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第二章2 『関係改善の序章』

 白塗りの建物を背景に、ずらりと大人数の使用人が正門前に並んでいる。当然赤絨毯も敷かれており、きたる客人を待ち構えていた。

 馬車から降りると、その一面の風景にももちろん震撼させられたが、何より当主であるリチャード・ホーネット直々の出迎えがあることに驚いた。


 ファンドーリンと友好関係を見せたばかりの彼にとって、少し合作の意志を示しただけのカレリナをここまで好待遇で迎えることは、どう考えてもメリットの方が少ない。

 新聞社と共に固まっていると、リチャードがすっと手を差し出してくる。


 太陽に対抗するかの如き光を放つ鮮やかな金髪。青い空を吸い込んだかのような碧眼。そして神秘的な雰囲気を醸し出す黒いコート。

 佇まいだけで言えば万人を魅惑する美丈夫であることは、確かに間違いない、のだが。


「ようこそ、アデリナ。オレの手を取ってくれるか?」


「……エスコート? 似合わないわね」


「いいじゃないか、君にだけは似合わないことをしてみる気にもなるさ」


「聞こえの良いことを言うわね。その口の上手さに免じて、受けてあげてもいいわ」


「本音なんだがなぁ」


 表情を繕う。仮面を被せる。

 妖艶に笑い、身勝手に、飄々と動き回り、人々の目を引き付け、危ない美しさと溺れさせるような深い声色で決して離さない。

 それが――、『悪役令嬢アデリナ・カレリナ』であったのだ。


 妖しく笑いながら、アデリナがリチャードの手を取る。エスコートされる彼女の姿が、興奮気味の新聞社たちによって写真機に写し取られた。

 場面は違うが、まさに――、前回の人生の時のように、その手を取った。

 それが、アデリナの取った選択肢。

 未来を変えるために、今を変えないこと。最初から強引に展開を変えすぎたことを反省し、物語を元に戻した。


 それでも、この行為は生き直した彼女自身の信念を裏切る第一歩になってしまった。


「――握手をしてちょうだいな、リチャード。わたしは一応外務代表なの、それらしい写真が欲しいわ」


「おっと、それは気遣いが足りなくて悪かったな。これで良い角度だ。君が一番美しく映えるよ」


「いやね、その口車に乗せられてしまいそうだわ」


「乗せようとしてるのさ。できれば乗ってくれると嬉しいんだがなぁ」


 悪い笑みを浮かべて握手するアデリナとリチャード。ただ角度的に写真には仲良く微笑み合っているように写るだろう。

 より一層興奮する新聞社たち。恐らく、次の日には全新聞の一面を飾ることになると予測できる。誰も予知できなかった、情勢の激動の変化を象徴する一場面なのだから。


 握手を終えると、リチャードはエスコートをしたまま邸宅を掌で指し示した。


「さあお姫様、オレの家にようこそ。色々案内するよ」


「お姫様ですって? 女王とお呼びなさい」


「ハッハッハ!! 確かに君にはその称号の方が相応しい。さあ入ろう。新聞社に見せつけるのも気分がいいが、オレは君と二人きりの時間が欲しいんだ」


「ふふ、どうかしら、わたしの気分が良かったら付き合ってあげても良いわよ」


「なら君の気分を良くできるように頑張らないとなぁ」


 ハッハッハ、とリチャードは再度高笑いを響かせながら、アデリナと共に赤絨毯を歩き抜ける。そして扉を押して邸宅の中に入っていく二人を、新聞社や召使たちは固唾を呑んで見送った。

 緊張状態だったファンドーリンとホーネットの関係が和らいだかと思いきや、敵対関係になると思われたホーネットとカレリナが手を結んだ。

 常軌を逸した目まぐるしさに、もはや予想や考察を放棄しそうになる人間も出るほどだった。



 けたたましい音を立てて、紅茶のカップとそれを入れていたポットが地面に落下して破砕する。その衝撃で硝子が四方に散らばり、それらが全力で地面に叩きつけられたのだということを示していた。

