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第一章40 『最強』

 アデリナが大刀を一振りするたびに、爆風がマリアの髪を煽る。もはや台風を巻き起こしている彼女の戦闘は、圧巻の一言であった。

 黄金色をした魔力の燐光を煌めかせながら、アデリナは魔物を一掃していく。その武器は彼女の身長ほどあるだろうに、体の一部かのように使用している。

 もちろん、これらもまだまだ彼女の真価ではないのだが――、


「アデリナちゃん、凄い!」


「……もっと凄いもの、見たい?」


「見たい!」


「――なら、刮目してごらんなさい!」


 手から数十の水砲を出して魔物を屠りながら、マリアがアデリナを凝視して崇拝するような表情で賞賛する。魔物は既にマリアの視界に入ってすらいないが、死体は大量に積み上がっている。

 アデリナも、久々の戦闘とストレス発散から来る興奮も相まって、高揚した声で大刀を振り回す。

 

 ――ぴたり、と世界が止まった。

 音も、風も、波も、動きも、全てが止まって、止まって、唐突に、歪んだ。

 視界に映る景色が一瞬ずれるような錯覚がしたその直後には、目の前の魔物の群れがすべて塵になっていた。

 アデリナが魔術を解除すると、幻覚を見ているような感覚から解放される。


「時間を止めて、時空を歪めて、時を超える。最近編み出した魔術よ、結構凄いでしょう。初見殺しなのよ。魔物に使うにはちょっとオーバーキルだと思うんだけどね」


「うああ……凄い学問の知識も必要になりそうだね……」


「確かにそうね。空間や時間、それから宇宙に関する知識もないと」


「え、この世界ってまだ相対性理論ってないよね?」


「? 知らない言葉ね。あなたたちの地球ほど科学は発展してないわよ」


「でももうすぐ出てきちゃいそうな雰囲気だ。刮目してお待ちしております……」


「わたし!?」


 アデリナを凄腕の学者にでもしたいのか、マリアがいそいそと彼女を壇上に上げようとしてくる。

 だがはっきり言って、アデリナは紙面上の知識を頭に入れることで精一杯だ。新しい研究をするなんて、できやしない。特に理系は駄目だ。

 そういうのは父に任せた方がいい。


 ――だが、魔術の面では誰にも負けない。

 何せアデリナ・カレリナは――、現状、カレリナ公爵家で最も魔力が強い『最強』の存在として君臨している。

 他の公爵家とは戦ったことがないので分からないが、どの人と比べても負けずとも劣らぬ力量を持っているはずだ。

 策略だ何だと考え込んではいるが、アデリナは自分がいわゆる『脳筋』に近い思考回路だと自覚している。


 もう少しマリアやユリアーナのような論理性を持っていたら、もっといい考えが浮かんでいたのかもしれない。


「それはさておき――、やるわよ。今回の論賞で、必ず一位を取ってやるわ。いいわね? 相棒!」


「もちろんだよ、相棒!」


 気を取り直して、アデリナは大刀を構えて、マリアは自身の杖を構えた。背中を合わせる二人の貫禄に、魔物の群れが気圧されている。

 ――背中を預けられる相棒。

 なんて、素晴らしい言葉の響きなのだろう。知らぬ間に心が躍り、気付かぬうちに口角が上がっていた。



「――はぁ、はぁ、はぁ……!!」


 俺は、ニコライ。実家では天才だ何だとちやほやされてもてはやされていたわけで、鼻高々な勢いに任せてカレリナ公爵家の事務員になるための試験を受けたのだ。

 魔力も高いし、処理能力も良い方だ。当然職場でもちやほやされて、あっという間に出世するだろう――、なんて、考えていた。


(……)


 それは大きな間違いだった。事務員たちはみんな有能だし、俺が持ってる能力なんて精々基礎レベルで、正直全員同じことができる。

 熱烈な信念や向上心、忠誠心を持って燃え上がる仲間たちを前に、くじけて崩れ落ちるのはそう遅くはなかった。

 だけどある日、俺は、奇跡を見た。丁度、今見ているのと同じような。


(お嬢様、あそこにいるな……)


 凄まじい魔力波が、俺の身体を叩いている。少し気を抜けば、どこか遠くに吹き飛ばされてしまいそうだ。

 明るく輝く太陽。幸福の地で咲く一輪の花。そんな存在。それがカレリナの希望の光、次期当主のアデリナ・カレリナだった。

 あの日、彼女の魔術とその佇まいを見て、俺は思ったのだ。


 ――この方に、全力でお仕えしたい。


 だから、この書類を届けに行く人間に率先して立候補した。魔物と瘴気の最前線であろうとも、お嬢様にとって最重要な情報を届けたかったから。

 瘴気で息が苦しくても、魔力波の圧迫で足が動かなくても、この情報は必ず……お嬢様に伝えなくてはならない。


「――お嬢様!」


 息切れを起こしながら、俺はお嬢様の背中に声をかけた。とんでもない量の魔物の死体が前方に積み上がっている。さすがはカレリナの『最強』、さすがは我々のお嬢様である。

 つややかな黒髪をなびかせながら、お嬢様が驚いた表情で振り返る。

 眠たげな瞳。でも物憂げな光を宿している。彼女が憂いているのは、常に我々の幸福であると知っている。

 だから。


「ファンドーリン公爵家などから通知がございましたので、お伝えします」


 願わくば、お嬢様が苦しむことがありませんように。

 瞠目するお嬢様が少しでも落ち着くように、俺は恭しく一礼をして口を開いた。

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