


 宴会から、アデリナはヴィクトルに一度も会っていない。

 どうでもいい会合やどうでもいい茶会やどうでもいい宴会は何度も何度も何度も何度も全員殴りたいくらいに参加したが、一度として彼に会うことはできなかった。

 もちろんこうなることは理性では分かっていたが、恋の前に理性を語るなど無意味ではないか。


 どんどん闇落ちしそうな雰囲気に包まれていくアデリナを見て、マリアは半ば脊髄反射でなだめることを試みる。


「ま、まああの方はあまり社交の場に出ないみたいだし、それに、同じ外務代表だからきっとすぐ会えるよ……!」


「でもこのままだと干からびそう……役目を放棄して屋敷に突撃したい……」


 公爵令嬢らしからぬ発言に、マリアとエリカが顔を見合わせる。

 こ、公爵令嬢が扉を蹴破って……! という映像がマリアとエリカの頭に浮かんで、二人は同時に噴き出した。


「……なんか失礼な事考えてない?」


「「い、いえいえー!」」


 じとー、とアデリナがその眠たげな目で二人を見つめる。

 その追及をどうにかかわすため、エリカが頭を巡らせて話を逸らす。


「そ、そういえば……我が家レヴィタナ侯爵家、それとマリアのエーリン伯爵家もカレリナ派に転向する気のようであります。もともと自分の領地を持っていて独立的だったし、これからたくさんお話しできるのであります!」


「あ、なるほど、それで両家から手紙が来たわけね。なんだか社交界ではそういう気運があるみたいね」


 アルトゥールの愚かしさが露見したことにより、グラナート大公家は色々と立て直しをすることになった。リチャードも求婚が失敗し、しばらくは表に出ないだろう。ファンドーリンは噂の中心には出てくるが、『実権者』がまだコメントを出していないため政治的には未だ大きく触れられていない。

 

 必然的に、権力闘争にいそしむ貴族達の矢印は、カレリナ公爵家に向くことになったのである。

 だがはっきり言ってアデリナも含めカレリナ家はそんなくだらないことに付き合う気はない。


「あ、その気運なんだけど……多分ホーネット公爵家はキャロルちゃんを切り捨てることで収拾をつけて気運を止める気かも。何故かキャロルちゃんの処遇の方が話題になることが多いし」


「……そうねえ。わたしがどう出るか分からない以上、あの瞬間明確に敵対行為をしたあの子を侍らせてはおけないでしょうね」


 はっ、とアデリナが鼻で笑う。

 彼らがキャロルを切り捨てたのは、アデリナの顔色をうかがうためだ。もしアデリナがヴィクトルを擁護するのなら、すぐに立ち位置を変えるために。


 どこまでもアデリナが主役で、どこまでも彼のことは置き去りで。


「そういえば、この前の宴会であの子は家令に慌てて連れて帰られたのでしたな。おかげで徒歩で帰ることに……とほほ」


「それまさかだじゃれじゃないよね???」


「全く意図してないが!?」


 わやわやと騒ぐマリアとエリカを見ながら、アデリナは口角を吊り上げる。その視線は、別の考え事をしているからか少しだけ遠い。


「……そうね。あの子はちょっとだけ、大変なことになるかも」


 くす、と笑って、アデリナは意識を茶会に引き戻した。


「でもいじめをしてたんだ、きちんと叱られるべきだ!」


「けど貴族はシビアだからあの子人生終わっちゃっただろうなあ。マナもそこまで強くないし……」


 貴族は、群れるものだ。ひとりでいては、色々な選択肢を誤りやすいから。でもどんな権力者の傍にいても、絶対の安定は存在しない。

 彼女もまた綱渡りの世界の中で踏み違えてしまった者のひとりに過ぎない。

 そしてその失敗は大衆に顧みられることはない。


「でも私は全体的に不満がある。全員処罰が軽すぎるであります!」


「みんな高位貴族だったうえに、マナも強い人ばかりだったからね……」


 アルトゥールと金魚のフンたち、そしてそれに協力していた一部の協力者は、あの宴会のあとロスティスラーフ第一元老の命により相応の処罰が下された。

 ただエリカの言う通り、確かに控えめなものであったと言える。


 アルトゥールは第一元老の後継者として、第二元老の席に座っていた。実質国で二番目に偉いというわけだが、彼はその座から引きずり降ろされなかった。

 理由として、元老院議員を選挙する貴族大会議は十年に一回であり、その次の選挙まであと一年しかない。グラナートの安定した権力移行のためにも、会期に彼を罷免するということになったのだ。

 ただもちろん実権は全て剥奪されていて、簡単な事務仕事しか許されていない。第二元老としての実権は、ロスティスラーフとエレオノーラ第三元老の二人に分配され帰属する。


 金魚のフンと協力者たちはそれぞれ処断を受け、魔力の弱い者は貴族位を剥奪、魔力の強い者は外務代表の場合は代表から外され、しばらくは謹慎となる。とはいえ出てきても二度と表舞台には出られないだろう。

 ただ協力者たちはともかく、フンたちは乙女ゲームの攻略対象。おのずと弱い人間は誰一人おらず、結果として貴族位は守られたままである。

 まあ、安全が脅かされるグラナートを守るためにも、確かに彼らの力はまだまだ必要だ。


 ――ひとつ意外だったのは、『ヒロイン』のリーリア。

 しらを切る協力者、口汚く騒ぐ金魚のフンや傲慢な態度のアルトゥールに反して、リーリアは謹慎を食らって以来部屋にこもり沈黙を守っているらしい。

 全く意外ではないが案外最も憎らしいのはリチャード・ホーネット。

 衆目下での告白大失敗という恥辱を食らって、確かにほんの少し彼への評価は下がり気味だ。だがそれは常時右肩上がりのグラフの上昇がちょっと穏やかになったというだけで、特にそれらしい影響がない。

 そもそも大衆は、一応リチャードがアデリナを助けるつもりで手を差し伸べたという認識なのだ。愛のため第二元老とぶつかり合ったとして、逆に評価している者もいる。


(……本当に、あなたという人は、変わらない)


 カップを置く手に力が入ってしまい、思わず音を鳴らしてしまった。所作が完璧なアデリナ・カレリナらしからぬちょい事故に、マリアとエリカが目を丸くする。

 それをいい感じに誤魔化して、アデリナは別の話題に移った。


(あの人に会いたいなあ……)


 そんな深い思念を花園に取り残して、夕暮れ時に茶会はお開きとなった。

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