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第一章22 『公爵令嬢監禁疑惑!?』

『カレリナ外務代表がファンドーリン公爵領に赴いてから一ヶ月! 音沙汰なし! 裏の取引か!?』

『カレリナ公爵家とファンドーリン公爵家の動きやいかに!!』

『公爵令嬢の現状は!? 別邸に住まう彼女は果たして無事なのか!!』

『速報:公爵令嬢監禁疑惑!? まさか公爵令嬢はファンドーリンに監禁されたのか!!』


 ついに白熱化してきた新聞の報道。どれも過激な内容の新聞の束を、女は静かに机に置いた。

 ――もう、これ以上は粘れない。


 はあ、とため息を吐くと、女はソファーに座っていた少年のもとへ行き、その隣に座る。そして少年の肩を掴んで、言い聞かせた。


「――いい? ラヴィル。貴方はいつか当主になるのよ」


「俺が、当主」


 ギラギラと輝く紫の瞳を直視するラヴィルは、母の言葉を反芻する。薄い紫で、飛び跳ね気味な髪。同じく薄い紫色のつり上がった瞳。どこからどう見ても、確かにセリーナの息子だ。

 セリーナは息子の回答に満足したように、口角を上げる。


「そうよ。何人たりとも貴方を邪魔することはできないわ。だからね、私の言うことをよく覚えてちょうだい」


「分かった」


 慈しむような口調で、優しく言い聞かせるように、セリーナは言う。ラヴィルはこくりと頷いた。

 セリーナは机に置いた手紙を取り、ラヴィルに見せる。


「リチャード卿から手紙が届いたの。ファンドーリンが軍事的な支援をするというような条約ではなかったから、仮初の同盟くらい組んでも構わないとのことよ」


「かりそめの、どうめい。組むってことか?」


「ええ。だからねラヴィル。上っ面だけの同盟だとしても、公爵令嬢は我が屋敷の大事な客人よ。決して失礼があってはいけないわ」


 母の言葉に、ラヴィルはハッと鼻を鳴らしてから、腕を組んで自信満々に言い放つ。


「分かってるよ。れーぎ正しくしときゃいいんだろ?」


「そうよ。偉いわねラヴィル。貴方ならきっと……素晴らしい公爵になれるわ」


 母からの賞賛に、鼻高々となったラヴィルはにやりと母親譲りの陰険な笑みを口にかたどった。


「――当たり前だろ? 俺は、お母様の息子なんだから」


 ファンドーリン公爵家三男、ラヴィル・ファンドーリン。

 彼こそがセリーナの寵愛を受け次期当主候補とされながらも、外務代表を兄に押し付け放蕩とした日々を送っている、ファンドーリンの問題児であった。



 新聞の状況は、アデリナも当然把握している。

 一ヶ月経ってもまともに音沙汰がない同盟状況は、今や全グラナートで話題になっていた。何せ、大公家を除けば頂点の地位たる公爵両家の同盟の情報が何もないのだ。

 まあ、アデリナが粘るため意図的に差し止め、セリーナも歓迎していない事実が露見しないように手を回していたからなのだが。


 ――もう、それも限界だ。

 小さなコラムに過ぎないのだが、それでもファンドーリンがアデリナを監禁しているなどというとんでもない情報まで出回る始末。

 これはもうヴィクトルへの悪評に限らず、ファンドーリン全体への評価にまで飛び火しかねない。

 セリーナがそれを避けたがることは、当然アデリナの想定内だった。


 その日を、狙っていたのだから。


「……公爵令嬢」


 ふと、セリーナが呼ぶのが聞こえて、アデリナの意識は現実に浮上した。

 目の前には、彼女の差し出した批准書。


「――同盟の批准に、進みましょう」


 アデリナがファンドーリンに来てから、一ヶ月。

 この日ようやく、アデリナが回帰してからの最初の一手が、決まった。



 ――ただそれはつまり、一ヶ月過ごしたこの地ともお別れということになる。


 ヴィクトルとカレリナ領への愛を糧に勢いで赴いたこの場所だが、人々と触れ合って、街を歩いて、季節を体感して、今は愛着さえ湧いていた。

 ほんの少しだけの寂寥感が、風になって体を吹き抜けた。

 そろそろ夏が近づいてきて寒さも薄まってきた。ファンドーリンの夏も体験してみたかったところだが。


 自分は、カレリナの人間。カレリナの代表。

 この背を、無数の人々が支えている。そしてアデリナもまた、彼らを導く義務がある。

 ――無数の人々が、アデリナの帰りを待っている。


「先生」


 ふと、隣に座る彼を呼んだ。

 ベンチで風に当たろう、なんてこと、彼が応じるとは思わなかったが、案外すんなり了承してもらえた。

 少しは、仲良くなれたということなのだろうか。それなら、嬉しい。


 彼がこちらを向く。

 呼んだら、返事がある。話しかけたら、応えてくれる。

 それのなんと幸福な事か。もう二度と、前回のような喪失は嫌だ。


「なんだ?」


「もし……機会があったら、今度は先生がカレリナに来てくれますか?」


 今彼にするには酷な質問だと、分かっている。

 アデリナは当然セリーナを倒す気で、復讐の計画も立てている最中だが、ヴィクトルはそんなこと露ほども知らない。

 アデリナが帰ったら日常生活は元に戻るし、平穏からあの日々への回帰に伴う反動の大きさは想像もつかないものだろう。


 それでも、未来の話は、明日を生きる希望の糧になる。


「……あぁ。案内してくれ」


「! もちろんです。見どころはいっぱいあります。というか全域が遺跡みたいなものです。あっでも現代建築も当然魅力があって……ハッすみません、おとなしくします……」


「いや、いい」


 自分勝手な事ばかりしてきたのに、また派手な自己主張をしてしまった。慌てるアデリナの自責を、ヴィクトルが打ち切った。


「……君はそれでいい」


 何故だか哀愁が滲んだような言葉に、アデリナは微笑んだ。

 笑っているのに、涙が出そうだった。


 ――別れの足音が、どんどん近づいて。二人の肩に、手をかけた。

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