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第一章21 『お花畑でえと』

「――好きな花はありますか?」


 陽の光を背に、様々な色の花に囲まれて、凪いでいるような落ち着く声で、彼女が問いかける。

 その問いで、ヴィクトルの意識は現実に引き戻された。

 口を開けて閉じるのを何度か繰り返して、彼は問いに答える。


「……ひまわり」


「え? どうしてですか?」


「さあな……」


「えーっ、教えてくださいよー!」


 そう言われても、ヴィクトルの方も説明できる理由がない。先ほどアデリナを見て、唐突にそう思っただけなのだ。

 何でもかんでも、言葉で説明できるわけではないのだ。

 そしてそれほど理由を追及したかったわけでもなかったアデリナは、早々に諦めて花畑をちゃんと楽しむことにした。


 どうしても一緒に外出しちゃだめですか、と今朝アデリナは急に持ち掛けてきた。

 話を聞けば、同盟の話の進みがいい感じになってきているようだ。

 帰る前に思い出がほしい、と、つまるところそういうことらしい。


 ――仕方あるまい。

 そう考えて、ヴィクトルはアデリナと共に出かけることにした。この花畑は、ファンドーリンの人間でも知る人ぞ知る秘境だ。


「先生、このお花畑には魔力を感じますが……ここに雪が積もらないのは、魔力で不可視の温室を作っているからですか?」


「あぁ、そうだ。僕が維持してる」


「そっ、そうなんですか! 魔力に包まれているってことなんですね、わたしは……!」


「……間違ってはないが……」


 何故そんな理解の仕方なのか分からない、という顔のヴィクトルにアデリナは頬を膨らませる。

 どんな小さなものだろうと、好きな人の要素に関しては偏って考えるのが恋というものだ。恐らくマリアやエリカに聞けば、「推し活でもそれは一緒だ」と答えるだろう。


 ――ひとつ、アデリナに教えていないことがある。

 この花畑は、父と共に造り上げ、ひとつひとつ手で種を植えて育てたものだ。当時は領民にも解放されており、この場所は憩いの場だった。

 でももう、誰も来ない。豊かな精神は磨耗されているし、セリーナに露見すればどうなるかわからない。


「うっ、くしゅ……!」


「!」


 ふと、アデリナがくしゃみをした。

 そういえばそうだ。雪が積もらないとはいえ、そのぶんの暖かさしかない。この花畑の範囲内も、まだまだ肌寒い。そのわりには、彼女は少し薄着すぎる。

 来る前に、指摘しておけばよかった。


「公爵令嬢、これを」


「――!」


 ヴィクトルは軍服の外套を脱いで、アデリナに着せた。あまりの衝撃に、アデリナは硬直する。

 じんわりとした暖かさと香りに、思考が止まった。


「ぇ、ありが……とうございます……?」


 外套を脱いだ彼の姿も格好良すぎる。

 あと服の体温が。香りが。

 色んな幸せが一気に衝突してきたようで、もう反応が間に合わない。真っ赤になってわたわたする以外には。


 あたふたしているアデリナの慌てる様と、身長差のせいですっぽりと外套に包まれているのを見て、ヴィクトルは彼女の見えないところでこっそり小さく微笑んだ。


「風邪を引いたらまずい」


「それは確かに……でも心臓に悪いです……! いえ、嫌なのではなく、むしろとても良いというか、あれ? なんか変なこと言ってる?」


「ふっ」


「あっ、笑わないでください……! もう、ほら、じゃあ、これ。作ったんです。付けてみてください」


 敏感な彼の心を考慮して色々補足したのに、笑われてしまった。少し不満げにしながら、アデリナは懐から『それ』を取り出す。

 『花冠』。

 長い間目にしてこなかったそれを、自分にはひどく不釣り合いなそれを、ヴィクトルはしげしげと眺めた。

 つけろというのか。立っているだけで威圧感が出ているらしい自分が。


「君は僕を……何だと思っている?」


