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第一章25 『我が家と友人のサプライズ』

「――アデル!」


 馬車から降りるな否や、白金色の長髪が視界で揺れた。直後、暖かな人の温度に包まれる。

 体は全く反応できなかったが、アデリナにはそれが誰なのか分かっていた。


「は、母上……勢いが凄すぎます」


「一ヶ月以上もほかの領地で過ごすなんて……手紙の一つもよこさないし、本当に心配したのですよ。ご飯は食べられた? 体は壊さなかった? 慣れない場所だし、寒かったでしょう?」


「あぁあうあぁ……」


 アデリナの肩を両手でつかんで心配の嵐を起こす母親アナスタシアに、アデリナは思わず目を回した。

 同盟締結まで居座る、という話は、誰にも相談していない。イリヤもアナスタシアも、困惑してくれないと困るのだ。敵を騙すには、味方からというし。

 誰も動向が分からなかったからこそ、監禁とかいうとんでもないコラムが出たのだ。


 ――だが、その代償は想定内でもあった。

 むしろアナスタシアが心配でファンドーリンに乗り込んでこなかったことが僥倖だったとさえ思える。

 母の背後では、イリヤが苦笑している。もしかしたら止めてくれたのかもしれない。


「アナ、それくらいにしておくんだ。アデルも疲れているじゃないか」


「あっ……そうですね。あと……あ、これは後から言ってもらいましょう。おかえりなさい、アデル。美味しいご飯が出来ていますよ。向こうでのこと、色々聞かせてくださいね」


「はい……」


 アデリナの様子を見かねてか、イリヤが助け舟に入った。

 その言葉を聞いてハッとしたアナスタシアが、優しく微笑んでアデリナを屋敷内へ案内する。

 髪は白金色。前髪はややもっさりしており、両側に二房小さめの三つ編み。その他の長髪部分はすっきりと後ろに流している。左目は赤で右目は緑のオッドアイ。そして優しげなたれ目。母はやや歳を重ねてきても、相変わらず絶世の美女だ。


 たったの一ヶ月でずいぶんと久しぶりに思える母、そして父の後ろ姿を見ながら、アデリナは家に帰ってきたことを実感した。



 屋敷に入ると、使用人たちがあれやこれやと世話をしてこようとした。

 カレリナの人間は自主性が高いので普通身の回りのことまで手伝ってもらわないのだが、今回は疲れもあってそのまま流され色々してもらってしまった。


 やっと落ち着いたアデリナは、久々に帰ってきた自室のソファでぐでっと横たわった。本当に疲れた。

 たった一ヶ月だったのに、なんだか数年も経った気分だ。

 自分の家がなんだか慣れないような錯覚が起きるくらいに。


 ふと眠気に襲われそうになった瞬間、部屋の扉がとんとんと叩かれた。


「うん? どうぞー」


「お姉様……! おかえりなさい、同盟締結おめでとうございます。大変でしたね……!」


「ユリア! 勉強は終えたの?」


 扉を開いて現れたのは、アデリナの妹ユリアーナ・カレリナであった。

 自分と同じ艶やかな黒髪黒目。きっちりと切りそろえられた前髪。そしてさっぱりとしたポニーテール。そして今日もばっちりと仕事服を着ている。

 真面目で、優秀で、少し心配症で厳しいところのある、可愛い妹。

 

「はい。お出迎えしたくて仕方がなかったのですが……すみません。それから、私本当にお姉様が監禁でもされたのかと思っていたのです。お姉様が一ヶ月以上もお屋敷に居ないだなんて、そんなことありませんでしたから」


「違うよ。わたしが監禁してたんだよ」


「え? 何の話ですか??」


 自分でも何を言っているかよくわからないが、監禁したのがどちらかとあえて尋ねるならたぶんアデリナの方だ。

 人の行動範囲を狭めたり追い回したり付きまとっていたという意味では。

 ――いや、よく考えるとだいぶ不審者ではないか?

