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第一章39 『魔物討伐へ』

 カレリナ家の外務事務の処理、ファンドーリンの一方的な契約破棄の尻拭い、駐在人としての諸事務などなどで、アデリナは忙殺されていた。

 その間に差し込まれたのが、『魔物討伐任務』であった。しかも、グラナート共和国――、というより元老院からの直接の申請である。


「はぁぁああぁぁ……」


 いや、分かっている。今までも定期的にこうした任務には駆り出されていた。

 何せ、瘴気とそれが生む魔物は人々の生活範囲を脅かしつつあるのだ。力の持つ人物が積極的に貢献しないと、生存が危ぶまれる。

 よく考えれば、あれも魔王の力だ。魔王は自身を生贄に捧げ屍になることで絶大な力を得たという相当狂った存在だ。そのなかでも瘴気と魔物は、魔王が心臓を捧げて得た力なのだそうだ。

 黒魔術は当然、脳を生贄に捧げて得た力であろう、とイリヤの研究は結論付けている。ただ、その力は魔王の封印と共に失われたはずで。


「それはともかく……もう、移動ばっかり……。今回は転移魔術を使えるからいいけども」


 戦闘服に着替えつつ、アデリナは首を振って不満を漏らした。

 瘴気と魔物の第一線。『開拓不可地帯』と名付けられたこの地の先には、先の見えない真っ黒な霧が果てしなく広がっている。

 あの奥には大量の魔物が跋扈しており、いつ飛びついて来るかもわからない。


 比較的安全な地域にテントを設営したものの、安心はできない。

 テントの中で、アデリナはため息を一つ。そして持っていたペンを置いて、ぐっと背伸びをした。

 彼女の背後にいたマリアに、アデリナは先ほどまで書いていた手紙を渡す。


「マリア、これをユリアに」


「うん」


「いや、私が行こう。マリアの方が強いから、たぶん私よりアデリナたんのお力になれるであります!」


「そっか、じゃあエリカお願いできる?」


「もちろんであります!」


 差し出された手紙を恭しく受け取ったエリカは、アデリナに言い渡された任務に目を輝かせながらテントを出て行った。


『――ファンドーリンの技術がなくても良いように、自主的な技術開発を進めてほしい。カレリナもそろそろ本気を出す時が来たよ』


 手紙の内容が、アデリナの頭をよぎる。

 本来は、ファンドーリンと一緒に強くなって、一緒にホーネット公爵家を叩くつもりでいた。セリーナが邪魔になっても、どうにかして倒したり篭絡したりすれば問題ないと考えた。

 黒魔術でなかったなら、ヴィクトルやアレクセイなどの力があれば余裕だっただろう。でも、考えうる限り最悪の展開がアデリナの眼前に広がっていた。


 黒魔術の影響を受けた人間を動かすことはできない。そしてセリーナはリチャードと『最大の禁忌』を共有している以上、互いに裏切ることは不可能だ。リスクが大きすぎる。

 ――カレリナはひとりで、戦わなくてはならない。

 もちろん、物理的に戦うことは却下だ。人々を危険にさらすわけにはいかない。


「――アデリナ、いけるか?」


「ああ、悪いわね。今行く」


 ふと、テントの外からフェリクスの声が聞こえてきた。《天王星ウラーン》の騎士団長である彼も、今回騎士団を率いて参戦している。

 今回の作戦の最高司令官はフェリクスで、アデリナは唯一その指令を受けずに自由に動けることになっていた。


 そして、武器もまた支給を受けていない。

 彼女には彼女の武器がある。

 アデリナはすっくと立ちあがり、隣に立てかけてあった大刀を手に取ってテントの扉をめくった。そこではフェリクスが既に彼女を待っていた。


「考えごとをしていたの。……わたしは今回どこへ行くんだったっけ?」


「あぁ……『警戒区域』に。それより大丈夫なのか? 俺に手伝えることがあったら言ってくれよ、この国で俺にできないことなんてそうそうない」


「――」


 ひゅ、と冷たい風が喉を突き抜けた。心臓が落ちてしまいそうな錯覚に、アデリナは二の句を継げない。

 ヴィクトルもそうだが、彼もまた、変わらない。こちらを憂う白銀の瞳は、まさしく。

 

 ――何か、俺に手伝えることは、あるか?


 すべてが終わると諦めて、何もかも手放して、考える力を失ったあの時のアデリナに、最後の選択肢をくれた彼。

 フェリクス・グラナートは最大の恩人だ。だけれど前回アデリナは、その恩人に許されぬ願いを告げた。


 ――わたしを、連れ出して……。


 確かに、リチャードにとって彼は邪魔で、あの後アデリナが何もしなくてもどこかで惨殺されたのかもしれない。

 だけれど、あの時フェリクスの運命を左右したのは、アデリナの自己中心的な願いだった。

 今回は、もう、巻き込むわけにはいかない。だって彼は、優しすぎるから。話してしまったら、頼ってしまったら、手伝わせてしまったら、きっと全力で命を懸けてくれる。

 それは、駄目だ。


「それを言うなら、わたしだって同じよ。この国でわたしにできないことって、どれだけあるっていうの?」


「……そうだな。俺も、そう思う」


 何かを見透かしたような微笑みに、アデリナは気まずさに思わず顔をそむけた。なんだか周りの人みんなを心配させているようで、非常に申し訳ない。

 そのアデリナの葛藤さえ理解してしまっているのか、フェリクスは生ぬるい空気を吹き飛ばすために前方を指さした。


「今回予測される魔物の出現量は、かなりの数らしい。特に警戒区域はな。何か悩んでるなら、魔物をばりばり倒して発散するのも良い手じゃないか?」


「そうね……今回は警戒区域の方が多いのね。あなたの方が第一線にいるのに」


「まあ向こうも学んでるんだろ。でも残念だな、今回は俺より強い人が来てるんだから。思う存分踏みつけにしてくるんだ、アデリナ」


 ぎらっとした笑みを向けてくるフェリクスに、アデリナも思わず噴き出した。自分を戦闘狂だとでも思っているかのような失礼な口ぶりだが、彼が自分を元気づけるために言っていることは、分かる。

 そういう無言の気遣いや、さりげない言葉の数々は、前回の人生においても地獄の中の数少ない癒しになっていた。


「ふっ、了解。――ありがと、フェリクス」


「あぁ、俺の方こそ。またな」


「ええ」

 

 自分の騎士団を指揮するべく、去っていくフェリクス。アデリナを気遣ってわざわざテントの前で待機し、『警戒区域』まで連れてきてくれたことは分かっている。

 そもそもグラナート大公家の人間は良心が多い。アルトゥールが愚かだっただけで。ただ思えば、グラナートの反応が前回鈍すぎたのは、黒魔術の影響を受けたアルトゥールの影響ももしやあったのかもしれない。


(知らない間に自分たちみんなが作り替えられているなんてこと、普通は誰も信じないし、信じたくないもんね)


「――アデリナちゃん、魔物来た!」


「あら、ありがとうマリア。それじゃ、ちょっくらやるとしますか!」


「アデリナちゃんそんな言葉使うんだ……」


「なっ……いいじゃない、ここには友達しかいないんだから!」


「えへへ」


 言葉遣いを指摘され、大刀を格好つけて構えていたアデリナが顔を紅潮させて反論した。前方からは大量の魔物が迫ってきているというのに、なんとも格好のつかない切り出しになってしまった。

 頬に残る熱を手で冷ましながら、二人は気を取り直して魔物の群れと相対した。

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