第一章4幕間 『ヒミツ』
どん。
本日はお日柄も良く――。
ではなく。
「うふふ」
「「あわわわわ……」」
穏やかに吹き抜ける春風が心地よく、日差しが優しく降り注ぐそんないい天気の一日。
ほのぼのとした花園の中で、三人の令嬢が机を囲んで茶会を開いていた。
まあもちろんアデリナとマリアとエリカなのだが。
この前の宴会は終わったが、『宴会』というイベント自体はまだまだ続く。何故なら『宴会』とは、一年に四回、一度につき会期一ヶ月開催される、全貴族が首都に集う大きな祭典だからだ。
とはいえパーティが開かれる時以外は、当主や外務代表たちはともかく、ぶっちゃけそれ以外の子女たちは会期はずっとただ暇なだけである。アデリナは忙しいが、他二人は何もすることがない。
その上宴会で色々あったおかげで、国の勢力図がほんの少しだけ変動している。
――よって、突如届いたアデリナからの茶会の誘いを、二人の家は諸手を挙げて大歓迎した。
「ああ、あの、その、公爵令嬢が私達をお誘いくださったのは、その、何か重要なことでもあるのでしょうか?」
ただ、急に推しとこんな独立した空間で面会することになったマリアとエリカからすれば、もうドキドキどころの話ではない。今なら顔で湯を沸かせるはずだ。
軽く手を挙げてぐるぐる目を回しながらそう尋ねるマリア。ちょっと文法が怪しくなっているが、完全に言葉を失っているエリカよりは冷静だったかもしれない。
キャパオーバーしている二人を眺めて、アデリナは黒髪を揺らして苦笑を浮かべた。
「前に言ったでしょう? 貴女たちと仲良くしたかっただけ。だからほら、ため口でいいって言ったじゃない。遠慮しないで」
「し、しかしっっ! それでは失礼すぎるであります!!」
冷や汗だらだらな二人に対し、アデリナは冷静にお茶を一口すすった。
二人を過度に緊張させないために服装もラフにしたし、髪飾りも一切つけずセットもほぼしていないも同然にしたのだが、そういう問題ではなかったようだ。
好意によって距離が取られているのなら、それを無理やり縮めようとするのは得策ではないのかもしれない。
「そうねえ。じゃあとりあえずそれでいいよ、わたしの話を聞いてくれたら……おのずともっと仲良くする気になると思うから」
「え?」
「これからわたし達――、誰にも話せない秘密を共有し合いましょう?」
「「えっ??」」
きらり、とアデリナの目が妖しく輝く。唐突な話の切り出しに、マリアとエリカはきょとんとする。
誰にも話せない秘密。二人にそれがあるとしたら――、
「マリア、そしてエリカ。貴方達のマナは、この世界にはない在り方をしてる。一体、どういうこと?」
「「――!!」」
魔力。それは、全国民が生まれ持つ魔術を使うためのエネルギーである。
特にその強さに貴族か平民かといったことは関係がなく、そのため魔物や瘴気に脅かされるグラナート共和国では身分だけではなくマナの強さにおいても力関係が決まる。
マナの大きさの違いで、同じことをやらかしても処罰の度合いが違うなんてこともざらにあるのだ。
だから、マナというのはとても重要なもの。
その異常を指摘されては、居ても立っても居られないというわけだ。
それに、純粋に心当たりがあるのだから。
「そ、れは、どういう……」
「ああ、わたしがカレリナで、その特殊能力を大きめに引き継いでるから見えるだけで、普通の人は絶対に見えやしないわ。そこは、大丈夫。でも貴女たち、その反応を見るにやはりこの世界の常識から外れた存在であることに自覚はあるみたいだね」
「うぅっ……」
強制的に体に上塗りされたかのようなマナの流れ方。少し目を細めて魔力を込めれば、アデリナには二人のその特異さがわかる。
特にマリアは後天的に付け加えられた流れにしては、あまりにも強すぎるマナを持っているし。
もはや裸にされたようなもの。アデリナは聡明だし、かわそうと思っても彼女の追及からは逃れられないだろう。
「――公爵令嬢、私は、私達は転生者です」