 ふとそんなことが頭をよぎり冷や汗を流したが、すぐにその考えを振り払った。


「……いや。あはは。うん。ナンデモナイ。それで、もしかしてもう晩ご飯?」


「理由がないと来ちゃいけませんか?」


「あ、いやそういうことじゃないよ? 何というか、急いでる感じだったし」


 むっ、と頬を膨らませて拗ねるユリアーナ。可愛い。

 慌てて機嫌を直してもらおうと画策するが、どうやら策にハマったようで、彼女はにやりと口角を上げた。


「ふふん。実は本当に理由があるのです。それでは来ていただきましょう! ――二人とも、もう入っても大丈夫ですよ!」


「え、何?」


 ユリアーナが自信満々な表情で手を数回叩く。

 戸惑いを禁じえないアデリナだったが、彼女の拍手を合図に現れた二つの人影を見て、思わず瞠目して口を押さえた。


「――アデリナちゃん!」

「アデリナたん!」

「マリア! エリカ!」


 思いもよらなかった再会に、アデリナは笑顔を咲かせて二人に駆け寄る。

 二人も、涙を浮かべながら彼女に抱き着いた。三人仲良く抱きしめ合う様子を、ユリアーナが微笑ましそうに見つめている。

 しばらく三人で感動を分かち合った後、アデリナはようやく我に返って尋ねた。


「え……? 二人は、どうして、ここに?」


 アデリナの率直な問いに、マリアとエリカは顔を見合わせた。

 しばしの沈黙ののち、エリカが片膝をつき片手を胸に、騎士の礼を取る。いきなりのことに、アデリナは目を白黒させた。


「エリカ・レヴィタナ。本日より、アデリナ・カレリナ公爵令嬢の二人目の護衛騎士として配属されました。今後とも、よろしくお願いいたします」


「えっ、えええ! 嘘でしょう!」


 驚愕冷めやらない中、今度はマリアが片手を胸に一礼。


「マリア・エーリン。本日より、アデリナ・カレリナ公爵令嬢の補佐官として就任いたします。どうかお傍においてください」


「な、な、な……」


 わなわな、と肩を震わせるアデリナ。

 直後「え―――!!」という甲高い叫び声が、カレリナ公爵邸にこだましたのだった。



 その後、アデリナはマリアとエリカに、一体何があったのかすべて聞き出した。こってり絞った。

 つまり二人はあの茶会の後から、ずっと補佐官と騎士になることを画策していたらしい。加えて二人の家はとっくにカレリナに転向したので、積極的に娘のアイデアに同調し協力した。


「全く、油断も隙も無い……! 御見それしたわ。でも、嬉しい。ありがとう、二人とも」


「いえーい、サプライズ成功だね! 一ヶ月っていうけど、四捨五入したら二か月になるもん。色々頑張る時間はあったよ!」


「もともと私やマリアはその方面の勉強をしていたわけだしな」


 マリアの言う通り、移動時間も入れるとアデリナの出張は一ヶ月どころか二か月近い。

 呆れるアデリナだが、友人と再会できた嬉しさは本物だ。

 前回の人生では、バタバタしすぎて心から友達と言える人がいなかった。こうして社交を気にせず盛り上がれる友達が出来て、しみじみとしてしまう。

 ――もう一度人生をやり直すことができて、良かった。


「お姉様――、晩ご飯の時間ですよ。ご友人も一緒に……」


「いえいえ! 我々は空気を読んで別の場所で食べますので!」


「本当ですか? 分かりました。お姉様、行きましょう」


 ユリアーナが扉からひょっこり身を乗り出して、姉を呼ぶ。

 空気を読んで退出するマリアとエリカを見ながら、アデリナはふと考えた。いくらカレリナ公爵家が国の頂点に近い存在だとしても、伯爵家に侯爵家の令嬢を補佐官と騎士にするとは――、何たる贅沢だろうか。


「行こっか、ユリア」


 ――ともあれ。

 ひとまず久々の暖かな我が家で、暖かな家族と共に、暖かな晩餐を楽しむとしよう。

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