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第一章28 『首都急行列車』

 アデリナの帰宅から、数週間後。

 ついに宴会シーズンが始まり、カレリナ公爵家一行は自領から首都へ列車に乗って出発した。


 宴会シーズンは、一ヶ月と長い。ただそれは、移動時間も含めての一ヶ月である。鉄道のなかった頃は、それを嫌って欠席する貴族もままいたらしい。

 そのため、グラナート共和国は鉄道という技術を掌握してから、まず首都から各公爵家領地のルートの確保に急いだ。情報伝達が未だ遅いこの地では、宴会は情報共有に大切な場なのだ。


「あー、なんかこの鉄道もあんまり久しぶりじゃない気がする……昨日乗ったばかりみたいな感覚が……」


「で、でも私は凄く不思議! 魔力で動いてるんだよね? そうなるとたぶん地球の科学に基づいた作り方とは違うから、内部ってどうなってるのかな」


 アナスタシアの気配りによって、アデリナは友人二人と三人で一部屋空けてもらった。友人と一緒に鉄道に乗ってはしゃぐという新鮮な楽しさに、アデリナは喜んだ。

 ただ、数か月前にも乗ったばかりである。加えてファンドーリンに赴いた時間は嵐のように過ぎたので、それほど間隔があいたような気がしない。


 ただマリアとエリカはどうやら初めての鉄道のようで、興奮が目に見える。

 マリアに至っては先ほどから窓から身を乗り出し、走るたびに空気中に満ちる魔力の燐光の美しさに感嘆していた。


「マリアは好奇心旺盛だな……でも確かに私も気になるな。魔力で動かしてる割には、車体はびっくりするほどしっかりしてる。そこは結構科学的なんだな」


「――それは、ファンドーリンの技術よ!」


 エリカの言葉にすぐに反応したアデリナは、拳を握り締めてかの領地の功績を知らしめる。

 彼女のスイッチを押してしまったことを、エリカもマリアも悟った。


「魔力を使用した鉄道の理論や設計は、確かに先代ホーネット公爵が開発したものだけれど、ファンドーリンの技術と生産力によって完成を見たの。あと、外せないのは我がカレリナの資金力だけれどね!」


 まとめれば、さすがは三大公爵家――、というわけである。

 当然、それを裏でサポートしていたのはグラナート大公家だろう。開発も製作も投資も、様々な前提条件が必要だ。

 そうしてグラナートの頂点たちが造り上げた列車は、めでたく国を象徴する交通機関になった訳である。


「だから、発車駅が三大公爵領地の主要都市なのですか」


「そうね!」


 エリカの言うように、鉄道の終点は首都フォルムであるが、始発駅はそれぞれカレリナの主要都市、ファンドーリンの主要都市、ホーネットの主要都市に存在する。

 そして宴会期間だけは首都急行列車として、途中の停車駅をすべて通過して首都へ一直線に向かうのだ。


「……これ、カレリナとファンドーリンの間に作れないかな」


「「えー!?」」


 この鉄道には、三大公爵家と大公家の利権が複雑に絡み合っている。アデリナの計画をするにあたって、邪魔になることもあるかもしれない。

 転移魔術があるためそこまで重要性を感じるわけではないが、友好関係を世界に知らしめるという意味もあるではないか。


 スケールの違うことを考え始めたアデリナ次期当主を見て、マリアとエリカはぷるぷると震えた。


「――そうだ。これからの計画は、どうするの? 未来を、変えるんだよね?」


「うん。そう。一番倒すべき敵がリチャード・ホーネットなのは変わらないけど、セリーナ他金魚のフンが居る限り彼は動かせないと思う。味方が大量にいる人間は、厄介だから」


「ってことは、まずはセリーナを倒すってことになるでありますな」


 すでにあらかた情報共有が済んでいるため、三人はスムーズに話を切り替える。正直、ファンドーリンに居た時間が長すぎて、アデリナは少々焦りを覚えている。

 リチャードがあの同盟に対してどう出るかは分からないが、彼がセリーナにそれを許した以上は計画を早めることはない……と、思う。


 とはいえどれだけ焦ろうが、順序を変えることはできない。

 まずはセリーナを倒し、リチャードの支持勢力を少しずつ崩していく。でなければ、人気者を糾弾することは容易ではない。


「ただ、言ってしまえばセリーナも味方が多い側の人間。変に武力や計略を使って倒すと、逆にこちらが食われることになる。これも、急げない」


「それなら、どうやって……」


()()()()()を用いるの。例えば誰もが憤慨するようなセリーナの不正の証拠を入手して、法と裁判で弾劾するとかね。彼女の不当行為を世界に示し、その信用性を失墜させること以外に、あれを倒す方法はない」


 ――だから、駐在人としてファンドーリンに赴くことは必須なのだ。

 そうすることで、セリーナの不正を暴ける可能性が高まる。ファンドーリンでは既にセリーナの蛮行に一部の民衆が気付き出しているし、彼らの力もぜひ借りたい。

 さらに言えば、前回の人生で何故あのような異常が世界に蔓延したのか、その力の正体も含めて解明したいのだ。


「……ダメだ、私はこういう話がどうしても苦手で、頭が回らない……」


「あ、悪いわねエリカ。別の話をしよう」


 深く考え込んでいると、エリカが苦虫を嚙み潰したような表情で挙手しつつ話題の変更を求めた。

 確かに、華の青春を楽しむ年代の少女たちらしくない話題だった。

 友達と話す内容は、もっと華々しいものであるべきだ。アデリナはうんうんと頷いて納得する。


 ふと、マリアが別の話題を思いついた。


「そうだ、楽しい話なんだけどね。一応ゲームで三大公爵家の紹介をされたときに、カレリナのイメージカラーは金色だったの。あの時はそうかなって思ってたんだけど、今考えると運営天才だね……!」


「金。光っているっていう意味なのか、金の亡者という意味なのか……わたしは両方な感じがする。ちなみにわたしは不思議なのだけど、公爵家の人間は攻略対象にはならないのね」


「それがねー。二作目で出す予定だったのかも。某SNSに二作目を作ってるって投稿があったから……」


「あー確かに。リチャードもぶっちゃけ攻略対象でもおかしくないステータスだもんな」


「アデリナちゃんの話を聞いた後はもう勘弁って感じだけどね……」


 互いの最大の秘密を共有した三人の会話は、自由だ。何も気にする必要がなく、その分、大層心躍る。

 他愛無い話が続いていき、際限も味気もない窓の外の景色を彩った。

 そんな三人の会話の中に、不意に扉をノックする音が割り入った。アデリナが返事をすると、その人は扉を開いて――


「お嬢様、当主様が、」


「――ぁ」


 心臓が、早鐘を打つ。視界がまるで星をちりばめたかのように明るくなり、腹の底から湧き上がるむずがゆい感情を抑制できない。

 赤褐色の髪。そして短めの前髪。アデリナ・カレリナの第一専属騎士にしてエリカの先輩、レナート・ヴァイマン。

 ミラの件の処理でしばらく屋敷に居なかった彼と、エリカの初対面。


 ――それは、エリカの心に盛大な震撼をもたらした。


「あれ、もしかして」


 互いに視線を交わし沈黙するエリカとレナートを見て、アデリナはぽつりとつぶやいた。

 そして、マリアと顔を合わせる。


 ――これはまた、想定外の運命の出会いが起きたかもしれない。

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