「え? 絶対に似合いますよ。何だと思っているって言われても……一言ではとても。でも、輝いている方だと思います。お花をつけてお花畑で輝いてみてください」


「どういうことだ……」


 多分先ほどより変なことを言っていると思われるアデリナだが、今回に限って彼女は自分の言葉を至極真っ当だと思っているようだ。

 どうすべきか。

 じっくりと考えて、ヴィクトルは差し出された花冠を手に取った。ぱっと表情を明るくさせるアデリナの虚を突くように、彼はそれを彼女の頭に乗せる。


「君の方が、似合う」


「~~~~っ!?」


 無自覚だろうがとんでもない破壊力の言葉に、アデリナは茹った。卒倒しそうだったが、何とか踏みとどまる。

 彼に付けてはもらえなかったが、別のご褒美がもらえたので、アデリナは満足した。


 それから先、花の名前当てゲームをしたり、他愛のない話をして、二人の『花畑でえと』は夕暮れ前に終わりを告げたのだった。



「――あのですね兄上」


 セリーナの命令でヴィクトルに仕事の書類を渡しに来たアレクセイが、呆れたような声でそう切り出した。

 アデリナにもヴィクトルにもさらっと、花畑でえとの話は聞かせてもらった。というよりあれは元からアレクセイの発案だが。


 花冠はアデリナの発案で、アレクセイは不安だったが、案の定兄は受け取っていないらしい。

 困ったものだ。


「あの花冠は先日公爵令嬢が三時間かけて作ったものです、裏庭の花で」


「え、」


 その言葉を聞いてヴィクトルは固まり、思わず「三時間。」とアレクセイの言葉を復唱する。

 確かに、あの花冠の出所をヴィクトルは尋ねなかったし、今まで疑問にも思わなかった。それは間違いなく、無を貫いてきたことの後遺症であるが。


「あの方、細かい作業は不得意だと言ってたことありませんか? 僕も見ましたけど、本当に悪戦苦闘でした。あの方が花冠をそうすぐに作れるはずがないでしょう」


「そう、なのか……」


 確かに、工場でなんでも破壊してしまうと言っていた。

 そうか。こういうふうに、人の特徴を把握することで気遣いができるのか。


「そうなのです」


「気を付ける」


「えっ」


「え?」


 意味深長にうなずいたアレクセイに、ヴィクトルも真剣に頷き返した。

 だが意外にも驚いたのはアレクセイのほう。彼はしばし宇宙を目にしたかのような思考停止の後で、唐突に再起動した。


「おっと……分かりました。なるほど。わかりました。もしかしたら本当にあの方が僕の姉上になるのかもしれませんね」


「……? 何、を、言ってるんだ?」


 うんうん、と頷くアレクセイ。

 セリーナの本性を暴いたし、兄の良さにも気付けるし、正義感も責任感もあるし、何よりあの愛は本物。手放しで今すぐにでも姉上と呼びたい。

 ひとりで納得してしまった弟を見て、ヴィクトルは何が何だか、という表情だ。


 無自覚は怖いなあ。恋したらもっと怖そうだなあ。

 ふとそんな考えがアレクセイの頭をよぎったが、たぶんあのアデリナならば大丈夫だろう、と思い直した。


「僕はいつかあの方を姉上だと呼べるようになる日を待ってますからー」


 ハテナを浮かべる兄をよそに、アレクセイは書類を片付けてさっさと退散しようとする。

 さすがにヴィクトルも彼の言っている意味を理解して、去っていこうとする彼を呼び止めようと尻を浮かす。


「!? 待て、アレクセイ……!」


「待てないですねー、色んな意味でー」


 そもそも、兄上だって嫌じゃなさそうじゃん。

 素直じゃない兄のツンデレをよそに、アレクセイはぱたんと扉を閉めた。

 ふむ、と顎に手を添えて、騒がしくなった日常を追憶する。


(あの方、やはり結構やり手ですね……本当にあの兄上を落とすとは、さすがです!)


 気持ち悪さと憎悪と従属と無の日々が打破された音は、アレクセイの耳にも軽快に響いた。

 少し変化した考え方と日常を大事に抱えて、彼は鼻歌を歌いながら立ち去って行った。

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