「マリア!?」
「公爵令嬢は敵意を持ってるわけじゃない、仲良くしたいって仰ってたんだもん。それに秘密の共有なんだから、令嬢の方からも何かあるはず。私は、推しを信じる!」
「そうだな……! はい、そうであります。私たちは、えっと、地球っていう星からある日突然この世界に転生してきて……顔や姿も本当はこうではなかったのであります」
「なるほどねえ……」
表情を引き締めて、マリアとエリカが強い決意を滲ませて最大の秘密をアデリナに語る。
この世界において、二人はアデリナとほとんど初めましてに等しい。宴会でのちょっとした邂逅は……ちゃんとした会話に入らないだろう。
だけれど、ふたりはアデリナのことを、彼女も知らない未来のことまでも、良く知っている。
そのうえで、いやだからこそ、信じることを選べるのだ。
「この世界は実は、地球で作られた『聖女と七人の勇者』というゲームの世界だったんです。私とエリカちゃんはこのゲームをプレイしたことがあって、だから未来を知っていたんです」
「ヒロインが逆ハーレムルート……つまり金魚のフンを全員取り巻きに加えるルートを選んだら、悪役令嬢は死刑になると決まっていたのであります。だからその、」
「――わたしを助ける用意をしていたのね?」
「あ……」
ふとアデリナの表情をよく見ると、いつもは厳しい目の光が穏やかに二人を見つめている。
もしかしたら大抵の予想は付いていたのかもしれない。
それでも、この場を設けて二人に説明してもらうことを選んだ。本気で、仲良くしたいと思っているから。
心が大きく波打つのを、感じる。
ああ、なんてすばらしい人なのだろう――。
浮足立った気分のまま、二人は持っている情報の全てをアデリナに伝える。推しと秘密を分かち合えるというのは、良く考えれば最高のファンサではないか。
――二人がすべて話し終わると、アデリナはもう一口お茶をすすってカップを置き、にこりと微笑んだ。
「それじゃあわたしもわたしの秘密を、貴女たちに伝えるわ」
「「ごくり……」」
実は私は、と、今から買い物に行くとでも言うかのような軽さで、アデリナは言葉を紡ぐ。
「――二回目の人生を、送っているの」
〇
その後数時間かけて、マリアとエリカ、そしてアデリナの持つ情報のすり合わせは終わった。
少し太陽が傾いてきているが、盛り上がる三人の話は終わりを知らない。今日初めてまともに会話をしたはずなのに、もうまるで長年の友人であるかのようだった。
頃合いを見て、アデリナはもう一度告げる。
「――今度こそため口で、そして普通に名前を呼んでくれる?」
「ぁ……えと。本当にいいんですか?」
「良いに決まってるでしょう、友達なんだから」
「と゛も゛だ゛ち゛……! うぅっ……ありがとうございます……!」
「だから、ほら」
す、とアデリナが手を差し出す。「ほら、どうぞ?」とでも言いたげな表情。これは呼ばないと帰れないパターンである。
ただ、数時間の話の中で、二人の中でもアデリナとの感情的な隔たりがずいぶんと薄くなった。もちろん推しとしての愛は決して目減りすることはないが、友達として傍にいることに抵抗感は覚えなくなった。
――それに、推しと友達なんて、こんなチャンスはレア中のレア。ここまで言われてしまったら血涙を流して(話に)飛びつく以外にない。
「えっと、じゃあ、アデリナちゃん……っ、よ、よろしく!」
「ええ、よろしく。エリカは?」
「自分は……。――自分は、やはりこのままでお頼み申す!」
どん、という効果音がつきそうなきりっとした顔と凛とした声で、エリカがそう宣言した。
アデリナも目を白黒させているし、マリアも横で「え、武士?」などと訝しげにつぶやいている。
「――しかし代わりにひとつお願いがあるのであります!」
ぐっ、とエリカが拳を強く握り締める。
「――アデリナたんと呼ばせていただけないでしょうか!」
推しとのチャンスは極限まで利用する。
キラキラ輝くエリカの顔は、まさしくファンの鑑といえるものだった。