 部屋の隅で控えていたメイドが、散らばった硝子を見て小さくため息を吐く。その後ちらりと主の顔を伺った。思わずため息が出てしまったが、気付かれなかったようだ。


 窓の外。

 アデリナとリチャードの曖昧で大人な雰囲気をまざまざと見せつけられた自身の主が、平常心でいられないだろうことはとっくに予測がついていた。

 ただ彼女がヒステリックになるたびに後片付けをせねばならない身としては、大変気が重い。


「何なのよ、あの女……。アタシが、リチャードの妻なのよ! ふざけないで! おかしい、全部おかしいわ、あの女が現れてから全部おかしくなった!」


「僭越ながらジェシカ様、お二人はまだご成婚されて――」


「黙りなさい! アタシはリチャードと結婚するって決まってるのよ! リチャードがあの女に求婚したなんて嘘よ、何かの間違いよ、そう、きっと利益の為よ! 今だって! 最後にはアタシの元に戻ってくる、ねえ、そうでしょう!?」


「……」


「黙ってんじゃないわよ!! 答えなさいよ、まさかお前もアタシ達の愛を疑うつもり!?」


「黙りなさいと命じられたのはジェシカ様でございます」


「このっ……! もういいわ、全部片づけておきなさい!!」


「……承知いたしました」


 金切り声で喚きたてた挙句に肩を怒らせて部屋から出て行った自身の主に、メイドは深々とため息を吐いた。

 彼女が出て行ったからこそ、何も気にせずにため息ができる。とはいえ、できることもそれくらいだ。

 零れたお茶と散乱するガラスの破片を片付けるのは、当然自分の仕事だし、ジェシカが帰ってくるまでに片付けておかないと、次は何が起こるか分かったものではない。


「はあ……」


 アデリナ・カレリナという煌びやかな存在はメイドもよく耳にする。一時期は出所の明らかな『悪役令嬢』という噂が流れたり、破婚騒ぎもあったと聞いている。

 さらにはファンドーリンと同盟を結んだり、ホーネットと関係改善をしたりと、精力的な活動によって最近は女性の憧れの的としての崇拝対象になりつつある、らしい。


 ただ、悪役令嬢と言ったら、自分の主の方ではないかな、という考えがメイドの頭をふとよぎる。

 理性を飛ばすと本当に何をするか分からないので、アデリナが滞在する間、自分の主が何かしでかさないか非常に不安だ。

 そうなれば自分もお咎めは免れないので、全力で何も起こらないことを願いたいものである。


 ――これは、数人の間の恋愛感情では終始することのできない、もっと重い世界的な外交なのだから。



「――いいの、こんなところを使っても」


「君を住まわせなかったら誰にやるというんだい。この部屋は君が来るのを待っていたのさ。事実、君が来るまでこの部屋は一度も使われたことがないしね」


 リチャードは最初に、アデリナがこれから住む部屋を見せてくれた。それは公爵邸において、客人に住まわせる部屋の中で最高級のもの。恐らくリチャードの部屋と比べてもそれほど遜色がない。

 どこもかしこも輝きを放つ部屋の中で、半ば立ち尽くしてしまう。気遣いは分かるが、全然、落ち着かない。

 アデリナの戸惑いに気づいたらしいリチャードは、両手を広げて飄々と語る。


「オレに君をもてなさせてくれよ、アデリナ。君がここにいる間は、何でも一番素晴らしいものを君にあげたいのさ」


「さすがはリチャード公爵、おだてるのが上手いのね」


「おだてる? まさか! 君を口説いているんだよ。君はどんな砦よりも難攻不落だからな!」


「――」


 ハッ、とアデリナは内心で鼻で笑う。前回の人生を知らなければ、表面上だけでは彼の狂った考え方は分かりようがなかっただろう。

 愛をささやき、言動の全てでそれを表そうとするその男の本当の顔に、実際前回は誰も気づくことがなかった。

 そう考えれば、好きだと言われたからといって信じられはしない、というヴィクトルの価値観も、理解のできないものではない。

 世の中にはとんでもない奴らがわんさかいるのだから。

 

「どうもありがとう、リチャード」


 お前の本当の性根を思い知らさせてくれて。

 ――そんな言葉の続きは、もちろん口にしなかったけれども。

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