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第二章7 『公爵領と黒魔術』

 湿った空気の立ち込める路地裏を、黒いローブを着た男が目にもとまらぬ速度で疾走している。

 万に一つでも自分の存在を悟られないために、できるだけ監視の目が入りにくい場所を選ばなくてはならなかった。


 ――自身の主の計画に、決して失敗があってはならない。

 彼女は今やこの世の正義と未来を一身に背負う存在になってしまったのだから。

 あまりの重責に苦しまないように、自分が力にならなくては。


 それが、カレリナ公爵家に救われたレナート・ヴァイマンの使命であるからだ。



 結果から言えば、ホーネット公爵領の人々が受けている黒魔術の影響は、ファンドーリン公爵領よりもはるかに大きく、そして悪辣だった。

 食糧品から衣服、住居、娯楽まで、大量に流通するが調査されにくい『日常生活に伴うもの』が重点的に狙われており、ほぼ全住民が汚染されていると言っても良かった。

 口封じもしっかりされており、レナートでなければ見逃しただろう。

 

「植民地の方も、行ってみましたが、同じような感じ、でした。無条件にホーネットを信じている様子。理不尽な要求や不平等な協定も拒否せず、いかなる場合でも、ホーネットを正義だと、疑っておりません」


「ありがとう、レナート。予想通りの結果ではあるね。そもそもホーネット邸自体に黒魔術がかかってるし、規模の大きさは想定内。でなきゃ、この時代に植民地なんて維持してらんないもんね」


 レナートの報告書をぺらぺらとめくりながら、アデリナは深々とため息を吐いた。

 余談だが、ホーネット邸にかかっている黒魔術は主に使用人や客人に向けてのものだ。ジェシカは最初から範囲外である。黒魔術など必要ないからだ。

 恐らく、商談の際立場を有利にすること、そして公爵家の評判を上げるという目的なのだろう。


 それはともかく、とアデリナは思考を切り替えた。

 嘘を一つも見逃さない鋭い視線をレナートに向けながら、表面上は軽い調子で尋ねる。


「それで、そろそろ教えてくれる? どうしてカレリナの人間でもないのに、黒魔術を見抜く『眼』があるの?」


「……それは、私が、黒魔術による被害を、目にしていたからです」


「そのうえであんまり効かなかったということね。さすがはうちの屋敷に配属されるだけある。素晴らしい精神力だね」


「恐縮です」


 黒魔術の効用には個人差がある。それはその精神の強さに左右され、強ければ強い精神を持つほど黒魔術に屈服させられにくい。

 ただ、洗脳されるかどうかというだけで、その精神力が陥落を許さないのは、地獄の苦しみを永遠に味わうという意味では恐ろしい事でもある。


 アデリナはそこで話を終えようと思っていたが、レナートはまだ何か言いたげだった。

 急かすこともなく、アデリナは彼が言葉を整えるまで待った。


「……ご存知の通り、私は、かつてホーネットの人間でした。逃亡した私を、カレリナ公爵家が保護してくださった」


「そろそろ忘れる所だったわ。事実、わたしは貴方はホーネットよりもカレリナが似合うと思ってる。賢明な選択ね。それでその逃亡と、黒魔術が関係あるって事?」


「――はい。お話で、はっきり分かりました。あの時、私の村に起きた異変は、黒魔術による被害です」


 アデリナが幼いころに、両親がホーネットから逃亡してきたレナートを公爵邸で保護したという話は聞いている。

 それは、公爵邸の人間が彼の強い忠義を信じて疑わない大きな理由の一つでもあった。

 その逃亡の理由は、ホーネットの圧政によるものであると当時は解釈されていたが、実際はもっと狂おしい状況であったに違いない。


 ただ、当時レナートが異変を感じていたとしても、誰にも信じてはもらえなかっただろう。

 黒魔術という答えを知る者は、イリヤ以外に居なかった。

 だが逆に、レナートはその唯一のひとの昔の研究内容までは知らなかったのだ。


「なので、私の故郷に副媒介が、あるかもしれません」


 レナートとアデリナの目が合う。何となく、彼女はレナートが何を言いたいのか分かった気がした。

 ひとは誰も、真実を探索したいものだ。

 そして万難を排し真実を探索する人間の姿は、得てして美しいのだ。


 自らの出生の地の異変。その真実の一片を知ったレナートは、その足をもう一歩進めようとする。


「だから、一度村へ帰ろうと思っています。そこに、答えが、あるのではないかと」


 レナートの決意の滲んだ瞳が、力強くアデリナを射抜いた。

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